6−16 夜を駆ける影
暴力表現があります。嫌な方はご注意を。
王城の隠し通路から侵入しようとした反乱貴族の兵達は皆、蝙蝠の雷撃で倒された。それはヴィンセント達、マールバラ家のタウンハウスに集まっていた人達にも見届けの兵から伝わった。ヴィンセントは一先ずこの場の人心を引き留める必要があったから、明日また打合せをする事にした。
「今夜は一先ず解散しよう。明日の朝、今後の対応を決めよう」
「分かりました。各家から十人程度、警護の兵を残していきます」
「ああ、明日また会おう」
こうして反乱貴族達は各自のタウンハウスに戻って行った。
「よりにもよって蝙蝠の雷撃か!神とやらも中々念入りだ」
ヴィンセントは忌々しげに呟いた。神がここで蝙蝠の雷撃を反乱貴族にも王城警護の兵にも見せたのは、港湾都市を再現し、これを無かったことに出来ない様にする為だ。人は去りつつあり、神には敵視され、兄王にも見捨てられた。ヴィンセントの今晩の夢見は良くなり様が無かった。
タウンハウスに戻ったノーマン・ハットン伯爵は疲れ果てていた。彼は同じ南部のポートランド伯からは奴隷を買っていないが、ニューサム商会から奴隷を買っていた。だからポートランド伯の保釈を要求しても疑われない立場だった。だが、もうヴィンセントの反乱に加担してしまった。逃げ道は塞がれてしまった。
反乱貴族で各地方ごとに集まって王家と距離を置くべきか。
このままヴィンセントを首領として反乱を続けるのは難しく感じた。ニューサム商会経由で物資の補給を受けられるとしても限度がある。色々考えても妙案は出ない。そうして一日緊張が続いていた彼は、机に俯せて寝落ちしてしまった。
ハットン伯爵家の通用門を軽く叩く音がした。通用門を中から開けた男は、門を叩いた男達を確認すると、通用門を開け放った。次々と侵入する男達は、やはり通用門の内側に待機していた男に誘導されて館内に進んで行った。正門を守っていた寝ずの番の兵達は、後ろから口を押えられて喉笛を掻き切られた。勝手口やその他の扉から侵入した男達は、まだハットン家の家人達から警戒の声を上げられずに次々と兵や侍従達を始末していった。
横階段から二階に昇った男達は、正面階段近くのハットン伯爵の書斎と、その横の侍従の待合室に同時に侵入した。侍従はあっという間もなく口を押えられ、首を斬られて転がされた。ノーマン・ハットンは書斎で居眠りをしていたから、侵入した男達に気付かなかった。
侵入者の中で一番年配の男が他の男に目をやった。視線で指示を受けた男はノーマンの座っていた椅子を蹴飛ばし、ノーマンは床に倒れこんだ。
「?」
何が起こったか分かっていないノーマンはのろのろと上半身を起こした。
「ふん、反乱に失敗しておいて、随分緊張感の無い事だな?」
その言葉にノーマンは言葉の主を見上げた。流石にノーマンも事態を悟った。
「ブ…ブラッドフォード…ブラッディ…」
先王の戴冠直後に反乱の兆しがあった頃、王弟としてブラッドフォード・クラレンス率いるクラレンス公爵家は次々と不平貴族を殺して回った。余りの狂暴さに王から距離を置かれる事になったが、しばらくは平民の間でも
「悪い子だと東の山からブラッディ・ブラッドフォードが降りてきてあんたの首を掻き切ってしまうよ」
と躾けの言葉に使われる程有名な話である。
「お前の罪状を告げてやる。王国法に背きニューサム商会から奴隷を買った罪。これが発覚するのを恐れて貴族議会で騒ぎを起こした罪。そして、ヴィンセントと共に反乱を起こして王城に攻め込んだ罪だ。申し開きがあれば聞いてやる」
ノーマンはぶるぶる震えながら答えた。
「ち、違う…私は奴隷なんか買っていない…それこそ冤罪だ。そして、マールバラ公と共に動いたのは、冤罪で処罰される人々を救い、王の過ちを正そうとしたからだ。王国を乱す意図は無いんだ」
それを聞いたブラッドフォードは酷薄に笑った。
「神の導きでな、ニューサム商会から奴隷販売名簿が見つかっている。お前が罪を逃れようと反乱を起こしたのは明らかだ。だから、判決はこれだ」
ノーマンを囲っていた男達が鞘に入れたままの剣で次々とノーマンに打ちかかった。ノーマンは両手で頭を守ったが、背中や横っ腹を次々と強打され、座っていられなくなった。倒れたノーマンに対して男達は暫く打撃を加えていた。
「そろそろ運び出せ」
ブラッドフォードの言葉に男達は剣を腰に戻し、呻き声を上げるしか出来ないノーマン・ハットンの手足を掴んで正面階段まで運んだ。男達は階段でノーマンを放り投げ、ノーマンは階段をごろごろ転がって行った。
その頃ようやく屋敷は侵入者に気付いて騒ぎ出した。もっとも、騒いだ男達はすぐに斬り捨てられていった。通用門を守っていたクラレンス家の兵達の方に、屋敷から数人が逃げようとやって来た。
鼻から下を布を巻いて隠した男が槍を振るい、薄暗い中で目にも止まらぬ突きで二人の首を刺して倒した。周囲の男達が残りの者達を片づけた。
「相変わらずお見事ですね」
「鍛錬を怠ると親父に殺されるからね」
ははは、と一同は笑った。冗談ではなく実感する言葉だったのだ。皆、神よりも恐れるのは冥府の使いであるブラッディ・ブラッドフォードである。彼は部下の怠惰を許さないし、身内だからこそ共犯者である事を求めた。そう、見事な槍の使い手は、ブラッドフォードの息子で現役大司教であるデイビー・クラレンスだった。
(主よ、お許し下さい。今回は御使い様の味方ですからね)
階段から落とされたノーマン・ハットンはまだ生きていた。屋敷の正門を開けて運び出されたノーマンは、敷地の外壁の外に放り出された。男達によって俯せに寝かされたノーマンに対し、ブラッドフォードはハルバートを振るい、斬首した。
クラレンス家の兵達は粛々とハットン伯爵家のタウンハウスから撤退した。しかし、ブラッドフォードは勤勉だった。更に反乱貴族の男爵のタウンハウスに侵入し、やはり男爵を門外で斬首してこの晩の仕事を終えた。
翌日、両家に駆け付けた第一騎士団は、胴と首が泣き別れの遺体の背後の外壁に血によって書かれた文字を発見した。
「王国の敵、女の敵、嘘つき」
ちなみにブラッディ・ブラッドフォードにしては今回は情けがかけられていた。男は皆殺しだったが、侍女やメイドや下女達は地下倉庫に閉じ込めただけで殺さなかった。
よく考えるまでもなく、女主人公ジャンルの小説では階段から落とされる事も、斬首もよくあるイベントでしたね。こんなの全然大丈夫そうですね。明日も更新します。