6−15 帰り道
蝙蝠は全員…いや全匹が蹴り終わった様だ。私やランバート達のすこし上に雲の様に集まって口をぱくぱくしている。
「お疲れ様でした~。気を付けてお帰りくださ~い」
そう言うと蝙蝠達は四散して行った。
「仕事が済んだのなら帰るぞ」
仕事なんて全くしなかったぞ。そう言えば蝙蝠先輩達に従って来ただけだから帰り道を覚えていない。まあ、王子がエスコートしてくれるのだから断れない。二人は手を繋いで歩き出した。後ろにジミーとダリルといういつもの護衛が付いて来る。
城門を入ったところで、ランバートが口を開いた。
「そろそろ服を戻してくれ」
そりゃそうだ。この恰好で城内を歩いて身バレしたら不味いだろう。右手から黒色蝙蝠が出ていくイメージで蝙蝠の翼を消し、灰色蝙蝠が出ていくイメージで服装を元に戻した。
ランバートが戸惑いながら口を開いた。
「その、リッチモンド候の対応からして、今回の件はグラハムが神に生贄として命を差し出した、と言う事を主に主張していく事になる。だから、お前の正体は今後も隠す方向になると思う…」
そりゃ、そうだ。誰が天使かなんて発表されても困る。何しろ正体は貧農の出だ。
「そうだろうね」
ランバートは首を回してこちらを見た。
「それで良いのか!?お前がせっかく苦労して強敵を倒したのに!」
「別に構わないよ。王家が女性労働者の生命を救う方向に動いてくれるなら、私の事など些末な事だよ」
ランバートが奥歯を噛みしめて悔しそうな顔をする…あんたがそんな顔をする必用はないだろ。あんたは男で、高貴な身分なんだ。普通に貴族の男の価値観で生きれば良い。
高貴な身分の者は貧しい者の事など気には留めないし、男達は女の行動など目にも入れない。貴族の男達を動かすのは欲望であり、利益であり、そして名誉だ。グラハムの名誉ある行動をあっぱれと褒めて、反乱側がそんな名誉ある行動を気にも留めないと批判すれば良いだけだ。
ランバートは感情を制御出来ないのか、私を抱きしめた…僕ちゃんだね。辛い事があるとママと抱き合わないと我慢出来ないのか?
だけど、私も王都に来てから抱きしめられるのに慣れてきた。親しい人に抱きしめられるのを嬉しいと思う様になってしまった。
…馬鹿げてるね。この国で一番高貴な家に生まれた男を、この貧農の娘が親しい人と思うなんて。とは言え、ランバートの温もりが私の心の棘を宥めてくれた。世界は女達に優しく出来ていない。でも、それを気にしてくれる人が何人かはいるんだ。
…しかし、長いぞ僕ちゃん。誰かに見られたらあんたに不利な噂が流れるだろ。だから私は、ランバートの腰の横をぱんぱん、と軽く叩いた。
「何だよっ!」
「いや、こんなところ誰かに見られたら悪い噂になるだろ?あんたは王子なんだから自重しなよ」
ぎくっと気付いてランバートの体に力が入り、ぱっと私から離れた。
「す、すまん!お前に悪い噂が立ったら申し訳ないっ!」
「私の方は良いよ。本来なら汚され、見下され、枯れ果てて死ぬ筈だったんだ。明日も生きていられるならもうけもんだ」
ランバートは俯いてしまった。
そう言えば、この間喧嘩したばっかりだったな。立場が違えば価値観も違うのは分かっていた筈なのに、人死にを沢山見たから気が立っていたんだ。早いとこ謝っておこう。
「あのさ、この間は悪かったね。気が立っていたんだ。あんたの立場も気にしないで怒って悪かったよ」
それを聞いたランバートはビクッと体を震わせた。そして見るからに狼狽した。暗くても私は夜目が利くから見える。
「ち、違うんだ!俺の方こそ悪かった!」
「無理にあんたのせいにするつもりは無いよ」
「違う!本当に誤解なんだ!俺が悪かったんだ!聞いてくれ!」
「あー、なら聞くけど」
「その、港湾都市でお前の炊き出しについて反対したのは、異能者を早く王都に届けたいという気持ちもあったが、何より俺はお前に反感を持っていたんだ」
「反感?炊き出しの話が出る前にあんたと口喧嘩したっけ?」
「してない!でも、初対面で見下されている気がしたんだ。だから俺だって生命の危機がある人達にはすぐ救援が必要だって分かっていたのに、反発してしまったんだ」
はい?私がこいつを見下す?港湾都市の事だろ?思い当たる事が全く無い。
「ごめん。何を言っているのか分からない。私があんたを見下す理由は無かった筈だ」
ランバートは苦悩した顔を振って口を開いた。
「あの工場の聞き取りの場に入って来たお前が、凄く冷たい顔をしていた気がしたんだ」
ん~?聞き取りの場に入った時?まあ相手がどう出るかは気にしていたけど、王都から来た調査隊を見下す要素は無かった筈…まあ品定めはしてたか。
「まあ、あれだ。警戒はしてたかもしれないね。何せポートランド伯の代官達と同類なのかそうじゃないのかを見定めたかったから。でも、貧農の娘を王子が…あの時は騎士のふりしてたんだろ?その騎士が貧乏娘に見下されてるとは普通思わないだろ?」
ランバートは瞼を強く瞑って、開いてから言った。
「お前、自覚ないのか?真面目な顔してる時のお前は、とても貧農の娘なんて顔してない。凄く大人な顔をしてるんだ」
農家の娘が真面目な顔して大人っぽく見えるったって限度があるだろ?王子の癖に人間が小さいぞ。まあ、良い。納得してやろう。
「そっか、まあ私も警戒してる時は怖い顔してるかもしれない。分かった、悪かったよ」
「いや、だから俺が悪かったんだ。港湾都市のみならず、各地の貧しい家の女性達が金持ち達に何らかの被害を受けるのは対策をしたいと思っているんだ」
…どこまで本気か分からないが、今後良い案が出たらこいつに相談してやろう。好意的に修正してくれるかもしれない。
私はランバートの肩を軽く叩いて、にっこり笑って言った。
「うん。どちらにせよ、双方気になるところがあったら反省して、次は上手くやろう。さあ、帰ろう」
ランバートはホッとした顔をした。そうしてまた私の手を握り、エスコートして元の部屋に連れて行ってくれた。
「あ、多分、この部屋の立哨とかの人達が倒れていたのは上司の仕業だから、処罰するのは止めてあげてね?」
「分かってる。神業だから人にはどうしようも無い」
微妙に微妙な二人。イセレンっぽいでしょ?
明日はクリスティンの更新。こちらの更新は月曜に。