6−12 反乱 (6)
数分も時間があった訳ではないが、その間、周囲の人々は言葉を発しなかった。しかしリッチモンド候は言うべき言葉があり、声を上げた。
「陛下、発言のお許しを頂きたく」
「良い、述べよ」
「はっ、貴族議会議長として、ヴィンセント卿の貴族議会からの排除を提案致します」
ヴィンセント卿、と公爵扱いしない事がヴィンセントを苛つかせた。
「貴様…」
「ヴィンセント卿に人の上に立つ資格は無く、その自覚も無く不平貴族達と騒動を起こした事、看過しがたく存じます」
ヴィンセントは下の階級の人間に見下される侮辱に怒り、震えた。
「何を根拠に私を侮辱するか!?」
「言わずと知れた事。部下のグラハム・パーマーは自ら神の使いに身を晒し、その奇跡の証拠となった。主君がいずれ傀儡となり暗君と呼ばれるのを止める為だった。その命をもって主君を諫めたのだ。それなのに志ある部下の死を惜しみもせず、使い捨ての部下が死んだかとばかりに何の気にも留めない男に誰が付いて行くものか。貴公を担ぐ者達は皆、自分の都合の良い王が欲しいだけで、貴公に心酔している訳ではない。その、貴公の周囲にいる者達の中に、貴公の為に死ぬ覚悟がある者がどれだけいると思うか?使い捨てにされると知っても身命をかけて忠義を貫く者がいると思うか?何も見えない男に王が務まる訳がない」
その言葉に不平貴族達も動揺した。無双の剣士を平気で使い捨てるヴィンセントが、結局外様に過ぎない自分達を使い捨てずにいるのだろうか。ヴィンセントは奥歯を噛みしめたが、周囲の空気が変え難い雰囲気になっている事は感じた。だからリッチモンド候に反論する言葉を発せなかった。兄を貶す事は出来るが、今問われているのは己の資質だ。何か結果を示そうとしても、兄が王位に就いた後に何もして来なかった自覚はある。
黙ったヴィンセントに対し、アルフレッド王は潮時かと感じた。隣に立つオールバンズの騎士服を着た老兵に目をやると、老兵は小さく頷いた。思う様にされよ、という返事と王は受け取った。
「ヴィンセント、己の始末は己で決めよ。もう生きて会う事はないだろう。思えば父王の遺言に、『ヴィンセントは軽挙が目立つ故注意せよ』と書かれていたのは正しかった」
これにはヴィンセントも激高した。
「あの愚王がそんな見識を持つものか!遺言などブラッドフォードの捏造に過ぎん!」
「それならそれで、結局見切られていたという事だろう」
ヴィンセントは兄を睨んだが、その横にいる老人が見知っている男である事に気付いた。
「ブラッドフォード…」
この場に無駄にブラッドフォードがいる筈も無い。
そしてブラッディ・ブラッドフォードの仕事と言えば殺しだ。
ヴィンセントはこの構図を描いた者が自分で無く、ブラッドフォード・クラレンスである事に気付いた。
その時、正謁見室の裏側に待機していた反乱貴族側の兵が出てきた。その後から槍を構えたキャベンディッシュ公爵家の兵達が大挙して出てきた。そして王達とは反対側の謁見室の横の扉から近衛第一大隊が侵入し、壁面に沿って整列を始めた。更に、正謁見室の入口の扉が第一騎士団により開かれた。
ここで宰相が宣言した。
「さあ、貴公達の出番は終わった。早々に舞台から退去されよ」
大勢が決している事を察したヴィンセント以下の反乱貴族達は、侵入した通用門へと退却して行った。通路の脇道には第一騎士団や近衛第一大隊が守っており、脇に逸れる事は許されなかった。
通用門を守っていた反乱貴族達の両側には、第一騎士団に加えてデヴォンシャー公爵家の軍旗も翻っていた。ブラッドフォードの顔を知らない者にも、三公爵家が王家を支持しているのは理解した。侯爵家が一家も反乱に組していない現状、反乱貴族側の勝ち目が無くなっている事を皆は理解した。そして、週明けの貴族議会でヴィンセントを担ぐ事はもう出来ない。ヴィンセントの出席は出来なくなったからだ。
それでも座りかけた玉座にまだ未練のあるヴィンセントは、反乱貴族のリーダー格のノーマン・ハットン伯爵に告げた。
「一同、マールバラ家に向かい、対応を協議しよう」
「はっ」
こうして反乱貴族達はマールバラ家のタウンハウスに進んで行った。
反乱貴族達が退却していく中、正謁見室でキアラの隣に立ち、その手首を握っていたランバートはキアラがふらつき始めたのに気付いた。だから小声で話しかけた。
「おい、そろそろなのか?」
「ああ、ちょっと頭が回らなくなってる…」
「ちょっと待て、裏道に行こう」
天の使いが倒れるところを他人に見せられない。キアラの腰を抱いてランバートは裏道に歩いて行った。もちろん護衛役の三人も一緒だ。正謁見室の裏の扉を通り越して、キアラはがくっとへたり込んだ。肩を抱きながらランバートが見ると、短い丈のスカートから太腿が殆ど露わになっている。
「おいっ!この服を何とかしろっ!!」
キアラもこの蝙蝠女装束でどこかに運ばれるのは不味いと気付いた。右手の中から灰色蝙蝠が出ていくイメージを浮かべると、元に着ていた令嬢らしい部屋着になった。
「済まないね、後は頼むよ…」
キアラは肩を抱くランバートにしなだれかかった。甘えた訳では無く、単に気を失っただけだが。
それまで蝙蝠女の装束では、脚線が見える部分はさておき黒で統一した衣装で凛々しかった。それが一転して少女らしい服装になり力なくもたれ掛かられランバートは赤面した。
(こんなに急変したら戸惑うだろうがっ!)
しばらくキアラの肩を抱いて真っ赤になっているランバートを見かねて三人が声をかけた。
「ランバート、ほどほどにしておけ」
「殿下、その辺にしてくれ」
「殿下、早く休ませないと」
「違うっ!やましい気持ちではないっ!!」
明日はクリスティンの更新、こちらの続きは木曜になります。