6−9 反乱 (3)
王城の上空で蝙蝠達は下降に転じた。尖塔では無く、通常の屋根のすぐ下、明かり取りらしい窓の近くに止まった。
「え〜と、覗くの?」
蝙蝠は私の目の前で飛んで口をぱくぱくした。違うらしい。もう一匹が窓の合わせ目あたりで盛んに旋回している。
「ああ、開けろと…」
王城の窓を勝手に開けて侵入する…それって重罪だよな…途方に暮れた私の頬を蝙蝠が蹴っ飛ばした。仕方なく両手を組んで祈りを捧げた。
(ああ、神様、無断侵入の罪を犯す私をお許しください。あんたの命令だから仕方なくするんだからね!)
そうして風魔法で窓の金属製回転式閂を動かし、更に風魔法で窓を外側に開け放った。蝙蝠達はこの明かり取りの窓を開ける為の通路に降り立った。
私はここで小声で一言告げてから入った。
「失礼しま~す…」
今更である。しかし、一応礼儀正しく挨拶はしたよ、と後で言い訳出来る、これが重要だと思ったんだ。
一匹の蝙蝠が飛び立ち、私の目を見つめた。感覚同調である。その蝙蝠はこの広い部屋を下降し、その片隅に立ててある衝立の上に止まった。そうして何かを待っている様だった。もう一匹の蝙蝠は私の目の前で翼を畳んで丸くなった状態で床に止まっている。真似して丸まって待つか、と思った私は膝を抱えて座って待つ事にした。
風を感じてみれば、この部屋の裏側の隠れた場所にある通路の中に風の流れがあるのが分かる。呼吸音も多数感じる。つまり、誰かが来るのを誰かが隠れて待っている。上司はその誰かが来た後の劇を眺めていろと言うのだろうか。
やがて部屋の外の空気の流れが乱れだした。多くの人が移動して来るんだ。ここで蝙蝠が扉を視界に入れ、そこを開けて入って来た兵が左右を見てから後続を呼び入れる。多数が入り込んでくる中に王とランバート、マークらがいるのを確認する。ああ、嫌な予感。これ、私がどうにかしないといけないの?
王と、この間喧嘩したランバート、どっちを優先して守るかなぁ…まあ、情としてはランバートだが。色々駄目な男だけど色々世話になっている。そう考えていると奥から反乱貴族と思われる兵達が出て来る。両方の兵が横に広がって互いの中心人物を守る戦列を作る。ランバートぉぉおぉぉ…あんたが最前列に並んでどうする。王子だろう。しかも剣は下手だ。
すると部屋の奥に隠れていた連中の中で一番豪華な服を着ている男が話し出す。兄上、ヴィンセントとお互いを呼び合う王と豪華な服を着た男。ヴィンセントと呼ばれた男が気の弱そうな性格が悪そうな、顔の青い男をハロルドと呼ぶ。ああ、あれが王家一の駄目男…色々駄目そうだ。
この距離でも私なら風魔法で全部聞き取れる。しばらく聞いていると、ヴィンセントは遂に私を召喚するワードを大声で言った。
「あははは、聖女殺害未遂事件自体が捏造ではないか。蝙蝠の翼を持つ女などいる筈も無く、ましてそれが天の使いなどと、冗談にしても出来が悪すぎるわ」
出番ですね、呼ばれて出なきゃいけないんですね。やりますよ。やっちゃうよ。王位争いなんかに介入する気はないんだけど。そうして今いる通路から飛び降りて、滑空して両陣営の中間に降り立った。
「やあ、良い朝だね。嘘つきの王弟と、恩知らずの第二王子が国を盗むには良いお日柄かな?」
王やランバートはともかく、一般人は人が上から落ちてきて滑空して降り立ち、言葉を喋るのにはさすがに驚いた様だ。そうは言っても、喧嘩を売られた王弟ヴィンセントは何とか口を開いた。
「何者だ?」
「今あんたがいない、と言った天の使いの女だよ。その目で見てもいないと言い張るかい?嘘つきさん」
「百歩譲って翼を持つ者がいるとしても、天の使いと証明出来まい?」
「さすが嘘つき。自分の目で見たものすら百歩譲ると言っちゃうんだ。天の使いじゃない?主の導きが無くてどうしてこのタイミングで王城に現れるのさ?蝙蝠だからずっと天井にぶら下がって待ってたとでも言い張るかい?」
いや、しばらく待ってたけどさ。ヴィンセントは私が揶揄うので迂闊な事が言えなくなっている。もっと小者らしく取り乱してもらった方が良いんだけどね…もう一押しするか。
「王弟ヴィンセント!欲にまみれて背徳の道を進んだあげくに王を退けようなどと言い出す嘘つきどもに担がれて偽王となっても、嘘つきどもの傀儡にしかなれないだろ。嘘を吐いているのをそいつらは知ってるんだから、それをネタに脅されて身動き取れなくなるに決まってる。最後は教会に売られて全責任を押し付けられる未来くらいは小娘にも分かるのに、玉座に目が眩んで先も見えないあんたに王など務まらないと知りな」
「王子ハロルド、今は役目があるから道具として使われてるけど、ヴィンセントが王になったらあんたは逆に邪魔者だ。一度王を挿げ替えた者達は次も繰り返す様に、一度裏切ったあんたもまた裏切るだろうと信用なんかされないよ。明日首無し死体になりたくなければ、さっさと謝ったらどうだい?」
ハロルドはこの発言に取り乱した。
「黙れ!お前如きに何が分かる!?私は私を不当に扱った奴らに復讐する為にこちらにいるんだ!それさえ済めば後はどうでも良いんだ!」
つまりハロルドは感情だけで動いているんだ。そして、これを聞いた反乱貴族達も感情を高ぶらせて口々に叫んだ。
「そうだ!冤罪を押し付けられて不当に裁かれるなら、むしろ一戦して滅んだ方がマシだ!」
「王こそ嘘つきだ!そんな嘘つきに頭を下げるくらいなら抗って誇りを示すべきた!」
反乱貴族達は興奮して騒ぎだしたが、悪いね。あんた達背徳者達が大声を出す事でいくら盛り上がっても、一番不当な扱いをされてきた私達の心に響く訳が無いよ。嘘だって分かってるんだから。だから私は、両手を強く叩き合わせて破裂音を起こし、それを風魔法で十倍以上に増幅した。ばあん!と大音量が謁見室に響いた。全員が驚いて目も口も塞いだ。
「いくら興奮して騒いでも、主には響かないよ。嘘をいくら大声で叫んだってね。私を再び背徳の輩の前に遣わした段階で、主はお怒りだよ。だから今すぐにでも頭を丸めて懺悔しないと、どんな神罰が落ちるか分からないよ?」
時間切れで微妙なところで切ります。明日も更新予定。ノートPCの裏蓋開けて復帰させないとファミレスで原稿が書けないんですが。




