6−8 反乱 (2)
その朝、キアラは朝食後に自室に戻り、紅茶を礼儀正しく飲んでいた。
「この季節の茶葉は良い味ね」
それを聞いていたケイが尋ねた。
「季節による茶葉の味の違いなんて分かるの?」
「分からなくてもそれっぽく喋る事が重要なのよ」
「駄目だよ、それ」
いい加減な時のキアラには厳しいケイだった。
そんな時、窓にぶつかる音がした。風の流れから、二匹の蝙蝠がやって来て慌てて音を立てているのがキアラには分かった。だから急いで窓際に寄り、窓を開けた。
「急ぎなの!?どっち!?」
蝙蝠はキアラの前後方向に何度か飛んだ。
「南じゃない?北?王城!?」
蝙蝠は口をぱくぱくした。王城に行くならどう見ても緊急事態だ。キアラは振り返ってケイに指示を出した。
「ケイ!王城に緊急事態だから、お義父様に伝えて!門を閉めて外部から入られない様にする事、そして王城に伝言を走らせてって!」
「え、でも…」ケイもキアラが部屋を飛び出す為にケイを部屋の外に出そうとしている事は分かったから戸惑った。
「急いで!人命に係わる事なんだから!!」
戸惑ってはいても今のキアラは真面目なキアラだから、間違った事は言っていないのだろうとケイは理解した。だからフォーウッド子爵の部屋に急ぎ伝えに行った。
ケイが部屋から出ていくのを見たキアラは、灰色蝙蝠が右手に溶け込むイメージを浮かべる。蝙蝠女の装束になり、窓に足をかけた。
「さあ、急ごう!」
二匹の蝙蝠の先導で、まず上空に飛び上がってから北上して王城へ向かった。
会議中の王、宰相、リッチモンド候以下の貴族達にも近衛第二大隊と第三大隊の反乱の報が入り、会議室からより守りやすい場所に移動する事になった。予備から出動した近衛第四大隊と、夜勤から宿舎に戻っていた近衛第一大隊の一部が王城に戻って来て王達の護衛を行った。
「西門から侵入した者もいる様です。中央通路を通ると遭遇する可能性があります。正謁見室から北通路を通る方が無難と思われます」
会議室に到着した近衛第四大隊の中隊指揮官の報告を聞いた宰相は、この指示に従う事にした。
「斥候を先行させて通路の安全を確保せよ」
「はっ」
謁見室の裏に通じる北通路は外部からの侵入が難しいから、外敵から身を守って避難するには適していると思われた。
王の近くで取り乱したり私語をするのは普通なら憚られる事だが、王城内での非常事態に会議に参加していた貴族も動揺していた。コベントリー伯爵が思わずリッチモンド侯爵に話しかけた。
「反乱貴族の侵入でしょうか?」
「そうだろうな。このタイミングでの近衛の反乱となれば、それらの戦力を招き入れるのが主目的だろう」
「臨時貴族議会まで待てないと言う事でしょうか?」
「本来は反乱鎮圧に騎士団が出発するのを待って貴族議会で騒ぎたかったのだろうが、王都近郊の騎士団が動かなかったからな」
この状況で王の集団に第一騎士団の少数とランバート達が合流した。
「居住区からこちらに通じる経路には反乱部隊はいませんでした」
「それならまだ南寄りにしか展開していなさそうだな」
近衛第四大隊の中隊長はこのまま正謁見室に向かう事にした。
近衛の補助として王城に備えているオールバンズ公爵家の兵も少しづつ合流して、正謁見室までの通路は確保された。貴族達も正謁見室の貴族入口まで来てようやく一息吐いたのだが、ここで謁見室の奥から物音と共に軍勢が次々と現れた。
広い正謁見室に両方の兵が横に展開して対峙する中、奥の方からヴィンセント・マールバラが現れた。
「相変わらず物事に対する対応が遅い事だな、兄上」
アルフレッド王が対応する必用がある様だ。王は小さく溜息を吐いた。
「相変わらず考え足らずで軽挙妄動を起こしたがるのだな、ヴィンセント」
ヴィンセントはこめかみに青筋を立てた。
「どちらが考え足らずか?兄上と兄上の周囲の人間なら、無難に正謁見室から裏に抜けようとするだろうとここで待っていれば、思った通りだったではないか」
「成功の見込みも無い反乱を起こす考え足らずには及ばんよ。悪いがな」
「見込みが無いとは目も頭も働いていないのだな。ほら、こちらには兄上の次男のハロルドまでいるのだぞ?兄上に愛想を尽かした人間の多い事」
ヴィンセントの横にハロルドが並んだ。王としては近衛の反乱を聞いた段階でハロルドの叛意も察知していたから、眉一つ動かさなかった。
一方、戦列に並んでいたランバートは兄の軽挙に奥歯を嚙みしめた。思わずマークがランバートの腕を掴んで、小声で話しかけた。
「おい、早まるなよ?」
「大丈夫だ。いざと言う時に真っ先に斬りかかるだけだ」
「それを早まるな、と言っているんだ」
ランバートの性格からすると、怒って兄など斬った日には、しばらく立ち直れない程後悔するのが目に見えている。
ヴィンセントは続けた。
「気に入らぬ貴族を平民を売買した等と言う冤罪で粛清しようとする暗愚な王になど人は付いて行かないものだ」
王は応えた。
「冤罪かね?何を根拠に?」
「そちらこそ証拠など無く、まして貴族が平民を殺したとて罰する理由にはならん」
「証拠なら帳簿もあり、王都から港湾都市に派遣した歴代の役人の証言もある。港湾都市での聖女殺害未遂の容疑者の中からも証言は得られている」
ヴィンセントは哄笑した。
「あははは、聖女殺害未遂事件自体が捏造ではないか。蝙蝠の翼を持つ女などいる筈も無く、ましてそれが天の使いなどと、冗談にしても出来が悪すぎるわ」
その時、天井の高い謁見室の明かり取り窓付近で影が動き、風の音がした。そこから黒い影が落下して来た。その影は途中から横に広がり、風を切りながら人の胸の高さあたりで水平に飛び、両陣営の中間に降り立った。
その黒い影は横に広げた翼を閉じ、そして黒いマスクの下の口が開いた。
「やあ、良い朝だね。嘘つきの王弟と、恩知らずの第二王子が国を盗むには良いお日柄かな?」
レ社のノートPCがまた起動しなくなりました。CHROMEBOOKへ移動するファイルをメモリーカードに保管していたので今日の分は大丈夫でしたが、明日の分は明日の夜に書くので少し遅くなるかもしれません。更新はする予定です。