6−7 反乱 (1)
血の海という表現がありますので注意してお読みください。
王と宰相はリッチモンド候他の中立派貴族を王城に呼び、意見交換を行った。
「まず宗教的道徳を根拠に人身売買を禁止する法がある。この法を根拠として処罰の対象となる者を理由も無く保釈する事は出来ない。これには皆様異論は無いと思います」
宰相の言葉にリッチモンド候が答えた。
「法で定めている以上、法に則り対処すべきですな」
「他方、処分については立証出来る件のみとすべきで、これは貴族側の傍聴も認めた上で裁判を行います。憶測で処分すると言う事はありません」
「そうすべきですな」
「それらを説明してから前回の無法行為を糾弾する事になります。議会開会当初から議長席等はオールバンズ・キャベンディッシュ両家の兵で固く護衛し、問題行動を起こす者は即拘束する予定です」
「貴族議会で暴れる者を貴族とは認められませんから」
再度の混乱は許さない、という強硬姿勢ではあったが、打合せ内容は妥当な事ばかりで、貴族議会の慣例に則り、強硬な検挙・処分を急ぐものではなかった。だから暴れる貴族が複数いても、他の貴族達が王家に反感を抱く様な事にはならない筈だった。
その頃、王城内の近衛騎士団長の執務室に近衛第二・第三大隊の隊長以下数名がやって来た。
「近衛騎士団長に取次をお願いする!」
この日、副官である第二王子ハロルドは休みだった。その声を聞いて取次の事務官が扉を開けた。
「予約が無い以上、緊急の連絡以外では騎士団長はお会いしません」
「当然、緊急事態だ!入るぞ!」
事務官を押し退けようとする者達に、室内の騎士団長から声がかかった。
「緊急なら聞こう。案内しなさい」
後半は事務官に言った言葉だった。
そうして六人がぞろぞろと入室した。
「それで、何だね?」
騎士団長の言葉に、第二大隊長が口を開いた。
「緊急事態が発生した!即刻騎士団長はその職を辞し、ハロルド殿下に指揮権を譲られたし!」
騎士団長は落ち着いた言葉で返した。
「何が起きたか言わねば分からんし、緊急事態に備えて私が騎士団長になったのだよ。国王陛下以外の者が私の地位に干渉する事は出来ない」
これに第三大隊長が答えた。
「その王に王の資格が無い以上、より王に相応しい方に譲位すべきだ!だからあなたの指揮権も無効だ!」
「『その王』以外に現在の王はいない。近衛は王にのみ忠誠を誓う者の集まりであり、王に謀反の心を持つ者は不要だ。お前達こそ今すぐその職を辞し、王城から去れ」
「聞かぬと言うなら!」
両大隊長に従ってきた騎士が剣を抜いた。騎士団長の近侍は机の横に大きな木の板を立てた。その影で騎士団長達は近くの壁を開け、部屋を走り出て行った。
「逃がすな!」
剣を抜いた四人は後を追おうとしたが、壁は閉まって通れなくなってしまった。
その時、第二大隊長と第三大隊長の腹の前に血塗られた剣が二本ずつ突き出た。二人の大隊長は後ろから何らかの衝撃を感じたが、振り返ろうとしても剣が刺さっていて動けなかった。間もなくそれぞれ一本ずつの剣が後ろから抜かれ、直後に二人の大隊長の首が転げ落ちた。つまり斬り落とされた。もう一本の剣を持っていた者達は後ろから大隊長達の胴体を蹴り倒し、その反動で剣を抜いた。意思を持たない体を支えてやる義理は彼等には無かったからだ。二人の大隊長を殺した騎士達はすぐに執務室を走り出て、大声を上げて四方に走り去った。
「近衛第二大隊および第三大隊が謀反!第一大隊および第四大隊は即時謀反部隊の者達を斬り捨てよ!」
近衛騎士団長を追おうとしていた第二大隊、第三大隊の者達は重量物が落ちる音と倒れる音で気が付き、振り向いたら血の海の中に人二人が倒れているのを見て唖然とした。落ちている首を転がして顔を上に向けると、見慣れた顔である事が分かり大隊長二人が斬られた事を知ったが、まだ何が起こっているか分かっていなかった。自分達は兎を追う狼だった筈なのに、逆に隊にとって一番重要な人物をあっさり失ってしまった。第二大隊も第三大隊も謀反で全員一致している訳ではないので、隊長亡き後、部隊が団結して行動出来るかは分からなかった。残った四人はどうしよう、と途方に暮れてしまった。
この日の王城の護衛は第二大隊が担当していた。また、予備部隊として王城地下の待機室に休んでいた第四大隊は即時展開し、王城の使用人達を城外に避難させながら獲物を求めて走り回った。全員部隊章で所属が明確になっていたから、第二大隊所属の者と第四大隊所属の者がいきなり斬り合いになった。中には上司の反乱を知らない者もいた。
「待ってくれ!俺に反乱の意思は無い!」
と言って武装解除に応じた者も少なからずいた。
その頃、城の裏口では近衛第三大隊の出迎えを受け、ヴィンセント・マールバラ公爵、ノーマン・ハットン伯爵、その他下位貴族とその兵達が複数の馬車から降り立った。
第三大隊の副官が報告した。
「大隊長は第二大隊長と共に近衛騎士団長を抑えに行っております。このまま我が隊の護衛で向かいましょう」
「分かった」
第三大隊の後ろに第二王子ハロルドも混じっていたが、ヴィンセントはハロルドと言葉を交わす必要を感じなかった。『王から人心が離れた』その証拠として、近衛師団長代理としてこちらに入れているだけだから。
近衛第二大隊および第三大隊に加えて、ヴィンセントと共にやって来た軍勢が王城内に侵入したら、予備の第四大隊全員で向かっても対抗する事は出来ない状況になった。
王城の本城から離れた王妃の宮には皇太子が駆けつけ、第四大隊の一部が護衛に当たった。既に急報を受けた第一騎士団が王城に入りつつあり、その一部がこちらに駆け付けた。つまり、本城で王に異変があった場合に備えて、王妃と王太子が同時に失われない様に避難した状態になった。
王城敷地内に住むランバートは第一騎士団と合流し、王の護衛に走った。ジミーとダリルという常時ランバートを護衛する二人に加えてマーク・カミングスもランバートの護衛に駆けつけたが。
「おい、ランバート、お前はむしろ王妃宮に避難すべきだぞ?」
「そちらにはエドワード兄上が向かわれたのだから、残った俺が父上に付かずにどうする!?少しでも戦力を集中すべきだ!」
「いや、お前は戦力としては大した事ないからな?」
「それでも父親を守りたいと思うのが人情だろ!?」
護衛の三人は困ってしまったが、王太子なら非常な判断もすべきだし、もう一人の王子はどうやら近衛の反乱に加わっているらしい。それなら一人くらい馬鹿がいても良いか、と諦め半分でランバートを守りつつ本城の裏道を進んだ。
ランバートが相変わらずですね。
明日はクリスティンの更新、こちらは木曜以降に更新します。