6−6 貴族議会に向けて
フォーウッド家としては、荒ぶるキアラの心を鎮める必用があった。こんな時は友人がいてくれるだけで大分違うから、とケイがキアラにお茶を淹れていた。そうしてテーブルにお茶を置いたケイに、キアラは言う事があった。
「ケイ、私、あなたに言わないといけない事があるの」
「何?」
「あなた、以前、聖女アグネスより私の方が美少女だって言ったよね?」
ケイは頭を捻ったが。
「多分言ったと思う。それがどうかした?」
「この間、アグネスと私の聖魔法を比べる機会があったのだけど、ずっと遠くまで光り輝くアグネスの聖魔法に比べて、私の聖魔法なんて蝋燭より暗かったのよ!どうしてくれるの!?」
ちなみにケイはキアラにメイドとして付けられる時にキアラが異能持ちと言う事は聞いていた。他言はしない約束だし、他言をするつもりも無い。どちらにせよ、ケイにはキアラが何を言っているのかよく分からなかった。
「その、聖魔法の輝きと顔の良さと何か関係あるの?」
「美少女の聖魔法の方が輝くに決まってるじゃない!どう責任を取るつもり!?こうなったら責任取って一生私の面倒を見てよね!」
理屈じゃないんだね、とケイは悟った。
キアラとケイは元々職場での友人だった。職場での友人とは、互いに仕事で独り立ちしていないと成り立たない。片方が仕事上で依存している場合は友情ではない。ケイはキアラを初めて見た時、真摯で胸を張って立つ姿に見惚れた。この人と友達になりたいと思ったから、不器用なのに仕事を頑張っていた。
「あなたは不器用だからしっかり針を引っ張りなさい」
そう母に言われたのを守って解れない事を優先しているが、本当は細かい針仕事は苦手だった。キアラと友達でいたいから頑張っているんだ。そういうケイだから、今のキアラの雰囲気がいつもと違う事は分かっていたが、いつまでも胸を張っている凛々しいキアラでいて欲しかったから、この甘えは突っぱねる事にした。
「キアラ…メイドとして面倒くらいずっと見てあげるけど、ちゃんと男の人と結婚してよね。お給金は欲しいから」
「ケイ!冷たい!私の事愛してないの!?」
「お友達として大事に思ってるから」
この時、ケイが甘えを許したらキアラは暫く立ち上がれなかったかもしれない。でもケイはキアラが甘える事を許さなかった。だからキアラはまだ戦う女でいられた。
一方、ブラッディ・ブラッドフォードことブラッドフォード・クラレンス前公爵はニューサム商会から持ち出された資料を即座に分析した。その結果をアルフレッド王に報告に現れた。
「ニューサム商会については疑いはありましたが、証拠が掴めずにおりました。成程、盗み出された物故に証拠とはなりませんが、この情報から反乱貴族の半分はニューサム商会から奴隷購入をした者達と分かりました。結局、暴発した者達は皆同罪だったと言う訳です」
それを聞いたアルフレッド王は背景を考えずにいられなかった。
「一つは下位貴族中心の退廃の進み具合、もう一つはこれほど多くの人間が失踪しても問題にならない治安の悪化、そして農家その他の貧民の増加と問題が進んでいる訳ですね。その裏でニューサム商会が小金を稼いでいた、それだけの問題とも思えませんが」
「もちろん、ニューサム商会にはジンジャー商会の金が随分入っておりますので、その関連も調べております。宰相には嫌な顔をされましたが、関連部署の名簿は全てひっくり返して特に今回の情報漏洩の穴を探しております」
「叔父上に負担をかけて申し訳ありません」
「何、王家に生まれた者も公爵家に生まれた者も、皆、王家を支える為の存在です。墓に入るまでその仕事は全うさせて頂く」
その覚悟を聞いた以上、王としては無言で頭を下げるしか無かった。
それに対してブラッドフォードはするべき提言を行った。
「さて、週明けの臨時貴族議会の対策を話し合わねばなりませんな。明日の準備は進めておられますか」
「ええ、宰相と共にリッチモンド候他の中立派と打合せ、場合によりキャベンディッシュ公爵家とオールバンズ公爵家の兵を中心に取り押さえる様に事前通告を行います」
「近衛に汚染が広がったのは痛かったが、何とか鎮圧の道筋は見えてきましたな」
「三か所の下位貴族の反乱も、叔父上からの情報で事前に通告していたお陰で二件は既に鎮圧しております。残りももう兵糧攻めで落ちましょう」
「それについては各公爵家の情報もあります故、我が家だけの功績ではありませんよ。そしてまだ、三家に反乱を起こされたのだから、と責任追及の可能性がありますから」
「とは言え、わが身可愛さで暴発した輩ですから。自家を滅ぼしても戦を始める連中も多くはありますまい。今なら家中の誰かに責任を押し付けて、お家の存続を計る事は出来るのですから」
「そこは追い込まれた人間のやる事ですからな。もう理性では無く感情で動きますし、扇動家が暗躍しております故、最悪の戦は覚悟せねばなりますまい」
「そうでしたな。やはりこうして人生の先輩とお話させて頂くと教えられる事ばかりだ」
「そう仰って頂けると有難い。ですが時には後輩も優れた指摘をする事もありますので、先輩のみならず後輩の言葉もお聞きくだされ」
「ええ、心得ております」
マールバラのタウンハウスの敷地の中で、グラハム・パーマーは日課より多めの素振りを終えて自室に戻る最中に、またデービス・ジャージーに声をかけられた。ジャージー家はマールバラ家に代々仕える家だが、現マールバラ公であるヴィンセントは王弟の仕事を放棄しているから、ジャージー家もヴィンセントからの命令は全て断っていた。グラハムの様なヴィンセントが集めた家来とは疎遠な筈だったが、時々話しかけられる。内容はこちらにヴィンセント個人への忠義よりも大事な事を示唆する内容である。離反を勧められているのだ。
「精が出るな。相手は斬れそうかね?」
「相手によっては困難です」
「必ず斬るとは言わないのだね?」
「もちろん、相手がある事ですから」
「次は斬らねばなるまい?そろそろ大舞台だろうからね」
「私には分かり兼ねますが」
ヴィンセントは最後に蝙蝠女を斬り損ねてからグラハムと顔を合わていなかった。だから直近の作戦は知らされていなかったが、気配は掴めていた。
「聖女拉致に失敗し、地方の反乱もすぐ鎮圧されている。追い込まれているのはどちらだろうね?」
「存じておりません故、すみませんが答え兼ねます」
「沈む船に乗るのも忠義だが、王都に爪痕を残さぬ様に動くのも忠義ではないかね?」
「沈まぬ様に努力するのみです」
「まあ、考え給え。神を相手にこのまま戦うか、それとも恭順を示すか」
「答えは決まっております」
そう。進む道は一つだ。この人生は剣に捧げると決めて来た。だから、二度と斬る機会のない天使を斬ってみたい、例えその結果として神の怒りを受けるとしても。それが剣士としての偽らざる気持ちだった。
「天使?人違いです。他を当たってください」
キアラさんの本音です。明日も更新します。




