6−5 意欲の裏側
王の私室に呼ばれたランバートは流石に真っ青になって部屋に入って来た。重要な報告を忘れ、感情に浸っていたのだから。
「まあ、座れ。そして、そんな顔をするな。王として王子に話をする訳では無く、親父がせがれに世間話をする為に呼んだんだ」
「はい。すみません」
座ったランバートに王は手ずからお茶を淹れた。
「まあ、人間時には落ち込んで反省する事も必要だ。叱責はしないから安心しなさい」
そう言ってもランバートはまだ縮こまっていた。仕方が無いので、王は質問形式で話す事にした。
「ところでランバート、お前は人はいつ大人になると思うか?」
ランバートは自分の精神が子供だからそういう質問をしているのか、とも考えたが、とりあえず一般論を答える事にした。
「子供を育て上げた時や、責任ある仕事を成功させた時でしょうか?」
「まあ、そんな事も言うが、貴族はそもそも子育てを自分ではしないな。では、乳母が一番の大人なのか?」
「…乳母は随分我慢強かったと記憶しています」
「ははっ、お前は手間のかかる子供だったからな」
ランバートの顔に血の気が戻って来た。もう頭が回り始めたかな、とそれを見た王は判断した。
「実はな、この年になって思うのは、人は死ぬまで大人になどならないのではないかと言う事だ。単に我慢強くなり本音を隠せる様になるだけで、皆、心の中は子供同様に面倒くさがりで感情的で欲望が渦巻いていると思えるんだ」
「はぁ」
「だから、人が他人より目に見えて勤勉だったり、或いは目に見えて怠慢である時、隠している動機があるのを考えないと、正しい対処が出来ない。例えばヴィンセントだ。奴は私に対する反感、手に入るかもしれなかった玉座への未練で王弟としての仕事をせず、今回のチャンスにより玉座を盗もうとしている。本来なら絶えず勤勉に働き、私より自分が有能な事を示してチャンスを伺うべきだろう。今までは感情に支配され動かず、この機会には欲で動いている訳だ」
「それはそうですね」
「反乱貴族達は少し違うな。今動かないと処分される、そう考えて用意も足りずにヴィンセントを担いで暴発した。これは疚しい事がある人間はそれが発覚し、処罰されるのを恐れて罪を重ねるという犯罪者心理と言える。こういう隠し事がある連中は、その周辺を隠したがったり、逆に慌てて動き出したりしたがる訳だ」
「なるほど、そうですね」
「では、キアラ嬢はどうか。彼女は、とても勤勉に学び、自分に与えられた役目以上の提案を我々にしてくれた。この動機は何だと思う?彼女の進む道に出世や多大な報酬があるか?」
「無いと思います」
「そう、だから彼女が勤勉に動く動機は、内に潜む激情だと想像出来るんだ」
父親には想像出来て、自分には出来ない。これが人生経験の差か、ランバートはそう感じた。
「元々、彼女は港湾都市で勤勉に働いた。蝙蝠女としてな。その行動力の源が神の指示だから、等とは思っていなかった。そもそも神は人など信じておらん。約束を守らない生き物だから信用出来ない、と楽園から追い出したのだから。そして余程敬虔な信者で無ければ、報酬など与えない神の言う事に従い命がけの仕事をする筈が無い。だから、彼女がここに現れた時、その背景には怒り、悲しみ、そのない交ぜになった恨みがあると警戒していたんだ。そうして神の言葉を偽造し、王家や貴族達に復讐する事が考えられた」
「そうですか…」
それはランバートの抱くキアラ像とは異なっていた。いつまで生きられるか分からない女達の為に涙し、好きでもないランバートを守ろうとする。善人としか思えなかった。
「だが、彼女は王侯貴族にも益する対策を提案した。復讐などと無意味な事を避け、女性労働者を確実に救う為、互いに利益のある提案を選んだんだ。それは彼女が神に選ばれる様な善人だったから、と言うより、確実に仲間を救いたいと言う、当事者意識が成したものだろう。神は人間の善性などと言う信頼出来ない物でなく、当事者意識を持って問題に真摯に立ち向かう危機感を選んだんだ。彼女のそれは現実主義かもしれないが、感情よりも多くの者に納得出来る理屈を優先しようとする、その理性こそ善性であり、神が彼女を選んだ理由だろう。だが、善性の裏に人間の原罪である、欲望も激情も持っているのは理解しておくべきなんだ」
ランバートは先程の様に感情的な落ち込みは無くなっていたが、逆に父親の分析力、思考力など人の上に立つ為に持たねばならない能力を示され落ち込んだ。キアラの事は自分の方が理解していると思っていたのだから。しかし、それは感情的な落ち込みでは無く、理性的な落ち込みだった。感情の迷路からせがれを抜け出させる。そんな能力こそ王が大人である証拠だったが、ランバートはしばらくその事に気づかなかった。
もっとも、王としてはこれも子供の成長か、とは思っていた。
(女性に理想を抱き、そのイメージと違えば幻滅する。若さとは言える。あまりに目の前の事に惑わされ過ぎるのは欠点だが、それは賢い相棒を付ければ良い事だ。もうスペアは王女しかいないのだから、頑張ってくれよ)
「さて、ついでに言っておく事がある。今回の件、最初の臨時貴族議会に先立ち、その場で人身売買を行った者を処分する、と言いふらした扇動家がいる。扇動家はそれら人身売買貴族に知られた人間であり、下位貴族などと付き合わないヴィンセントが行ったとは思えない。」
「もうヴィンセント達は走り出してしまったが、扇動家はその騒ぎでは損害を与えられない様に動くだろう。と言うより、自分と関係ない者達を動かしたと考えるのが妥当だ。普通、扇動とは自分が利益を得る様に他人を騙すものだ。その扇動家が何者で何を狙っているのか、お前も考えておくと良い。まあ、推論の練習だと思って考えてみろ」
「はい。考えておきます」
その上、王は重要な事を付け加えた。
「後、キアラ嬢に幻滅するのはまだ早いぞ。プラント追討戦の一報が届いておる。部屋に写しを運ばせるから見てみると言い」
ランバートは王の私室を辞し、自室に戻ってプラント追討戦の報告を見て更に落ち込んだ。キアラは憎悪する貴族の部下達でさえ、死ぬ者を一人でも減らそうとしたと報告されていた。これは流石に止めになった。
ランバートは一人部屋で涙を流した。目先の言葉に流され冷静な判断を失い、彼女を不当に傷つけた。そもそも港湾都市でのキアラとのやり取り自体、軽はずみな言葉で彼女を深く傷つけていた。その罪は償わないといけない。キアラには自分の醜さを曝け出してでも、彼女の納得する説明をする必用があると痛感していた。
失楽園の理由が一般論とは違うのは私の解釈で、今回のお話に合わせたとも言えます。ご理解ください。
ああ、足したり消したりしたけど、何か忘れてる気がする。まあ、文章とか絵とかは最終的には第一稿が一番良かったと思う事が多いから、これで投稿します。
明日はクリスティンの更新です。




