6−4 秘めたる思い
ランバートとしてはキアラは天使だから、人死にを嫌っていると思っていた。今、平然と戦況を語るキアラは彼の想像するキアラのイメージと異なる事もあって少し幻滅したんだ。だからそう言う言葉になってしまったが、『貴族の部下百人』の死を気にするランバートの言葉は、キアラの逆鱗に触れた。
「あんた、港湾都市に来る前に情報は得ていたんだろ!?毎年百人以上餓死するって調査員に伝えた筈だよ!それなのに餓死寸前の女達に炊き出しをする事すら嫌がったのに、貴族の部下の死者は気にするのかよ!?」
「あ…」
ランバートは真っ青になった。自分の発言を忘れていたんだ。
「知らなかった間は良い。でも、知ってからも罪の無い女達が死ぬのを助けようとしなかったのに、今度は明らかに貴族が悪くて死人が出ているのに、その原因は放っておいて死者数だけ気にするのかよ!?もちろん、あんたの立場なら貴族のご機嫌取りが大事で、平民なんて気にしないのが普通だろうが」
「違う!そんなつもりでは…」
キアラはその後の言葉を必用としなかったから、ランバートの言葉を遮った。
「言葉で誤魔化さないでよ!実際の言動から人は判断する!私達が死ぬのを気にしない発言をして、行動でも助けるのを嫌がり、そして今貴族の死者を気にしている!それは誤解しようがないだろ!あんたにとって平民の女の死なんかより、貴族とその関係者の死の方が重要なんだ!」
「教えてやるよ。プラントの息子は奴隷達を殺す現場に剣を持って立ち会っていた。つまり、自分で殺そうとしていた。あいつにとって奴隷を犯し、その後に殺す事までが娯楽だったんだよ。部下に任せるんだったら剣を持つどころかその場にいない筈だからね。あんたはそんな人殺しを黙って見ている奴らの方が殺される女達より大事だって言うんだ。ご立派だよ」
その場にいる皆に言葉が無かった。この家に来てからキアラは理知的な人間として振舞っていた。だからその裏に激情があるとは誰も思っていなかった。それはこの場にいる誰も港湾都市の女性労働者達の惨状を本当の意味で理解していなかった事を意味する。他人事なのだ。だからキアラの隠していた悲しみも怒りも全然想像出来ていなかった。
「報告を続けるよ。プラント親子は隠し通路から逃げようとしたところを捕まった。それで私はそこから解放されたけど、奴隷の証言でニューサム商会が女を騙して奴隷として売っている事が分かった。だからニューサム商会の倉庫を漁って隠してある三年以上前の帳簿を持って来た、それが昨晩だ。もちろん、盗んだ物だから証拠としては使えないが、情報としては生かせると思う。こいつは持って行ってくれ。以上だ」
ランバートはもう話を聞いていなかった。そもそも自分が冷酷な事を言った事、それがキアラを深く傷付けていた事にショックを受けて、自虐と自省に沈んでいた。自分はキアラの味方のつもりでいたから、そんな過去の事はきれいさっぱり忘れていたんだ。
(でも、仕方ないだろ!?全然知らない奴から人を助けたいから金を出せって言われて出せないだろ!?)
と思ったが、それは責任転嫁だった。次々と餓死し凍死していく女達を情報としては知っていながら、他人事だから何もするつもりが無かったんだ。そんな男が貴族の部下百人の死を気にする。キアラ達女性労働者から敵視されて当然だった。
ランバートがそんな状態だから、フォーウッド子爵が護衛のジミーと話を進めた。
「この資料は重要情報だから、陛下にお渡ししてご考慮頂く様、お願いしてくれ」
「分かりました。必ずお渡しします。殿下、戻りましょう」
ランバートはそう言われてものそのそ立ち上がって、ジミーに手を引かれないと進めない状態だった。
ランバート達が去った後、アメリア夫人がゆっくりとキアラに近寄り、座っているキアラの肩に両手を置いて言った。
「あなたの本当の気持ちに気付いてあげられなくて御免なさい。でも、あなたの事を本当に大切に思っている、それだけは覚えておいて」
キアラは立ち上がって、アメリア夫人を軽く抱いて言った。
「そのお言葉だけで充分です。お義母様」
アメリア夫人はキアラを強く抱きしめ返したが、二人の間に大きな断裂がある事だけは気付いていた。そんな言葉が欲しい訳じゃなく、お互い、本音を交わしたかったんだ。甘えるなり、泣くなりと素の気持ちを打ち明けて欲しかった。でも、この賢いからこそ孤独な少女に無理を言っても仕方が無い。
アメリア夫人がキアラから離れた後、フォーウッド子爵がキアラを抱きしめた。
「大人になれば、人間はお互い本当には理解し合えない事に気付くけれど、それでも分かって欲しい。私達は君の力になりたいし、君の考えとは独立して、君を大切に思っているんだ」
「ありがとうございます。そう言って頂けて嬉しいです」
キアラは、自分がこの夫婦が思っていた様な娘では無い事を申し訳なく思っていた。そしてそれを知ってもまだ自分を大切に思ってくれるこの二人を大切にしたいとは思った。でも、フォーウッド子爵の『私達』という言葉には、夫婦以外の人間の事も含まれている事には気づかなかった。
それはともかく、フォーウッド子爵としては、ランバート王子の状況報告をする必用があった。もちろんジミーがアルフレッド王に報告するのは確実だが、王も判断の為に複数の証言を必用とするだろう。キアラの報告とランバートの状態を箇条書きにした手紙をすぐに騎士に渡し、急ぎ王城へ運ばせた。
そして、王城に戻ったランバートは着替えもせずにベッドに倒れこみ、布団を掴んで動かなかった。仕方なくジミーは急ぎ王に取次を頼み、状況報告をした。
「ランバート殿下は自室で塞ぎこんでいる様です。キアラ嬢が持ち出したニューサム商会の帳簿と暗号表はこちらです」
アルフレッド王としては、相変わらず神の、その使徒に対する扱いの悪さを嘆いた。
(あの傷付きやすい少女にまた試練を与えるとは。神とは人使いが荒いものだ)
そして、この情報を上手に使う事を求められている事も理解した。
(情報についてはブラッドフォード叔父上にお任せするしかあるまい)
そもそも、公爵家はいくつかの特殊技能を持って王家を支える為に存在する。各々各方面の治安、諜報を担当しているのだ。マールバラにも相応の諜報能力があるが、怠惰なヴィンセントの為には働いていなかった。
(ヴィンセントが少しでも王家の為に働いていれば、マールバラの能力の片鱗でも知りえていた筈なのに)
弟は感情のまま王弟として働く事を拒否した。そこは兄である自分の行動にも問題があったのかもしれない。しかし、兄として王として、明確な過ちの無い事で頭を下げられなかった。
同様に次男のハロルドへの対応も問題があったかもしれないが、それを繰り返さない為に、今、王はランバートに会う必要があると思った。
中々思う様に書けないと、短編コントで表現力を磨くべきなかな、と思いますね。キツネと愛未の、扇動政治家を笑え!とか。敵が増えるか…明日も本編を更新します。書き足したり削ったり試行錯誤中。