6−3 帰宅
日が昇ってから蝙蝠先輩達は南へと進路を取った。ようやく王都に戻るつもりになったんだ。山の中で地面に降り立った私達は、また石を並べて簡易竈を作り、火を付けて干し肉とビスケットを炙った。食が細い女一人と蝙蝠二匹では、男の三食分程の保存食は一日では食べきれなかったんだ。しかし、一人で無いという事は良い事だ。一人と二匹で食べる食事も悪くない。食べ物はお世辞にも美味いとは言えない物だが、皆で一緒に食べるだけで少し楽しい。
こうして朝食、昼食、おやつと食べては飛び続けた結果、王都の建物が見えて来た。ここで蝙蝠先輩達は森の中に入ってしまった。勝手に帰れと言うんだろう。しかし暗くなってから帰るのは不味いな。一方明るい内に王都の上空を飛ぶのも不味かろう。薄暗いくらいになってから王都に入ろう。
王都の北側には王城や官邸街があるから上空を飛ぶと警戒の兵に見つかるかもしれない。王都の西側の山へ迂回し、低空を飛びながら南の山へ向かい、南の山の低空を東向きに飛ぶ。この間アグネスを助ける時に飛んだルートが良いかな。王都の外壁を飛び越え、人気の無さそうな通りで降り立ち、フォーウッド家に向かう。
下位貴族街を貴族の室内着を着て歩く女。ちょっと不審だな。入れてくれないかもしれない…不安になりながらフォーウッド家の正門横の通用門の騎士を見ると、横にヘイゼルが立っていた。怒ってないかな…と思いながら近づくと、ヘイゼルが声を上げる。
「お嬢様!ご無事ですか!?」
「ああ、大丈夫だから大声出さないで。入れて貰える?」
「もちろんですとも!」
通用門を通ると、詰所の騎士が一人、屋敷の中に走って行った。
「こちらにどうぞ」
ヘイゼルは応接室に私を連れて行った。その応接室に最初に飛び込んで来たのはアメリア夫人だった。
「ああ、キアラ、無事だったのね!良かった!」
夫人はキアラを抱きしめたが、すぐ声を上げた。
「あなたちょっと匂うわ。殿下をお呼びしたから、それまでに湯浴みをして頂戴」
そうしてヘイゼルに連れられ、ごしごし洗われる事になった。
「痛い痛い、ヘイゼルちょっと痛い」
「殿下がいらっしゃるのです。しっかり磨かないと」
「いや、絶対日頃の恨みを晴らしてるでしょ!?」
「滅相もありません。お嬢様の事を思えばこそです」
「いや、痛い痛い」
そうして日頃の垢も根こそぎ落とされた。皮膚が赤くなったのでこっそり聖魔法で治した。ヘイゼル怖い…
着替えて応接室に行くと、第三王子ランバートがいらいらした顔をしていた。
「お待たせして申し訳ありません」
「待たせた事はどうでも良い。まず何があったか報告しろ」
ああ、こいつ今日も不機嫌だ。
「一昨日の朝、蝙蝠が呼び出しに来たので、早朝に家を出ました。初日はプラント領まで飛んで、反乱を起こしたけれどすぐリッチモンド候周辺の軍に押し返されたプラント親子の籠る砦に侵入しました。そこで殺されそうになっていた奴隷を見つけて救助し、砦を包囲していたリッチモンド候周辺の軍に保護を申し出たところ、交換条件で砦攻めを手伝う事になりました」
「なんでお前が手伝う必要があるんだ!?」
「そりゃあ、敵か味方か判明しないから手伝わせて判断しようとしたと思うよ」
「だからってわざわ危険な事を手伝わなくても良いだろう!?」
「まあ、あれだ。奴隷達を助ける時に、空気の橋を作って渡ったんだよ。それをやって欲しがったんだよ」
「やって欲しがるって誰が!?」
「リッチモンド候が軍に派遣してたダン・サーカムって参謀だよ」
ランバートの護衛のジミーが噂を聞いていたらしく、口を挟んだ。
「臨機応変な戦術が出来る若い参謀がリッチモンド候の下にいると噂に聞く。そいつがたしかサーカム男爵家の子息だった筈」
臨機応変っていうか、見知らぬ奴も平気でこき使う常識知らずというか、恐れ知らずと言うか。
さて、もう丁寧な話し方で無くても良いかな。
「それで、砦は正門は跳ね橋を上げられて通れず、その左右に通用門はあるけれど、それ用の小橋は落とされていて通れなかったんだ。もう一方はそもそも壁が高くて突破出来そうも無かったんだ。そういう事で、通用門を開けて砦側から空気の橋を渡したんだよ」
「ちょっと待て!通用門を開けたってどうやって!?」
「当然、飛んで行って砦側に降りて、そっち側から開けたんだよ」
「危険だろう!?」
「ああ、突入作戦は夜明け間近にやったんで、向こうの多くの兵は寝てたと思う。通用門の近くには誰もいなかったよ。それでそのまま二十人くらいが渡って通用門付近に盾と弓を並べて守りながら、跳ね橋側に人を送っていったんだ。それで向こうも気づいて跳ね橋側が主戦場になったって訳」
「通用門側から兵を供給してる事が分かればそっちが主戦場になるんじゃないのか!?」
「そんなもん、通用門側を攻めてる間に跳ね橋を降ろされたら意味がないよ。だからそっちが主戦場になったって訳」
「だけど通用門側も攻めない筈ないだろ!?」
「弓を射て来たけど、風魔法で逸らしたから向こうも諦めたよ。で、突撃隊が二波来たけど、雷撃で足止めしたからそれで止まったよ。正門側はそうしている間に百人近く倒れている状況になって、砦側と跳ね橋の操作機構の間の障害物になって時間が取れて、跳ね橋を降ろして実質的に戦は決まったと言う結末だね」
ランバートとしては二日間心配していたと言うのに、何気なさげに戦を語るキアラの言葉は彼の心をささくれ立たせた。だからいらぬ言葉を吐いてしまった。
「貴族の部下が百人死んでも平気なんだな」
「あ!?」
少し親しくなると馴れ馴れしくなって不用意な発言をする男と、そんな不用意な発言にピリピリする女と、どっちが悪いと思う?明日も更新します。