6−2 新たな目的 (2)
今回の蝙蝠先輩に起こされた時間は、かなり夜が更けた頃だった。この時、都市の灯りは限られた場所しか点いていなかった。多分領主の館の門と玄関、大通りの角の常夜灯、そして厩舎と馬場と倉庫が隣接した建物の門と玄関程度だった。この都市はあくまで輸送拠点であって、商店や繁華街が多い場所では無い様だ。
蝙蝠先輩達は馬場の上空を通って倉庫に近づいた。馬場は臭かった。つまり、馬糞を垂れ流しているのだろう…キアラの家は貧農だから、牛馬を持っていなかった。だから家畜の世話をしたことが無く、その糞尿の臭いに耐性が無かった。臭いに耐えながら飛んだ先の倉庫の裏口に蝙蝠達は近づき、そこで旋回し出した。
これですか~。扉の閂には外付けの錠が付いている。やるんですね~。息を吹きかけ、内部の構造を探る。解錠の条件を確認し、空気を固定して回転させる。するとがちゃ、と錠が外れる。
はぁ~。ここから先はドロボーのお仕事が待っている。神よ、お許しください。あんたの命令だから仕方ないよね。
蝙蝠先輩が先導するが、その先は事務所では無かった。倉庫の扉だった。仕方なく、再度錠を開ける。倉庫の片隅に、囲った小部屋がある。再び錠を開ける。中々厳重だね。今回は。
そこには木箱が並んでいた。書庫か?この中から帳簿を探せと?正に無理難題。そして蝙蝠先輩は更に無慈悲な指示を出した。ここに工具箱があるよ、とぱたぱた飛んで示したんだ。つまり、木箱の釘をいちいち抜いて中を調べろと!?
私の目が死んでいる事に蝙蝠先輩は全く気付かないフリをしやがった。仕方が無く、工具箱から釘抜を取り出す。五箱縦積みしてるんですが…今の私には自分の能力が少し理解出来ている。つまり、私の体に触れている空気膜は、より強い強度があるんだ!
と言う事で、四段目と五段目の箱の間に手を当て、そこの空気を固めて、少し浮かせる。次いで浮いた空間の空気を更に固める。そうして魔法で持ち上げた五段目の箱を下に降ろす。こうすれば子供程の重さのある木箱も魔法で運べるのが確認出来た。そして釘抜で木箱の蓋を止めている釘を抜く。中には帳簿が沢山ある。ええ、私でしたらこの暗闇でも書き物が読めますとも!ぱらぱらめくるが、普通の帳簿だ。年月日、貴族名、出発地と目的地、品目。請負金額。普通に手工業で作った道具の輸送の様だ。
確認した帳簿は外に積み、次を見る。普通の帳簿だよ。少しずつチェックし、不審な点が無ければ外に積む…このままではいくら時間があっても足りない。だから手順を考える。表紙と冒頭と巻末をチェックし、問題なさそうならチェック完了で外に積む。その調子で一箱二箱と続ける。
問題ないよ!これいつまで続けるの!?天井からぶら下がっている蝙蝠先輩達は寝ている様だ。酷い。
十五箱、つまり五段三山を崩して気付いた。露わになった壁に隠し扉がある。最初に言ってよ!天井を睨むが、蝙蝠先輩達は本気で寝ていた…丸投げなのだ。しかも、扉は釘付けされていた。仕方なく釘抜で抜く。開けてみると、帳簿があった。ただし、ここにあるのは古い帳簿だ。三年前から十年前の帳簿がある。しかし、暗号で書かれているので売買先が不明だ。とは言え、人数は分かる。年々人数が増えている。
こんなに騙していたらバレるんじゃないかとも思うが…貧しい家は間引きが目的だから、行く先が何処かなどは気にしないのだろう。私の実家ももう私への興味など無いだろう…胸がチクリと痛む。いくら養家やアグネスが私を大事にしてくれても、捨てられたという記憶が癒される事は無い。思わず下を向いて、動きが止まってしまう…
ぱたぱた、と蝙蝠先輩が飛んで来る。働け!ですか。やりますよ。
しかし、下を向いたおかげで分かった。床下にも空間がある!釘抜で抜き抜き。中に暗号表があった!しかし、よく見るとまだ山になった木箱の下にも空間がある。これ、女がやる仕事じゃないよ?上司は神でなく鬼だね。悪魔か。
空気魔法を使えば木箱の移動は出来るが…よし、二段運んでみよう!二段は運べた。次に三段を運んでみた。ここまでは可能だ。速度が付いていなければ、女一人くらいは運べるのだろう。
かくして空いた床を釘抜で釘を抜いて開け、中身を見ると帳簿だった。先程の暗号と記載された名称が合致する。しかし書かれた中身が直観的に分からない。日時と費用と暗号だけなんだ。まあ、隠してあるんだから悪い事なのだろう。しかし、ここに書かれた日時がどれも三年以上昔なんだが…事務所とかも調べた方が良い?
天井の蝙蝠先輩達を見ると、欠伸をしていた。おい!ちゃんと指示しろよ!とりあえず隠してあった物は持ち出そう。釘をもとに戻すと音を立ててしまう。木箱だけ戻して、床板も嵌めるだけにしておく。
そうして冊の帳簿と暗号表を持っている袋…つまり保存食が入っている袋だ…に入れて持ち出す。蝙蝠先輩達は扉の外でぱたぱた待つ。つまり、錠は元に戻せと言うことだね。そういう訳で外した錠は元に戻した。
蝙蝠先輩達は事務所に行こうとは言い出さなかった。喋れないからね。そして事務所に行く素振りも見せなかった。つまり、三年前とは言え、人身売買の顧客一覧があれば良いと言うのが上司の指示なのだ。
暗闇の中、私達は臭い馬場の上空を抜けて飛び、近隣の林の中を暫く飛び続けた。
ルパンの時間はおしまいです。明日はクリスティンの更新です。