5−10 遠征 (3)
話が纏まった後、近くの木にぶら下がっていた蝙蝠先輩が飛び立った。荒事は一番下っ端の私が独りで担当するのが決まりだものねぇ。切ない。
さて、逃げ道だ。三方が堀に囲まれ、正門らしき門は跳ね橋になっており、跳ね上げてある。もう二方向には通用門があるのだが、普段はあったと思われる小橋は壊したらしく、土台の一部が残っているだけだ。つまり、通用門を使って出れば良い。普通なら堀に落ちるが。そして、裏の高い壁の方には人手が割けない状態だ。ここの兵力は不足している事が判る。きっと通用門には見回りが少ない筈。
ぱっと人影を空気の流れで確認すると、こちらに近い方の通用門には人がいない。蝙蝠先輩もそちらの上空に飛んで行く。通用門の上でぱたぱた羽ばたいている。敵はいないぞ、ですか。ご確認ありがとうございます。
壁沿いに通用門に近づく。木が植えてあるのは上から堀を監視する為かと思ったが、木の上にも人はいなかった。すごく不用心だよ、この砦。通用門に近づくと、扉に回転式の閂があり、錠で固定してある。錠はねぇ…手慣れてるんだ。開ける事に。息を吹きかけて内部構造を調べ、空気を固定して回転する。がちゃんと鍵が開いたので、閂から抜いて扉の横に置いておく。
扉を開けると、それなりの幅の堀にはそこそこの水が溜まっているようだし、この門から水面までの高さもそれなりにある。後ろの女性達が不安そうに見る。
「その、橋は無いんじゃない?昼間の間に壊していたから」
「無ければ作れば良いんだよ」
四人の元奴隷達は怪訝な顔をする。この暗闇でその怪訝な顔が分かるのは夜目が利く私だけだが。
私には空気を魔法で固定する能力があるが、その能力は私から離れると弱くなる。なら、能力が上手く伝わる様に、私の近くから伸ばせば良いのではないか?そう考えて私の足元から堀の向こうまでだんだんと空気を固定していく。うん、かなり固い気がする!大丈夫!
「橋を作ったよ。じゃあ、一人ずつ渡って」
「え、見えないよ!」
四人が全員不安そうな顔をする。
仕方が無いなぁ。橋の両側の空気も女性のアンダーバストくらいの高さまで固定する。見えない…見えなければ聖魔法で光らせれば良いじゃん。ケイさん曰く、私の方がアグネスより美少女だ。美少女の聖魔法は光る筈。だから、聖魔法を手すり状に流してみるが…ほんのり光る。これが私の美少女度か…ケイさんよ、あなたの嘘がここで判明したよ。
「その、光の手すりを持ちながら歩いて行けば大丈夫でしょ?」
「その、先に歩いてくれない?」
一人が言い出すが。
「私は最後に歩くから。追手が来たら、私以外は戦えないでしょ?さあ、行って」
追手と聞いて、いつまでもここに居られない事に皆気付く。仕方なしに四人がのろのろと進んで行く。遅いなぁ。とは言え、追手はまだ来ない。しかし、向こう側の兵が騒ぎ出した。槍を女性達に向けている。仕方ない。後ろから急かそう。
「早く行って!私が渡って橋を落とすよ!」
そうして五人が渡り終わった後で、通用門に人影が見えた。
「逃げたぞ!追え!」
ふ~ん、追えるんだ?通用門を出た男が声を上げる。
「うわぁ~…」
ぼちゃん、と水面から音がした。ご愁傷様。もう橋なんてないから。懲りずにもう一人も落ちた。これでようやく、連中も橋なんて無いことが分かり、通用門を閉めた。
しかし、まだ前方に問題があった。敵が出て来たと思った連中がこちらに槍やら弓やらを向けている。四人の女性達は体を寄せ合って恐怖を堪えている。と言う事で、その対処の為に前に出て、兵達に話かける。
「あんた達は国王側の兵で合ってる?」
その声に兵の一人が話かけて来る。
「お前は何者だ!?その女達は何だ?」
何者かと言われれば、謎の上司の使いっ走りの蝙蝠の仲間の蝙蝠女なのだが、もうちょっとマシな言い方がある。
「ランバート王子の使いだ。犯罪の証拠としてこの女達の保護を要請する」
「ランバート王子の使いという証拠を見せろ!」
「無いけど、プラント子爵の購入した奴隷と言えば、王家としては必用な証拠なんじゃないのかい?」
証拠がないなら信用出来るか!などと騒ぐ奴が数人いたが、前線指揮官がやって来た。
「そいつらが売られた奴隷だという証拠はあるのか?」
「何年に港湾都市の何工場に雇われたか確認すれば証拠になるだろ?」
そう言うと、女性奴隷の内、二人が口を開いた。
「私達、港湾都市で雇われてません…」
「そう、ニューサム商会に騙されて、途中で売られたんです…」
…むしろそっちの方が重要証言じゃないか!
「え~と、隊長さん、むしろ重要証拠の様な気がするんだけど」
「ちょっと待て!もっと上役を呼んでくる!」
私達はとりあえず前線の中に入れて貰って、上役が来るまで待つ事になった。
証拠が無ければ証人を連れてくればいいじゃん、というお話で。人使いが荒いよねぇ。明日も更新します。




