表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/89

5−9 遠征 (2)

 王都にあるマナーズ侯爵のタウンハウスに、ジンジャー商会のサミュエル会長がやって来た。

「王弟閣下は手詰まりの状況を打開する為に、不平貴族の地方反乱を指示しました」

「おい!大丈夫なのか!?実際に反乱を起こして失敗したら、我々にまでも処分が及ぶのではないか!?」

「その点は大丈夫です。あくまで不平貴族や王弟閣下の行う事だし、その連絡を受け持っているのもニューサム商会であり、ニューサム商会と私達の接点は商会長のゲイリーだけです。ゲイリーさえ隠れてしまえばこちらに累を及ぼそうとしても証拠がありません」

「そうか」

この場合の『隠れる』については当然『あの世に』隠れるの意味である。


 マナーズ侯爵はそれでも影響を気にしている。

「しかし、ニューサム商会が活動を停止すると、国内流通が滞りお前の処の売り上げが下がるのではないか?」

この場合、マナーズ侯爵が気にしているのは税収が下がる事である。

「別件で推進している工場計画において、河川を用いた輸送を検討しております。これを用いて沿岸の船便を利用する事で輸送関連の影響は低減されますし、逆に河川利用を促進する事にもなりましょう。後は中小商会を統合して陸上輸送ネットワークを再編すれば良いと考えます。影響は1年以内に回復するでしょう」

「そうか、なら良い」

全く、自分は無策で徴収した税で贅沢するだけの癖によくも文句が言えるものだ、とサミュエルは心の中で嘆息した。


 蝙蝠二匹は堀の無い方向、つまり攻め手がいない方向から砦に侵入して行く。こちらは一際高い壁に何か所か窓らしき穴がある。弓で射るなり石を落とすなりして攻め手を撃退する用途に使うのだろう。空を飛ぶ我々には関係ない。というか、こっち方面には攻め手がいない為か、人がいない。攻め手がいる方向に弓の射手として動員されているんだろう。そして地下の方に風の流れがある…そう、こちらには脱出用の地下通路があり、だから堀がなかったんだ。


 そんな中、木々の間に松明を持った男達がおり、その前で甲高い声がする。掘られた穴の前で、後ろ手に縛られた女が喚いているんだ。

「今までちゃんと言う事を聞いてきたじゃないか!何で殺そうとするの!?」

ランバートより年上と思われる青年が声を上げる。

「お前等奴隷は俺の持ち物なんだ。生かすも殺すも俺の自由だ」

「だから、死にたくないから何だって言う事を聞いて来たんじゃないか!酷いよ!」

二人の男に両腕を掴まれ、片手剣を持った男が後ろに立っている。こいつが奴隷の持ち主か。周囲を見ると、やはり手を縛られ、地面に横にされた三人の女が近くにいる男に足で踏まれて身動きが取れない様にされている。

「お前等も楽しんだだろう?貧乏でさっさと死ぬ筈だったお前等が楽しい時間を過ごせたんだ。感謝されこそすれ、非難される謂れはないぞ」

「楽しい訳ないだろ!好きでもない男に乱暴されて!したくもない事をやらされて!」

「お前等貧乏人には縁のない筈の、次期プラント子爵であるこの俺の高貴な体に触れられたのだ。光栄な事だろう?」


 ここで記憶がフラッシュバックする。紡績工場の受け入れ事務所に隠されていた暗号表に、プラント子爵の名前があったんだ。こいつらこそを私達の敵!頭に血が上った私は、翼を斜めにして急降下する。


 空気を切る音に気付いたプラントの坊主が上を見るが、後ろだよ。思いっきりこの馬鹿の頭を蹴っ飛ばす。そして両腕を掴まれていた女性だけ固定し、両側にいる男を次々と後ろから殴ると、穴に落ちて行った。

「ぎゃあっ」

「何だ?」

一番近くで女性を踏んづけていた男の横に回り込む。もちろん、空気を押し退けての高速移動だ。右足で踏み込んで思いっきり力を込めた右拳でそいつの左横っ腹を叩き、そのまま振りぬく。

「ぐはあっ」

何かを吐き出しながらそいつは転倒した。近くの男は松明をこちらに向けて私を確認しようとするが、遅い!斜め横に高速移動で回り込んでこいつも背中方向から殴り倒す。


 まだ二人の女性が踏みつけられている。そして四人程自由な男達がいた。奴隷が逃げた時に始末する役なのだろう。その四人は片手剣を抜いて持っていた。そいつらがこちらに向かってくる。

「何者だ!」

「構わん、殺せ!」

グラハムの突きや薙ぎならともかく、こんな雑魚のへっぴり腰の剣など何の役に立つだろう。

風魔法で検知するまでも無い。軌道が丸見えだ。振りぬいた横薙ぎの剣が通り過ぎた後にステップインし、左で顔を殴る。

「がっ」

声を上げかけた男を右拳で殴り倒す。


 次の奴は突いて来た。遅い!高速移動もいらない、ただ踏み込んでそいつの横っ面を殴る。倒れた男は痙攣して動けなくなった。


 二人が顔を殴られ倒されたのを見ていた三人目は少しは頭が回る奴だった。下から斬り上げて来たんだ。こちらの足を止めようとしたんだろう。でも右下から左上に斬り上げれば、その瞬間右ががら空きだ。左足で踏み込み、腰まで下げた左拳を斜めに振り上げる。それと同時に左足を伸ばして伸びあがり、体重をかけて殴り上げる。何かが折れる音がした。女を食い物にするゴミの体だから気にしない。


 そして四人目は一番へっぴり腰だった。剣をこちらに向けて震えるだけだった。左に軽くステップするフリをすると、右薙ぎの剣を振るった。その隙に右足で踏み込み、横っ面を殴り倒す。


 女性を踏みつけていた男が松明を女性に近づけて言った。

「動くな、動くとこの女を…」

その松明が男の左方向に吹き飛んで行った。手から抜けやすい方向に空気の固まりをぶつけてやったんだ。高速移動で男の右に移動して殴り倒す。もう一人も松明を女に近づけようとするが、遅すぎる。高速移動の後で頭を横殴りにして昏倒させる。


 地面に倒れた男十人の周囲の空気を固定する。グラハムの剣なら振り回されてしまうし、落下中のアグネスなら押し退けられてしまうが、予備動作をさせない様に固定すれば充分固定出来る。


 そして女性達を後ろ手に縛っていた縄の中に空気を送りこみ、縄を解く。

「ここで殺されるか、もうしばらく生きてみるか、決めなさい」

斬られそうだった女性が口を開く。

「あなたは誰?」

「港湾都市の工場労働の後輩だよ。助けに来たけど、無用なら帰るよ」

「でも、ここから逃げられるの!?」

「簡単だよ」

そこで他の女性が口を開く。

「でも、生き延びても行く場所が無い…」

「聖女アグネスが相談に乗ってくれるよ。大司教と直談判して修道女にならなれる様にしてくれると思う。それ以外は王家と交渉してもあまり良い話はないかもしれない」

三人までは黙りこくってしまった。だけど、一人はとりあえず生きる気になった様だ。

「それでも、こんな所で死にたくない。お願い、助けて!」

「勿論だよ。他の三人はどうする?」

下を向いていた三人も、とりあえず生き延びる気になった様だ。

「うん、逃げたい」


 そこでプラントの坊主が口を開く。

「貴様、俺にこんな事をしてどうなるか分かっているのか!」

「馬鹿にはどっちが勝ったか分かんない様だね」

「ここから逃げ切れると思っているのか!?」

「ここがマールバラの本拠地なら逃げるのも大変だろうけど、こんな田舎の砦、造作もないよ」

「ちっ、女如きが偉そうに…」

多分、他の者を呼ぶように大声を出すつもりだった様だが、こちらが何時までも自由に話させるとでも思っているのだろうか。高速移動でプラントの坊主に近づき、横から顎を蹴っ飛ばす。

「ぐぎゃっ」

もういい年のお坊ちゃまは一撃で気絶した。聖魔法で診断すると死にそうにない。まあこんなのを殺して上司に睨まれたくないからこれで良いか。


 一段落したところで両手の拳に痛みを感じた。よく見るまでもなく、皮膚が破けていた。保護膜作らずに殴ったからなぁ。片手の拳にもう片手の手のひらを当て、聖魔法を流す。これを二回続ければ乙女の白魚の指が元通り。本当は針より重い物は持ち上げられないほどか弱いんだ。女の子だもん。


「じゃあ、おいで。一緒に逃げよう」

四人は私について来た。

 実際には権力者は利害関係が雁字搦めで財政は思う様に出来ないとは思うのですが、税収に余裕のある時は無駄遣いしがちですよね(侯爵と会長の部分)。


 明日はクリスティンの更新です。まだクリスティンは出ませんが。

 5/11 ちょっと微修正しました。話は変わってません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ