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5−7 風の流れ (2)

 一方、マールバラ家にはその夜の内に拉致失敗の報が届いた。ヴィンセントは仔細を確認したがり、翌朝、ニューサム商会のゲイリー会長を呼び出した。

「この度は不首尾と終わり、誠に申し訳ありませんでした」

「どういう事か説明せよ!」

「聖女の行動とその護衛内容は把握しておりましたので、平民街での拉致自体は成功しました。ただし、南の山を西に向かっている最中に雷撃を受けて馬車は横転、崖から飛び降りた聖女は王国側に救助されました。よって実行部隊は撤退致しました」

「雷撃とはどういう事か!?」

「もちろん、逃げる馬車に追いついて雷撃を放ち、崖から飛び降りた聖女を救う、そんな事が出来る者は蝙蝠女しかおりません」

ヴィンセントとしては歯ぎしりする以外に無かった。王城襲撃の邪魔をする蝙蝠女を排除出来ないから矛先を変えれば、それも蝙蝠女に邪魔される。


「もう時間が無い。不平貴族どもの計画を進める様、ノーマンに伝えよ」

ノーマン・ハットン伯爵は臨時貴族議会で議長を排除し、ヴィンセントが議長代行になった後に元ポートランド伯の保釈を訴えた男だ。

「分かりました。その旨、伝えます」


 マールバラ邸を出る商用馬車の中で、ゲイリーは従者と話していた。

「どうやら血を見る事になりそうだ。あまり各地が壊されなければ良いが」

「それなら資材輸送で儲かるではないですか」

「大工ギルドや石工ギルドが儲けるだけだ。我々はお零れしかもらえない。やはり商品を買って貰わねば」

「その商売自体が無くならない様に不平貴族に騒いで貰うのですから、多少羽目を外すのは致し方ないのでは?」

「破壊が起きれば建設が必用になる。その労役などに費用がかかれば娯楽に使う金は減る。全く、王弟閣下がもう少し有能なら良かったのに」

「無能故に道化として使えるのでしょう?」

「それにしても予想以上の能無しだ」

ゲイリー会長の嘆きは長く続いた。


 その日の夜、平民街の安酒場に工房の作業服を着たゲイリーがやって来た。

「今、満員でね、またにしてくれないか?」

「そう言わずに、立ち飲みでもいいから入れてくれよ。二杯は飲みたい気分なんだ」

「う~ん、最後の客は倉庫の端で飲んでるんだよ。そこに相席で良ければ」

「それで良いよ」

かくして人知れず、安酒場の倉庫でジンジャー商会のサミュエル会長に、ニューサム商会のゲイリー会長が現状を報告した。

「お待たせして申し訳ありません。ネズミを巻くのに時間がかかりました」

「そろそろ老いぼれどもが聞き耳を立てている頃だ。用心深くするに越した事は無い」

「そう言って頂けると助かります。それで、ヴィンセントですが、聖女の口を封じられなかった事から、不平貴族の反乱計画を進める様に指示されました」

「まあその気にさせたのはこちらだ。より激しく踊り出しても仕方あるまい」

「本来の臨時貴族議会での現王の退位という筋書とは異なってしまいますが、如何でしょうか」

「結果が重要なのだ。どうせこちらは踊る阿呆どもの結末に便乗するだけだから、多少は物資の提供など協力もやぶさかではない」

「そう言って頂けると助かります」

「マナーズ侯爵には伝えておく。結果的に我々の収める税収が上がれば奴は文句を言わん」

「それでは、こちらも不平貴族への連絡を致します」

「頼んだぞ」


 貴族の間では大規模な夜会・茶会が制限されたままだったから、不平貴族の多数派工作は進まなかった。こういう事は多数が集まって雰囲気で押し切る事が大事だから、一対一の説得ではそれぞれが謀反の片棒を担ぐ事に躊躇していた。


 一方、各地の教会で件の扇動が行われたから、平民の噂話は大勢が決まっていた。

「聖女様が拉致されかかったって言うけど、聖女様はむしろ日頃の感謝を護衛の修道士一人一人に伝えたらしい」

「さすが聖女様だねぇ。人間が違うよ」

「それにしてもそんな聖女様に手を出そうってのはどんな不届者だい?」

「それが輸送屋のニューサム商会が誘拐もやってるらしく、これもそいつらの仕業だって噂だよ」

「俺が聞いたのは、仕事をしないで暇な王弟が、ニューサム商会の会長に愛人として聖女を連れて来いって無理難題を言ったって話だが」

「噂じゃあ、王弟は聖女をものにしたいからって悪い貴族を集めて自分が王になろうとしてるとも言うぜ」

「類は友を呼ぶんだねぇ」

「それでも神様が天使を遣わして聖女様をお助けしたんだ。悪者王などお呼びじゃないだろう」

「天使の光る羽根は王都の門番からも見えたっていうぜ。神様は凄いよな」


 とは言え、王家としては聖女拉致などという事が発生しては治安維持に力を入れざるを得なかった。近衛騎士団長が王と宰相に会議への出席を依頼したが、王と宰相が向かった会議室に待っていたのは、近衛騎士団長とオールバンズ公爵家の騎士服を来た老人だった。王も宰相もその老人を知っていた。


「久しぶりですな。アルフレッド陛下」

「ブラッドフォード叔父上…」

それは通称ブラッディ・ブラッドフォード、先王の弟にして先代レイノルズ公爵であるブラッドフォード・レイノルズだった。

「態々、陛下にお出で頂き誠に申し訳ありません。事が事だけに、余人を排してお話する事が必要と考えました」

「お気遣いは無用です。現今の情勢を考えれば、政治の先輩からお話を伺えるのは貴重な事です」

「陛下がお父上の様な私に対する不信感をお持ちでなければ、お話はいくらでもさせて頂く」

「父の晩年は眉を顰める事も多く、叔父上の方に問題があるとは考えておりません」

「それでは是非、我らが集めた情報から今後の行動に対する提案をさせて頂く」

こうして、まだレイノルズ家を実質把握しているブラッディ・ブラッドフォードから今後の予測と対策が語られた。


 その朝、キアラは普段より爽快な気分で朝早く目覚めた。窓を開けて外を見ると、白み始めた空にはまだ日が昇っていなかった。爽やかな空気を深く吸い込み、寝ぼけた意識がしゃんとした頃、遠くに黒い点が見えた。点は二つあり、羽ばたきながら近づいて来た。

(朝から仕事!?)

目の前まで飛んで来た二匹の蝙蝠は、大きく口を開けた。待っているとは良い心がけだ、さあ、行くぞ。そんな言葉を言いたげに見えた。


 仕方なく、寝巻を一人で着れる部屋着に着替え、紙に一筆残しておく。

『呼び出しがあり出かけます。多分今晩は戻れません』

蝙蝠は普通、日中は鳥を避けて表に出ない。蝙蝠先輩は特別だから鳥を恐がらないが、昼間に飛んでいると目立つだろう。だから、今回の仕事は今日の夜で、昼間はずっと移動という事なのだろう。そう考えてそういう書き置きになった。


 灰色蝙蝠が右手に溶け込むイメージを浮かべる。蝙蝠女の装束になり、窓に足をかけた。

「さあ、行こう!」

二匹の蝙蝠の先導で、まず南下して南の山に近づき、木々の間を縫って西に方向転換をした。

 明日も更新します。

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