5−2 騎士に習う (3)
ランバート王子が無表情な侍女ジェニファーを連れてフォーウッド家にやって来た。
「マークに話はした。次があるかどうかはともかく、一応次に相見える時の準備はしておくべきだろう」
「そうだね」
そうして馬車に乗り、騎士団練習場までは少し時間があった。
「昨日一日で体調は戻ったか?」
「別に一日中働いたとかじゃないから、一寝入りすれば治るよ」
「…それも随分大雑把な話だが」
「農家とは言え女だから力仕事はしないけど、割と早くから家事は手伝ってたから、それなりの長時間労働じゃなければ寝れば治るよ」
「…まあそこは本人が気にならなければ良いが」
「うん。それはそうと、昨日お義母様の親しい夫人達がやって来て情報交換をしてた様なんだけど、令嬢に話を聞いたら、あまり王弟閣下を好意的に見てなかったけど、貴族全体ではそういう印象なの?」
「積極的に王位を勧められる様な事は今まで無かったと思うぞ。父上が王位を継いだ時も騒ぎは無かった」
「そうなると、臨時貴族議会で王弟派が多数となる事はなさそう?」
「…何とも言えん。貴族議会で議長に無礼を働いた連中が未だに糾弾されないところを見ると、裏で多数派工作は進んでいると思う」
「王弟側に付く連中は何か今の王様に不満があるのかな?」
「人身売買貴族以外に不満があるとすれば、それこそ父上とヴィンセント叔父上の不仲ぐらいだろう。だからと言って、叔父上が王になって良い事があるとも思えない」
「…とすると、貴族間の噂話で、印象が良い話が流れる方が有利、という程度かな」
「噂話で王を差し替えられたら堪らないが」
私が港湾都市で教会や代官を糾弾しても、だから国が変わると言う事はなかった。それは背徳貴族を断罪すると言う事に、貴族達が利益を感じないからだろう。彼等を何とか女性労働者を救う方向に進められないだろうか…それはそれこそ、貴族に影響がある人がその気にならないと無理なのだろうか。
女性更衣室でまた騎士見習いの練習服に着替え、室内練習場に向かう。マークは暗くもない、明るくもない普通の表情だった。
「残念だが、雪辱は果せなかった様だな」
「まだ練習不足と言う事はあるけれど、やはり差は大きいと思いました」
「何が不味かったか言ってみろ」
「一つは相手が思ったより速度を上げて来た事です」
「確実に殺しに来た訳だ。速度で圧倒して防御に専念させれば、好きに攻撃を組み立てられる」
「後、途中で突きを小さくして、短い間隔で突いて来ました。逃げる方向を先回りして突いて来て、結果的に最短間隔の突きから薙ぎの変化に対処出来ずに叩かれました」
「まあ首を斬られなかっただけ良かったか」
マークはまた両手剣相当の木剣を振り回してウォーミングアップした。
「それじゃ、その短い間隔の突きを見せるか?」
「お願いします」
短い間隔で突くと言う事は、突きの伸びを抑える事になる。拳闘の左と同じで、早く戻す事が肝要な様だ。
「分かったか?」
「つまり距離を取れば短い間隔には出来ないと」
「そうだな。でも長い突きをそのまま残して足さばきで近づき、薙ぎや短い突きに変化する事も出来る」
そう言ってマークは突きの戻しを小さく前進する小さなステップで槍に近づく。そう、この短い突きと短いステップは、私が聖魔法で感知出来る程の力の変化が無い。それでタイミングが取りにくくなると言う事もあるんだ。
「どうした?落ち込む要素があったか?」
「渾身の突きでないと、タイミングを聖魔法で感知出来ないんですよ」
「それはどう言う事だか分かってるか?」
え、何を言っているか一瞬分からずきょとんとしてしまう。
その顔を見てランバートは思った。
(年齢相当の顔もこいつには出来るのに、何時も真面目腐った顔をしている。それは周りの大人が頼りないから大人のフリをしないといけないからじゃないのか)
自分を含めて…ランバートには苦い思いだった。
「おい、そんな顔してんなよ」
マークがランバートの方を向いて言った。
「何だよ!?」
「こいつはこいつなりの覚悟で最高の剣士に立ち向かっている。それを子供だとか女だとかで同情するのは、その覚悟に対して失礼だ。そんなに心配なら、もっとこいつを練習相手の前に連れて行ってやるとか、もっと筋肉が付く様に肉でも贈ってやるとかするんだな」
…マークは騎士らしく脳筋だった。途中までは良い事言いやがる、とランバートも思ったが、女性相手に『肉でも贈れ』はさすがに色気が無さ過ぎる。
マークはキアラの方に向き直って言った。
「話を戻すぞ。短い突きでは相手の動作を感知出来ない。それはどう言う事だか分かってるか?」
「…動作を読ませない様に小さくしている?」
「それもあるが、それは重要じゃない。お前の異能が通用するかしないかで言えば、小さい突きでは異能を破れないんじゃないのか?」
多分、あの突きでは防御膜は破れない。だが、その後で怪力で押し退けられてしまうが。
「思う事はある筈だ。お前の異能はお前のものだから俺には分からん。だから、自分で対処を考えるんだ。それは突破口になるかもしれないんだ」
マークはシンプルだ。教えられる事は教えるが、知らないことは知らないと言う。そりゃそうだ。私は仲間でも無ければ弟子でも無い。武器も違うしグラハムと対峙する理由もマークには関係ない。それでも彼なりにアドバイスしてくれる。この視点は心に留めておくべきだ。私の観点だけではグラハムに対抗出来ないのだから。
明日も更新します。