5−1 新たなフェーズ
再びの夜襲に失敗したグラハム・パーマーの報告を聞く必要をヴィンセント・マールバラは認めなかった。ヴィンセントの侍従がグラハムに告げた。
「閣下はお怒りだ。命令を果たすまで、お前と会う事は無い」
「…了解致しました」
(所詮は飼い犬如き、使えなければ他の犬を使うだけか)
グラハムの心が暗く沈んだが、あれが天の使いであると言うなら、再びヴィンセントの前に立ちはだかるだろう。最後の構えは拳闘の構えにしか見えなかった。左を犠牲にしてでも右で相手に止めを刺せるのか…
どの様な扱いを受けようとも、剣士として倒すべき相手を倒す事を考える、それがグラハムの生き様だった。
一方、ヴィンセントとしては飼い犬が仕事を果たせないなら別の手段を考える必要があった。マールバラ家のタウンハウスの勝手口近くの荷受け部屋で、ヴィンセントはまたニューサム商会のゲイリー会長と話をしていた。
「どうもこちらの手勢では蝙蝠女を始末出来ない様だ。別口を考える様、トマスに検討させろ」
トマス・マナーズはジンジャー商会が本拠地を構える領地を治める現侯爵である。
「分かりました。直接あの方が手を下す事にはならないと考えますが」
「勿論だ。まだ奴がこちらの陣営と明らかにする訳ににはいかない」
マールバラ邸を出る商用馬車の中で、ゲイリーは従者と話していた。
「ふう、こうも簡単に将来の部下に頼っていては、玉座に座ったところで何も出来まい。マールバラ家も味方に出来ずに僅かな手勢だけを頼りにしている器の小ささを自覚出来ないのだから、次の王の治世の未来は暗いな」
「その程度の器だから自在に利用出来るのではないですか」
「そうだがな…欲だけ大きく勤勉さは欠片も無い。ああ言う結果だけ求める怠け者が高い地位にいるのを見ていると、我々の様に勤勉で無ければ金は集められないと知る者は馬鹿らしくなってしまうのだよ」
「勤勉だけでは金は集まらないのは確かですが。汗を流すだけの考え無しの労働者どもをこき使ってこそ金は集まりますが」
「そうだな。我等の労働環境を改善する為には、考えたらずの貴族どもをこき使わねばならない。せいぜい良い夢を見せてやろう」
「その意気でございます」
一方、二度の不審者の蠢動に対策が必用な事も明らかだった。近衛騎士団長は宰相に騎士団の増員を提案する。
「王家に忠誠を誓う貴族の方々に兵を出して頂き、それをもって騎士団を増勢し、警備を強化する必要があると存じます」
「出して貰う兵に問題があったら元も子もない。依頼先はこちらで検討しよう」
「お願い致します」
これに対しアルフレッド王と宰相は相談し、王家と血の繋がりの濃い公爵家に依頼をする事にした。キャベンディッシュ公爵家とオールバンズ公爵家が協力する事になり、急ぎ兵を増強する事になった。
王都の治安維持に公爵家二家が協力する事になったが、原因がある事なので、ひとまず臨時貴族議会までは大きな夜会・茶会は自粛されていた。
そうなると夫人達は小規模の茶会で情報交換する事になる。フォーウッド家にまたデイビー男爵夫人、ウォレス男爵夫人、ヒューム子爵夫人と令嬢達が茶会にやって来た。挨拶をすると夫人達は大人だけでテーブルを囲み、ひそひそ話を始めた。だから令嬢達は令嬢達だけでテーブルを囲む事になった。
花見の茶会でプリシラ・デイビーもロレッタ・ウォレスも、そしてエレナ・ヒュームも警備隊長がやって来た辺りから見ていたので、本当はキアラに異能の話を聞きたかったのだが、箝口令が出ていたので出来なかった。
そうなると、ランバート王子と直に話をしていたキアラを揶揄いたい気持ちになったプリシラとデイビーは、ランバートの婚約者に関する話を聞こえる程度の小声で話し出した。
「ねぇねぇ、やっぱりランバート殿下の婚約者候補筆頭は、聖女様なのかな?」
「そりゃ、そうでしょ。聖女様を国に引き留めたいなら王子と結婚させたいし、平民出らしからぬ美貌を持つと言う聖女様とお似合いなのはランバート殿下でしょうし」
エレナには彼女達がキアラを揶揄おうとしてこんな話をしているのがすぐ分かった。だからキアラに軽く頭を下げて詫びた。キアラは目礼だけ返した。
とは言え、王家に何らかの繋がりが出来たと思われるキアラを揶揄うのは好ましくないと感じたエレナは、キアラを散歩に誘う事にした。
「ねぇ、キアラ。今、お庭で何か咲いているかしら?」
「ラッパスイセンが咲いていますよ」
「じゃ、案内してくれる?」
「ええ」
「あの娘達がまたよろしくない発言をして、ごめんなさいね」
キアラからしたら聖女を国に引き留めたかったら王子ぐらいをあてがわないといけないだろう、くらいには思うので、別に問題視していなかった。
「気にしませんから。でも、ありがとう」
「…気にしてないなら良いけど、ああいう人達に悩まされたら言ってね。解決は難しいかもしれないけど、相談には乗るから」
「ありがとう。少なくとも今回は気にしてないから」
聖女アグネスに対してあの不機嫌王子ではちょっとアグネスが可哀相だと思うが、まあ顔だけなら釣り合うかもしれない。二人の子供が生まれたら是非仲良くさせて欲しい。どう考えても美少年か美少女になる筈だ。不機嫌魔王に育たない様にアグネスには頑張って貰いたい。
それはともかく、情報収集に来たと思われる三家の夫人、何を話しに来たのかは確認しておきたい。
「ところで、王都の治安が不安な時に、皆さんのお母様方は何を話しに来たんですか?」
「前回の貴族議会が紛糾したので、間もなく続きをする様なんだけど、一部貴族が不穏らしいのね。だから、知り合いの中でそっちの人がいるかの噂話みたい」
ふむ、令嬢でもそこまで聞いているなら、もう少し話が聞けるかな?
「その不穏な方々って言うのは、例えば北部とか地方に依るんですか?」
「余り大きな声で話さないでね。どうも王家と不仲な貴族が、冤罪で処罰されると文句を言ってるらしいの」
「その話は、本当に冤罪か、それとも本当は罪を犯したのかで話が変わりますけど?」
「そこは平行線みたい。だから不平貴族側は王弟閣下を担ぎあげて王家と交渉しようとしているみたい」
…令嬢には話難い事は親が言わないのか、本当に人身売買は伏せられているのか、そこが気になるところだけど、人身売買の話が出ないと言う事は、背徳貴族側が盛んに噂を流しているんじゃないかな。
「王弟閣下は普通は王の味方じゃないんですか?」
「…そこは本当に大声で言えない話なんだけど、王弟閣下は未だに王位に未練があるみたいで、ずっと王とは非協力らしいの」
この噂は王弟を貶す噂だから、背徳貴族の流す噂じゃないんだろう。
冤罪だ!と騒ぐ輩が王と不仲の王弟を担ぐ。そんな彼等は正義同盟というより悪者の集まりという印象が強い。そうなると、次の貴族議会で王を降ろす多数派工作は難しいのではないか、と思ってしまう。
こちらは少し書き進めました。クリスティンが進んでませんが明日はちゃんと更新する予定です。




