4−13 お城の夜再び
「大声で天使とか言わないでよ!恥ずかしい!!」
「こんなところで名前を呼べないだろ!」
そういってランバートがキアラの手首を掴んで引き上げる。足に力が入らず上がらないから無理やりお尻の下の空気を持ち上げてなんとか馬車に乗る。
「おい!しっかりしろ!」
ランバートが両手で私の両腕を掴んで中に引き入れ、扉を閉める。
「怪我をしたのか!?」
「してないよ…頭を叩かれて腰が抜けただけ」
「頭って!どこだ!?」
「いや、だから防御膜をそのまま振りぬかれて叩かれただけだから、切れてもいないよ」
「だから何処だ!?」
五月蠅いなこの男は。右手で右側頭部を撫でてみる。あ、ちょっと痛い。
「瘤にはなってないから、大丈夫そうだよ」
「お前の頭だろう!ちゃんと聖魔法で確認しろよ!」
本当に五月蠅いな。あんたは私の母さんか。仕方が無いので聖魔法を少し流してみる。別に内出血とかしてなさそうだ。
「大丈夫そうだよ」
そこで記憶が無くなった。
「おい!しっかりしろ!」
ランバートが声をかけてもキアラは力なく床に蹲るだけだった。
ランバートはキアラの両腕の脇の下に腕を入れて持ち上げ、馬車の椅子に座らせる。力なく座っていられないキアラの肩を抱いて、御者に命令する。
「おい!早く出してくれ!」
実は車内には女騎士が乗っていて、キアラの介抱をするのはその女騎士の仕事だった。良いのか?という思いを込めて女騎士は同乗している王子の護衛のジミーを横目で見た。ジミーから見て、この王子の目先の事に囚われ過ぎる視野の狭さは欠点だが、親しい人物を大事にするのは美点だと思っていたので、小さく首を振った。そうして馬車は王城に入って行った。
キアラを抱えていくのは本来は女騎士の仕事だったが、何も言わずにランバートがキアラを抱えて馬車を降りた。短いスカートから覗く太腿の細さを見て、ランバートも改めて心配になった。
(この軽く細い体で至高の剣士に挑むのは無理だ。神が生贄を欲しているとしても、この娘をそうさせる訳にはいかない)
この様にランバートは真面目に考えていたのだが、傍目に見ればそうは見えなかった。だからジミーが忠告した。
「殿下、意識の無い女性の素肌を見つめるのはマナー違反だと考える」
はっとなったランバートは言った。
「違う!そんな意味で見てた訳じゃない!!」
そうは言っても、女騎士も、馬車の室外に乗っていた槍使いのダリルもランバートの事を冷たい目で見ていた。
薄暗い室内をロウソクの灯りがほんのり照らしているのに気付く。あれ、どこだ此処?首を左右に振ると度々見る無表情な侍女がベッドの隣に座っている。
「お気付きですか。お加減は如何ですか?」
お加減は何かあったっけ?とりあえず寝ぼけているだけで気分は悪くない。
「特に問題ありません」
「では、殿下をお呼びしますね。少々お待ちください」
殿下…ベッドに寝ている私を尋ねて来る様な暇な殿下は一人しかいないが、ここは王城内なのか?何してたっけ?
思い出せないというかまだ頭がぼうっとしている。寝ぼけているんだろう。そうしている内に五月蠅いのが走りこんで来た。
「おい!大丈夫なのか!?」
相変わらず五月蠅いな…あ、そうか、さっき貴族街と商店街の間でこいつに拾ってもらったんだ。
「ああ、ごめん、私また倒れたみたいだね」
「女騎士に確認させたが、特に傷は無い様だった。念の為自分で診断してみろ」
う~ん、体内をぼうっと見てみるが、少し寝たせいか体調は問題無い。
「大丈夫そうだよ」
「そうか、なら良い。今日・明日は休め。明後日にマークに再度相談しよう」
「そうだね…後、あいつらは貴族街側じゃなく平民街なのかな?あちらから出てきて、やはり平民街側に走って行ったから、そちらに拠点があると思うよ」
「ああ。只の不審者なので強制捜査は出来ないが、商店街とその使用人の住宅街だから、倉庫などが監視の対象になっている。そちらは手を回したから安心しろ」
「そっか…」
「今更だが、今度の事でグラハムには敵わない事は分かっただろう?奴に挑むのは止めたらどうだ?」
そう言われればその通りなのだが、上司が私に何をさせたいのか。そこが分からない。
「それでも足止めだけでもする事が必要なんだと思うんだ…」
問題は『足止め』すらそろそろ怪しくなってきている事だ。
「そうか。お前の意思を尊重するし、それが神意なら致し方ないが、お前が命をかける事はない。だから無理はするな」
思うところはある。あの程度の集団で王城に何をするつもりか。だから足止めで済まされるのだろうが…私では力不足に見えるんだが。
「うん、ともかく、死なない様にはするよ」
「そうしろ」
「ところでお前、明日朝までここから出せないが、服はどうする?」
服?あれ?顔に手を当てて分かる。まだ蝙蝠女装束だよ!
「あ~、え~と…」
部屋には例の無表情な侍女が同席しているんだ。彼女の前でこの姿から素の顔に戻れない。しかしランバートはその懸念に気付いて言った。
「ジェニファーは俺の侍女でもあるが王城にお前がいる時はお前付きと決まっている。だから守秘義務があるから心配するな」
「ああ、そう。じゃ、ちょっと待って」
ごそごそと布団に潜り、右手から灰色蝙蝠が出ていくイメージを浮かべる。
「こういう訳だけど」
寝間着姿で上半身を起こす。
「体を拭いてもらって着替えて寝ろ。フォーウッド家にはもう連絡してあるが、明日朝に送ってやるから、それまで絶対に城から出るなよ。じゃあ、おやすみ」
そうして私は隣の部屋に連れていかれ、メイド二人に体を拭かれた。着替えた寝間着がとてつもなく高そうな布地だった。布の端に小花の刺繍が施してある。こんな高そうな布地に刺繍とか気を使って指がつりそうだね。
そんな高い布の寝間着でも、ベッドに入ってしまえば気にならずに、すぐに寝入ってしまった。
明日から5章になります。激闘編…と言える程賑やかになると良いんだけれど。