4−12 再戦
大聖堂の周囲の商店街とその従業員達の住宅街の集合体の中、脇道から集団が現れた。彼等は住宅の屋根の上に座ったキアラには気付いていない。先頭を小走りで進むグラハム・パーマーは流石に足運びに無駄が無かった。足を上げ過ぎずに、音を最小限にして進んで行く。それに対して一団の者達は付いて行くのが精一杯で、若干音を立てて進んでいた。
グラハムが1ブロックを進んだころ、ようやく一団の全員が通りに出て来た。キアラはそっと屋根の端から身を投げ出し、翼を広げて滑空だけで一団の後方に迫った。防御膜を付けた膝で後続の二人を蹴り倒し、横に着地した。
「止まれ!」
この間聞いた声が一団を制止した。またも一団の横を男が駆けて来た。そして一団もまたキアラを半包囲する形に移動した。
「お前に恨みは無いのだがな、邪魔する以上は殺すしかない。早々に天に昇るが良い」
どうやら私に関する情報は得た様だ。剣を抜き頭の横に構え、腰を落としたグラハムは切っ先を私に向ける。こちらはまず避けないといけない。回避したらすぐに構えて殴る、そういう予定だけ頭に入れておく。
グラハムの体に力が漲る。回避のタイミングを測るが、一瞬、グラハムの後ろ足の裏とふくらはぎに爆発的な力が起きる。前回は無かったその部位への力の発現が私に回避を始めるタイミングを狂わせた。そして、夜間と言えど空気の流れで分かる。今まで見た中で一番の速度で突きが来る!
もう反射的に右に避ける。動く方に体を動かすしかなかった。グラハムは頭の右に剣を構えていた。右利きだから最速の突きはそちらに構える事になる。剣を滑らせる為に一瞬で斜めの防御膜を作るが、また一枚が切り裂かれて二枚目を歪ませる。ここで攻撃に一瞬の間がある筈で、確かに左、つまり私が今いる方向に薙ぐ為には握りを変える必要があった。その隙に近づこうとするが、口元を歪ませたグラハムは握りを一瞬で変えて左に薙いで来た。突きの速度、握り変える速度、そして薙ぐ速度。全てが想定した速度より速かった。
ごめんよマーク。私の回避が遅れるという事は、グラハムよりマークの方が遅い事を意味する。せっかく練習を付けてくれたのに、私の無様な回避が、彼がグラハムより格下である事を明らかにした。
グラハムは左薙ぎをぐるりと回して斜め上段から右下段に斬り下ろして来る。先日より一段速く動く彼に、私は踏み込んで攻撃をする事が出来ずにいた。風の流れから剣が到達する距離を予測し、その圏外へ逃げる。グラハムも剣を振り続ける事は出来ず、一歩戻して息を整える。
ここでマークの言葉を思い出す。
『街中ならステップで上手く壁際に追い込む方法もある』
空気の流れで壁とグラハムの部下達の位置を確認する。今のところこちらの動きを狭める事より、自身が自在に動ける空間の確保を優先している様だ。こちらは何とかタイミングを掴んで逆襲しないと、いずれ気付かぬ内に壁際に追い詰められている恐れがある。
暗闇の中、グラハムは自嘲した。
「こうも読まれるとはな…まだまだ未熟と言う事か」
聖魔法と風魔法の裏技ですすみません!
グラハムが再び頭の横に剣を構え、再度の突きを放つ準備をする。先に動く事は出来ない。動いた後に予測されて突く先を変えられたらもう回避の余裕は無い。この構えだけで私は行動を制限されているんだ。
グラハムの体に力が漲る。そして前回同様、二度目は少しタイミングをずらしてふくらはぎに力が発生する。こちらが待って躱すのを利用して、一瞬焦らす事で回避を遅らせるのだ。それでもこちらは前回のこれを覚えているから、タイミングは合わせられた。あくまで逃げるタイミングだが。だがグラハムは滑らかにステップし、続いて突きを放って来た。渾身の突きではなく、薙ぎへ移行しやすい様に少し小さい突きだ。戸惑いながらの回避はどうしても自分の得意な方向に逃げてしまう。つまり、また右に逃げてしまったんだ。
ここで薙いで来る、のではなく、私の回避方向、つまり右に続けて突いて来た。だから私は左に逃げるしかなく、そしてグラハムの突きはその後に右に薙ぐ為の握りなんだ。今までと違いノータイムで薙いで来る!前進や左右に逃げるのは素早く動けるが、人間は後ろに最速で避けると言う事は出来ない。人は後ろに逃げる習慣が無いんだ。
それでも後ろに避けるしかない。つまり間に合わない。だから私は防御膜を斜め上に逸らす方向に作るしかない。それでも、利き腕側の薙ぎは流石に速度と力を兼ね備えていた。防御膜ごと、私も巻き込んでグラハムの右薙ぎは振りぬかれた。
何とか後方に跳ね飛ばされて致命傷を避ける事は出来たが、頭部に打撃を受けた私はすっかり怯えてしまった。立ち上がろうとする足も、体を支えて立ち上がる補助をする手もがたがた震えてしまっている。力の入らない足は、内股になって何とか体を支える有様だった。回避速度が唯一この男に対抗し得る武器だったのに、一撃でそれを失ってしまった。
もう、駄目で元々だった。手ほどきを受けて何とか形になっている程度の攻撃の構えを取る。半歩前に出す筈の左足が前に出ない。半フィートしか前に出ない。それでも、一撃目に繰り出す筈の左手を握り、防御膜を貼り付ける。そして二撃目に繰り出す筈の右手にも防御膜を貼り付ける。この足の状態では回避が出来ない。もう殴って剣を逸らせなければ死ぬしかない。
グラハムも、もう私は突かれて死ぬだけの運命と確信している筈だ。それでもこれまでと同じ様に頭の横に剣を構え、三度最速の突きを放つ準備をする。対する私は、内股になって膝の内側ががたがた震えぶつかりながら、何とか左拳を突き出す準備をする。
『肩に力を入れるな』
マークの言葉が浮かぶ。でも、両腕もがたがた震えて力なんか全然入らないんだよ…
グラハムの突きで、私にとっては全てが終わる筈だった。だが、その時に官庁街の方から騎士達が押し寄せて来た。
「いたぞ!不審者だ!」
「退くぞ!」
グラハムの言葉に一団は先程来た裏道とは別の道に消えて行く。私も逃げないと…でも足が動かない。
常人には見えない空気の翼を作り羽ばたこうとするが、質素な馬車がこちらに向かって来ており、その扉を開けてどこぞの御曹司が叫んでいる。
「おい、天使!こっちだ!」
誰が天使だよ不機嫌王子!!
まあ、一般人は頭だろうが腹だろうが、一発殴られたら怖くて動けなくなりますが。まもなく5章、あらすじを練っていますが、ランバートの出番が思ったより無いです。どこかに水増ししよう。
土曜はお休み、日曜はクリスティン、月曜に本作を更新します。