4−10 騎士に習う (2)
「で、だ。とりあえずお眼鏡には適った様だが、どうすればお前の練習になるか。速度を上げるか、力をもっと込めるか。言ってみろ」
キアラは少し考えた。
「多分、前回一応逃げられた事を考えると、如何に斬るか、を考えると思うんです。その場合、速度を上げて来るんじゃないかと思うんです」
「まあ、剣士としては街中ならステップで上手く壁際に追い込む方法もあるが、とりあえず速度に対応しておけば逃げる事も出来るだろう。じゃあ、速度を上げてやる」
キアラは今度は突きの先に立った。勿論、マークが足も腕も伸び切っても届かない距離にだが。
「はっ!」
裂帛の気合と共に繰り出される最速の突きは流石に迫力があった。そのプレッシャーの中、右に左にステップの為の体重移動のみ練習を続けた。
「そろそろ体に悪いのでは?」
キアラから見てマークの筋肉が随分熱を持ってきた。
「ああ、今日は夕方の特訓を減らすから安心しろ」
…毎夕特訓してるんだ。凄いぞ脳筋。キアラは流石に騎士は特訓ばかりしてるんだ、と感心した。しかしランバートにはキアラの思っている事が読めた様だ。
「そいつとか一部の馬鹿だけだからな。全員そんなだと思うなよ」
しかしマークの見解は違った。
「そんなだから何時までも王子様扱いなんだぞ。男らしくもっと筋肉を鍛えろ」
「少しは訓練を増やしている。いつまでも劣っていると思うなよ」
「少しとか言ってる内はまだまだだな。大口を叩くのは百年早い」
「百年経ったら全員死んでるぞ」
「つまり死ぬまで差が縮まらないという意味だ」
「言ってろ」
一休みをしてからは連続技を見せて貰った。振り下ろして斬り上げる、斜めに斬り下ろした剣をぐるりと回して逆から斬り下ろす。そして、突いてから薙ぐ。
「うん、やはり最初の攻撃から次の攻撃の間に時間がありますね」
「両手剣で細かい連続攻撃というのは無いからな。初撃で相手を防御に回らせるのが基本だ」
やはり避けて潜り込むのが基本か。
「ところでお前の獲物は何なんだ?」
「速度が武器です。重い武器を持ったら相手になりません」
「つまり、拳闘か。良いな。男らしい」
ランバートから見ると、マークが完全にキアラを男扱いしているのも少しおかしい。
「あのな、女性に『男らしい』は誉め言葉じゃないぞ」
「人間としての姿勢を言っているんだ。凛々しく人生に立ち向かう。それでこそ男らしい人間だと言うんだ」
そこまで言われるとキアラも気恥ずかしい。追い込まれて立ち向かっているだけだ。最底辺の女性労働者なんて、誰も助けてくれないのだから。
「それで、拳闘は習ったのか?」
「いえ、自己流です」
「じゃあ、少しだけ教えてやる。まず左足を出し、左腕を突き出し、狭目に肘を畳め」
つまり、左足を前に出し、右足は残す。左腕をそのまま前に出すと、相手に対して斜めに構える事になる。
「そう、そうして半身になって相手から見た的を小さくする。そこから左足に体重を移動しながら肘を前に出し、すぐ戻すつもりで拳を振れ。手首に力を入れるな」
そうして左拳を振ってみる。戻す時の反動で手首が回り、戻って来る。
「そう、そうして手首を振って相手に拳を当てるだけで良い。そいつを鼻先や眉間、頬にぶつけてやるんだ」
「力が入らないから打撃にならないと思うんですが…」
「左は牽制だ。相手の場所を確かめるだけで良い。人間、腕や足を多少斬られても動けるが、顔に刺激を食らうとどうしても怯む。その間に力を込めた右拳を叩き込んで殴り倒すんだ」
そうして左、右と続けて拳を振る練習をする。
「おい、マーク。腹の叩き方は教えないのか?」
「相手が長剣だから、速度の遅い攻撃は使えない。そんな事をしている間に薙ぎ払われてしまう」
「それでも全く使えないより教えておくべきだろう?」
「それもそうか」
マークは性格的にさっぱりしていた。自分の事ならともかく、他人に教えるなら、手札が多い方が良かろうと考え直した。
「じゃあ、右拳を腹の横に置け。そこから右足を踏み込んで、そのまま体を回して相手の左腹を殴るんだ」
今までは左拳で触れる距離を殴っていたが、今度はステップしてそこから回転動作をする。なるほどこの攻撃は速度が遅い。
「速度が遅い事は気にするな。何ならそのまま横ステップをして距離を開ける事も出来る」
気にするなって言っても気にはなる。夜の闇を切り裂くあの相手の剣速に比べてこの速度が通用するとは思えない。だが、今は教わる立場だ。
「思いっきり前に出した右足に体重を載せろ。そこで回転して殴り倒す、その気迫が大事なんだ」
なるほど、あの相手の突きには必殺の気迫があった。キアラも汗だくになって右腕を回し続けた。
「キアラ、そろそろ止めておけ。いきなりやり過ぎて体を壊したら無意味だ」
ランバートにそう言われても時間が無いと思うが、こういう事は客観的に見ている人の意見を聞くべきだ。マークも同じ意見の様だ。
「まあ、朝晩少しづつ練習する事だ。こういう事は積み重ねが大切だからな」
そりゃあそうだ。日頃適当に針を動かしている人間に技術が宿る訳が無い。
「ありがとうございました。少しづつ身に付けていきます」
「そうしろ」
更衣室で例の無表情な侍女に汗を拭いてもらい、元の服に着替えて帰りの馬車に乗った。
「上位貴族と王城の間と、官庁街と大聖堂の周囲の商店街の間には監視を置いてある。無理にお前が動く必要は無いからな」
「分かっているけど、それだと犠牲者が出ると思うよ」
「だからと言ってお前が犠牲になる必用は無い」
それを上司がどう思うかの問題なんだけどな、とキアラは心の中で思った。
4章はもう少し続きます。明日はクリスティンの更新、こちらの更新は木曜になります。




