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4−8 マールバラのタウンハウス

「官庁街の端の監視兵は黙らせましたが、官庁街を進んでいる最中に部隊の後ろから乱入者があり、小娘と見え対峙しましたが異能に邪魔され斬れませんでした。そこで警備兵が集まって来た為に撤退しました。ご下命果たす事が出来ず、申し訳ありませんでした」

夜襲部隊のリーダーであるグラハム・パーマーからの失敗報告を聞いて、王弟ヴィンセント・マールバラ公爵は顎に指をあてた。

「ふむ、お前が斬れぬ程の異能となると、噂の女かもしれんな。丁度良い。口を封じたいところだったのだ。次は斬れ」

失敗の叱責ではなく、却って好都合とばかりに斬り捨てよと言う公爵にグラハムは違和感を覚えたが、命令は命令である。

「分かりました。次の機会には必ず。次回の突入は何時に致しましょうか」

「昨日同様、商会のゲイリーに隠れ場所を用意させる。二・三日以内と心得よ」

「分かりました。次こそ怨敵討ち果たしてご覧にいれます」

「頼むぞ」


 グラハムは外様である。マールバラ公爵家に婿入りしたヴィンセントも外様なのだが、それ故に直臣を欲しがり、集められた人間の一人だった。とは言え、集められた人間は武に偏り、むしろ王国内の情報収集に優れるマールバラの人間達からは浮いていた。


 そう言う訳で、グラハムは同じ外様の人間に話を聞く事にした。

「なあ、レジー、我々が聞いているのは王が不平貴族を処断しようとするから閣下が貴族を糾合して国を纏めるとの事だが、口封じが必用だと言われた。裏はどうなっているのか?」

「いや、大きな声で言うなよ?どうも王が人身売買貴族の処分を強行しようとするから、それを阻止する為に前回の貴族議会を潰した訳だが、証拠は薄いが実際にはあの場で騒いだ貴族は皆、売り買いをやっていた奴ららしいんだ」

「…まあ、その程度は貴族ならやるだろうが、そうなると証拠を採用するかそれを嘘と言い張るかの争いと言う訳か」

「そうなるな。但し、港湾都市には売られていた女達の名簿があり、その出所の工場の労働者名簿もある。だから、ちゃんと調べればポートランド伯は有罪になるんだ」

「名簿があるならそうだろうな」

「それ絡みで港湾都市では聖女殺害が行われそうになった、その場で異能者が教会を雷撃で破壊する騒ぎをおこして阻止したと言う話なんだ」

「そんな噂があるな」

「噂じゃなくて本当らしい。だから、聖女かその異能者が証言をすると、売買に係わらない貴族が王に付く可能性がある訳だ」

「そこは利害関係次第だろうがな」

「とは言え、そんな先の分からない勝負はしたくない訳だ」

「だから俺が王を暗殺する訳だな」

「まあそうだ。王さえ潰してしまえば王子達はいずれも小者だ。ヴィンセント閣下が王となるべきという流れになるだろう」

グラハムは溜息を吐いた。

「分かった。今の話は聞かなかった事にする」

「そうしてくれ」


 グラハムは下位貴族の三男だったから、家を出て平民になるしかなかった。婿入り先がある程名家でも無いし、容貌なり頭脳なりが買い手が付くほど良い訳でも無かった。近隣の上位貴族の騎士団に見習いとして入り込み、指南役の剣技を身に付け評判となり、少しずつ上位の貴族に雇われ、ここに至っている。とは言え、名家の出で無い以上、実働部隊に入れられる以外に無く、平和な世であるから汚れ仕事をこなして来た。そんな仕事も慣れてはいたが、流石に嘘で王位を狙う男に王を斬れと言われるのに思うところが無いではなかった。


 一方、小娘と思われる異能者に何時までも翻弄されるつもりも無く、マールバラのタウンハウスの中の林の合間で素振りを続けた。記憶に残る異能者の身のこなしのイメージを追い、切り裂くまで切っ先の速度を上げた。


 グラハムが素振りを終えて別館の裏に水浴びに向かおうとする途中、マールバラに仕えるジャージー家の人間が立ち止まっていた。ジャージー家はマールバラ家の情報収集を担う家だから、グラハムなどより余程由緒正しいマールバラの家来である。縁は殆ど無いから会釈して通り過ぎようとしたが、相手から声をかけて来た。

「精が出るな。相手は斬れそうかね?」

「相手のある事ですから。最善を尽くすだけです」

「そうか?異能に対し最善だけで通じるかな?」

立ち合いでは感情を出さないのは剣士の常識だから、グラハムもこの場で驚く顔は見せなかったが、ジャージー家には見せない裏工作の内容を知られているのにはぎょっとした。


 この男、確かジャージー家の次男、デービスだった筈。ジャージー家当主は前マールバラ公の長男が婿に入って、マールバラの伝統を残す事になっている。一方、ジャージー家の仕事のやり方はこのデービスやその他ジャージー家の家臣達が残していく。公爵家は時々家業と無縁の王子が婿入りするが、こうして家臣達が公爵家の伝統と技を伝えていくのだ。そして今、マールバラの旧臣達がヴィンセントを冷ややかな目で見ている。

「嘘で塗り固めた玉座を欲している方がいるが、そもそも口封じ自体が出来まい?」

「私にはよく分からない事ですな」

「覚えておくが良い。情報は剣より強い事を」

「そうかも知れませんな。だが、剣は剣の仕事をするのみです」

「それにしても相手の情報が無くては勤めも果たせまい?」

「情報が無いでは無いので。励むのみです」

「だから、情報をあげようと言うのだよ。同じ主に仕える仲だ。聞いておき給え」

聞いて気持ちの良い話でもあるまいが、グラハムとしても情報は欲しかった。

「お聞かせ頂けるならお聞きしますが」

「港湾都市に現れた異能者は、天の使いを名乗ってね。空から聖堂に舞い降りて、教会がポートランド伯の悪行を知りつつ見逃していると断罪した上で、雷撃で聖堂を撃ち、これを砕いたと言うのだよ。今も聖堂の尖塔は崩れたままだと言う」

「人が空を舞うと?」

「だから、人では無いのだよ。天の使いだ」

「異能だからと言って天の使いとは限りますまい?」

「だから、相手が空を舞い、雷撃で背徳を撃つ。それは天が遣わした正義の剣の証だよ。これに敵対するのは当然、悪と言う事になる」

「お戯れを」

「いやいや、戯れと言い切れないものがある。だから、マールバラとこの国を悪の走狗とさせる者達は、天の罰を覚悟する必用がある」

「我が捧げる物は忠誠のみです」

「犬の忠誠ならそうだろう。だが、忠を思うなら成すべき事があるだろう?」

「私には分かり兼ねますな」

「まあ、考えておき給え」

 明日はお休み、日曜はクリスティン、本作の更新は月曜になります。

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