4−7 立ち合いの後 (2)
「集団は声も上げずに小走りで進んでいたんだけど、後方で二人に対する打撃音と倒れる音で先頭の男が気付いて、制止したんだよ。その先頭の男が突いて来た。突きは今まで見た中で一番鋭かった。次も突いて来て、三度目は突いた後に薙いで来た。空気の防護膜は二層中一層は毎回突き破られた。でも、二層共突き破る事は出来ない様だった」
「待て、空気の防護膜と言うのは王城の暗殺犯を捕らえたものと同じものか?」
「そうだよ、今回の相手には通用しなかった」
「では、相手も異能持ちと言う事か?」
「多分違う。突きが鋭くて空気を切り裂いているんだと思う」
「必ず切り裂かれるのか?」
「三度突かれて三度破られた…うん?そう言えば薙いできた時は破られずに、周辺の空気毎押し退けて来たね…」
「何が違うんだ?」
「突きの場合は一層完全に貫通してたんだよ。薙いできた場合は防護膜は残っていたんだ。だから薙ぎ倒されはしたけれど、斬られなかったんだよ」
「だから何でそんな危険な相手に立ち向かうんだよ!?」
またランバートが興奮し出したので、ジミーとコーデリアが制止した。
「殿下」「殿下、それは後で」
ランバートがこめかみに指を押し当てて、顎を出した。続けろというジェスチャーだろう。
「つまり、相手は突きの名手と言う事だね。それに瞬発力は常人では無い。それで誰の家臣か分からないかな?」
ジミーが口を開いた。
「剣士としての評価では、一に突きのグラハム、二に力のダリウスと言われている…」
ランバートが続けた。
「グラハム・パーマーは王弟ヴィンセント・マールバラ公の部下だ」
「今晩はもう知られてしまったから王城への突入は無いと思われるが、まだ次の可能性がある。父上には今晩の内に申し上げておく」
「次の貴族議会までまだ2週間ある筈なのに、ここで力づくで来る理由は何だろう?」
キアラとしては議会で王を退位に追い込もうとするのではないのか、作戦変更したとしたらその理由は?と気にかかった。ジミーが思わず口を開いた。
「騎士団のみならず科学アカデミーでも工作員が減っているから、陛下に手を出そうとしたのか?」
多分、ジミーより地位が低い、槍使いのダリルが口を開いた。
「議会工作と直接手を出すのとはやり方が違う様な…」
コーデリアも口を開いた。
「つまり、人身売買に関わった貴族と王弟では考えが違うと言う事?」
ランバートにも意見があった。
「ヴィンセント叔父上はプライドが高いから、下々の言う事は聞かないと思う。だから、前回の貴族議会で騒いでいた人身売買に関わったプライドの低い連中は見下している筈だ。連中の考えと違って、自分で何とかしてしまいたいと言う思いはあるかもしれない」
キアラにも気になる事があった。
「王弟閣下は今まで王様を退ける様な動きはした事はあったの?」
ランバートもそう言われると気になった。
「いや、貴族議会では王の肩を持たない、サボタージュ状態だったと聞く」
ジミーも噂でしか王弟ヴィンセントの事は知らないが、思う事はあった。
「王弟閣下は確かに勤勉な方とは言われていない」
何となく全員が第二王子ハロルドを思い出した。
キアラが思わず呟いてしまった。
「第二王子ってのは消極的になり易いのかね…」
ジミーが一般論を口にした。
「長男が優秀で跡継ぎになりそうなら、次男は下手に勤勉だと排斥されるだろうな…」
では、王子としてのプライドはあるが、幼少期から爪を隠す事を強いられる。隠していても研いでいれば良いが、爪を研ぐことすら怠っている可能性がある。兄と兄を支える連中のせいで、身動きが取れないと不平不満を持って育った男。それはむしろ、謀反の神輿に丁度いい馬鹿ではないか、と皆は想像してしまった。
ここでコーデリアが話を変えた。
「ところでキアラ、相手に顔は見られたの?」
王弟の手の者に顔を見られたなら、今後は暗殺の標的になる可能性がある。
「あ~、謎の女には秘密の能力があるから、見られてない」
「何よ、それ」
「え~と、あの~」
ランバートがキアラの言いたい事を斟酌し、口を開いた。
「キアラ、ここにいる者は守秘義務があるから、お前の正体を口にする事は無い」
何だ、知らされているのか、とキアラは拍子抜けした。
「…蝙蝠女変身能力があるんだ」
全員が興味を持った様だ。こちらを興味深げに見つめてくる。女の子の秘密を知りたがるなんて、デリカシーに欠けてるよ。
「…見たいの?」
全員が頷いた。好奇心は猫を殺すんだぞ…
仕方が無く、ベッドから立ち上がって衝立の向こうで灰色蝙蝠を右手の中に溶け込ませた(というイメージを抱いた)。
「こういう訳だよ」
「あらまあ、可愛い」
コーデリアは喜色を浮かべた。ジミーとダリルは視線のやり場に困っている様だった。ミニスカートだから。一方、ランバートは…
「ねえ、そこの黙ってる人、どこ見てんのよ?」
「いや、その…」
コーデリアが突っ込んだ。
「ご令嬢のおみ足に見とれているのよね?」
「いや、そういう訳じゃ…」
キアラはコーデリアの影に隠れた。
「馬鹿!スケベ!もう家に帰る!」
「まあ、待ちなさい、キアラ。もう一つ見せて欲しいものがあるのよ」
「もう見せるものなんてないよ!」
「いえいえ、蝙蝠の翼はどうなってるのか見たいのよ」
「別に魔法だから、背中に浮いてるだけだと思うよ。直接見えないけど」
「せっかくだから見せてよ」
仕方が無いのでキアラはまた衝立の向こうで黒蝙蝠を右手の中に溶け込ませた(というイメージを抱いた)。
衝立の向こうで見ていても、いきなり黒い翼が出現したのが見えた。
「こういう訳だけど…」
全員がキアラの背中に回って翼と背中の間を見た。
「浮いているんだ…」
「これで飛べるのか?」
そう言うのでキアラは小さく翼を動かしてみた。
「これで羽ばたけば飛べるよ」
「なるほど、風が起きるな…」
「ところで、黙ってる人は何処を見てるのよ?」
「いや、その…」
ランバートが口籠ったので、やはりコーデリアが突っ込んだ。
「ご令嬢の膝の裏に見とれているのよ」
「膝の裏って何!?本当に変態なの!?」
「いや、その、上を見たら悪い気がして、下を見てるだけだ…」
「その変な気配りが却って変な目で見てるって分かって嫌だよ!」
「まあまあ、若い男の子だから色々あるのよ」
「いや、別に…」
ランバートは性格的に女性より男性と仲が良いタイプだった。10才以下なら女の子はミニスカートを履くが、その頃から付き合いが無かった。そういう訳でミニスカートは彼には刺激が強かった。
明日も更新します。




