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4−5 夜襲

 その夜、キアラは王国の地図を広げていた。何せ子爵家である。ロウソクを節約する程貧乏では無いから、入浴後でも暫く資料を広げて考え事をする事は許された。

「港湾都市に流れる川にそれ程大きい川は無い。だから上流で衣類を生産して港湾都市に運ぶのはあまり利点が無い。もっと大きな川の上流に工場を置いて河川で運べば良いけど、そうなると港湾都市以外の都市が貿易港に好ましいとなる。港湾都市の商人を刺激しない為には、むしろ国内向けの衣料の生産とした方が良いのか…」


 そう考えていた時、窓をひっかく様な音がした。貴族の館では窓ガラスを使っているが、その外側のよろい戸をひっかいているんだ。風の流れで分かる。蝙蝠先輩の呼び出しだ。つまり上司の呼び出し。よろい戸を開けると、蝙蝠が二匹羽ばたいていた。一匹が口を開いた。


 急げよ、ですか。仕方なく、寝巻を一人で着れる部屋着に着替え、その後に軽く丸めた右手の中に、灰色蝙蝠が溶け込むイメージを浮かべる。こうしてマスクで顔を隠して黒装束の女の出来上がりだ。膝上丈のミニスカートで男共を悩殺出来るし…骨と皮だけの足で誰が悩殺されるんだよ。


 窓の外の蝙蝠の羽ばたく音が大きくなった。催促しているんだ。窓枠に足をかけて、外に飛び立つ。


 先導する蝙蝠は貴族街を東に飛んで行く。貴族街の東は平民街なのだろうか?低い建物が並んでいる。そこを北上して、官庁街の外れに小走りの集団を見つける。蝙蝠はここで進むのを止めてくるくる回り始めた。ああ、後は私に任せた、と。


 小走りの集団は中々統率の取れた団体で、あれが不審者だとすると、軍隊と言う事になる…それ、私の手に余るって。そんな私の気持ちを気にせず、蝙蝠達は私の頭の上をくるくる回って飛ぶだけだ。催促しているんだ。仕方が無い。とりあえず後ろの方の二人を急降下して蹴り倒そう。


 風の翼を背後に斜めに広げ、体の周囲を空気の繭で覆い、風切り音を小さくして滑空する。一番後ろを走る者の後ろで体を引き起こし、空気の繭から膝を出して後頭部を強打する。そいつが倒れたのを飛び越し、その前の者の後頭部を斜めに蹴りながら集団の横に静かに着地する。打撃音に続き二人が倒れる音は集団の小走りの音を乱し、前の方から指示が出た。

「止まれ!」

集団は急停止し、物音のした後方を伺う為に振り返った。私は倒れた男とは離れて横に立っていたが、指示を出した男は夜目が利く様だ。集団の横をこちらに歩いて来た。青年というより既に中年の域に入った顔だ。


「何者だ?」

「あんたら同様、不審者だよ」

誰何の答えを待たずに、男は両手剣と思われる長剣を抜いた。集団は指示も受けずに男の両側に広がり、私を半包囲した。私の前に立つ男は本当に夜目が利く様で、頭の横に剣を構え、腰を落として私の頭の高さに剣の位置を合わせた。一拍の間の後、男のつま先から両手の指の先まで力が漲るのが見えた。だから避けるタイミングは分かった筈なのに、その突きは予測より速く私の頭を掠めそうになった。だから二重の防護膜を作りながら避ける事になったのだが…男の突きは防護膜の一層目を突き破って二層目を歪ませて止まった。


 男も私も息を呑んだ。突きを戻した後に男は言った。

「…異能か?」

「あんたこそ本当に人間?空気を斬る人間なんていない筈なのに…」

「空を切る、ってのは剣士にとって誉め言葉じゃないんだがな」


 男は再び剣を頭の横に構えた。これだけ瞬発力のある相手に、先に動くのは不味い。瞬時に狙いを修正され、こちらは最速で避けている途中で動作を変えられない。だから相手の一拍の間の後、力が漲り、動作に変わる瞬間を見極めないといけないのだが、こんどは間が数瞬長かった。しかも先程より力のかけ具合が偏っていた。膝回りと肘回りに力が集中していたんだ。だから回避が遅れた。


 動き出した剣に一瞬対応が遅れたのを悟った私は、今度は斜めに二重の防護膜を作って剣を逸らそうとしたが、やはり一層が切り裂かれて二層目を歪ませて止まった。少しでも切っ先を阻止出来たから回避自体は出来たのだが、タイミングを外され、防御も切り裂かれた私には敗北感しか無かった。こんなバケモノどうしろって言うんだよ上司!


 しかし男も気に障った様だ。

「ふふん、異能如きで我が剣、防がれるとは。世の中まだまだ広いか!」

腹の底から出る低い声が、獰猛な目で口を歪ませた男から滲み出た。ひぃ、夜中にそんな顔されたら泣いちゃうよ、女の子だもん。


 三度男が剣を顔の横に構えた。考える暇を与えてくれない。そりゃそうだ。二度必殺の剣を見せた相手をまだ殺せていない。ここで私の首を取らずには帰れないのだろう。こちらも少なくとも反撃して見せないといけない。そうしないと逃げても普通に追撃される…その為にはまず見切る。そして斜めに防護膜を作る。そのまま前進して殴る!


 今度の間は最初の間より少し速かった。焦らされるよりマシだったから、私は斜め前に避けて反撃をしようとした。だが、男は斜め防護膜に止められた剣をそのまま力づくで薙いで来た。近衛に混じっていた暗殺者なら動けなくなったのに、こいつの怪力には通用しないんだ!剣を斜め上に逸らそうと斜め防護膜を作るが、お構いなしに振り切られた!防護膜と周囲の空気毎、私も吹き飛ばされた。男は獰猛な目をしたまま、楽しそうに言葉を吐いた。

「はははは、こうも斬れないものか、異能とは!」

何が楽しいんだよこいつ!狂ってるよ!!


 狂犬の様に顔を歪めながら、それでも男は冷静らしい。

「間合いは読まれている様だな。全く、我ながら未熟なものだ」

聖魔法の裏技ですすみません!どうしよう、力づくの連撃を止められない以上、最後は切り刻まれる未来が待っている…

 

 そこで割と近くから笛が鳴り、ランプの灯りと人の動く音が聞こえた。

「こっちだ!不審者が多数!!」

これを聞いた男が声を上げた。

「退くぞ!」

男達は倒れていた二人を抱え上げ、一人残らず退却した。


 あいつらが既に誰かを斬っているなら私もここに残っていると不味い。私が斬ったのではないと証明出来ない以上、養家に迷惑がかかる。なんらかの官庁を囲む塀を蹴ってその中に入り、警備の者から身を隠しながら走る事にした。

 お嬢さん、夜道を一人で歩くのは危険ですよ。飛んで来たんだけど。一緒に来た先輩は知らんぷりです。人でなし!…蝙蝠だもんね。明日も更新します。

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