4−3 魔法練習 (2)
もうエイブとアグネスの実演は不要である事が分かったので、キアラ一人が次々と職員を治していった。6人の職員の最初に申告されていた傷、筋肉痛以外に見つかった筋肉疲労が治療されていった。そうして6人目が退室した後、コーデリアとエイブが声をかけた。
「ねぇ、キアラ、そろそろ休んだ方が良いわ。お茶でも飲みましょう」
「ああ、10か所以上の治療をしたんだ。一度休んで体調を確認した方が良い」
そりゃあ人間の治療部位の方が大きいが、200匹連続蝙蝠治療を経験しているキアラにしてみれば四の五の言う疲労などある筈も無い。あの時は普通に飽きたが。一方、他人の好意は有難がるべきとは思っているから、休むことにした。
コーデリアがキアラに確認した。
「ねぇ、キアラ。あなた、こんな大人数に治療をした事があるの?」
「ある訳ないよ、異能は秘密にしていたからね」
『人間には』表向きには無い。港湾都市で炊き出しの時にこそっとやっていたのはバレていないつもりだし、蝙蝠との上下関係など一般人に言って信じて貰える筈も無い。アグネスはキアラの能力は心配していないが、慣れていない事を続けるのは危険だとは思っていた。
「それでは、何か疲れが出る様でしたら仰ってくださいね。その時は横になって休んでください」
「ありがとう。気になる事があったらすぐ言うよ」
科学アカデミーに常備してあるお茶は安物だった。コーデリアには慣れたものだったが、養女とは言え貴族令嬢二人には組織を代表して謝る必要を感じた。
「お茶が安物でごめんなさいね。職員用だからお客様のお口には合わないと思うけど」
「うん?色が付いてるだけマシだと思うよ」
工場のお茶など色すら怪しい事もあった。明確に色が付いているだけ充分だった。
これに対して、一番高貴な人間の発言は更に酷かった。
「騎士など湯冷ましで上等なんだから、色が付いているお茶など充分贅沢だぞ」
キアラ以外の全員がランバートを半目で見つめた。そんな事で貴族の令嬢を婚約者に出来るのか。
そうしてキアラの体調の異変の無い事を確認した後、7人目が入室して来た。
「膝を痛めてしまって、2カ月以上痛みが引かないのです」
だからキアラはズボンの上から患者の膝に触れてみた。
「うん…赤どころか黒ずんでますね…」
「そうなんですよ!痣みたいになっていて!見なくても分かるんですね!」
筋肉内の血行や炎症状況がキアラには分かるのだが、なるほど、痣か…これは内出血状態と言う訳か。蝙蝠の神経や筋肉すら判別するキアラの能力からすれば、人間の血管の状況を把握するのは難しい事では無い。
「う~ん、こうかな?」
とりあえず痛んで血が滲んでいる患部の血管の穴を塞いだ。だが、溜まった血が残っている…
「これ、溜まった血を抜かないとダメみたい。それはちょっと私には分かりかます…」
エイブにはそういう治療に立ち会った経験があった。
「それは医師に立ち会ってもらって針を刺して抜くと良い。そちらは明日以降に医師を予約して欲しい」
患部の改善が今日は出来ない事が分かって、患者はがっかりした。
「血管の傷は治しましたから、血さえ抜けば改善すると思いますよ」
キアラの一言に全員が口を開けて固まった。
「え~と、だから血だまりを抜いて体内の圧迫を除けば痛みは無くなると思いますよ?」
患者が驚いて声を出した。
「あれだけで治せるものなんですか?」
「だから、血だまりを抜けなかったんで治ったと言えないんですけど」
「いえ、それなら血を抜けば治りそうなんですね?」
「打撲による炎症はなさそうだから、多分」
喜んで患者は退出していった。
「キアラ…ちょ~っと治療が高度過ぎるんだけど」
コーデリアが呆れて言った。
「生き物だから治療の為の元気みたいなものが周囲にあるから、それを集めれば治るよ」
キアラが言ってもエイブは納得しなかった。
「いや、確かに治療魔法は本人の体力を集めて治療の助けにするが、そもそも患部を適切に治すのは簡単じゃない」
アグネスも同意した。
「患部を適切に治す知識が無いと、中々治るものじゃあありませんよ」
治したのに文句を言われている気がするのはキアラには納得出来なかったが、あんまりホイホイ治すものでは無いと言う事は分かった。
次に来たのは古傷持ちの職員だった。
「前に騎士をやっていたんだが、訓練中に腕を切って以来、左手が痺れて自由に動かせないんだ」
座っている患者が発言するのを聞いていたキアラは、顔を動かさずに声を出した。
「殿下、すいません、少し眩暈がするのですが…」
言葉を遮ってランバートが声を上げた。立ち上がりながら。
「馬鹿野郎!調子にのって治療を続けるからだ!コーデリア、救護室を開けろ!エイブ、俺が運ぶからその間に様子をみてくれ」
小走りにキアラに近づいたランバートがキアラを抱え上げた。
「え、ちょっと…」
「ガタガタ言うな!すぐに運んでやる!」
「コーデリアさん、早く救護室を開けて貰いましょう!」
アグネスまで慌てだした。
取り残された患者に、王子の護衛のジミーが声をかけた。
「すまん、駆け出しの聖魔法師が限界の様だ。また空きがあったら治療を受けてくれ」
「ああ、良いよ」
救護室でベッドに降ろされたキアラは呆れていた。
「あのさ…心配して貰ってこう言っては何だけど、大袈裟過ぎだよ」
真剣味が足りないキアラにランバートが怒鳴った。
「馬鹿野郎!異能の使いすぎで命を落とす能力者もいるんだぞ!身に異変があったら重大事と思え!」
ベッドのすぐ横に立っているランバートが怒鳴って唾が飛んで来たのでキアラは大分嫌な顔をしたが、思い止まった。言うべき事があるからだ。
「ああ、実は眩暈なんか起きてなくてね。あいつに聞かれない様に言わないといけない事があったんだ」
「どういう事だ!?」
一々怒鳴らないでよ、こいつ怒りっぽ過ぎるよ、とキアラは思っていたが、優先順位があるので我慢した。
「あいつ、クロだよ」
「どういう事だ!?」
「王城で暗殺未遂事件があった時、警備隊長の中に黒い靄を見たんだよ。多分それは悪意。そして、今さっきのあいつの中にも黒い靄があった。だから、あいつも何らかの悪意を持っている。殺意まではいかないかもしれないけど」
王子の護衛のジミーは王子に付いて行かなくて良いのか、と言われても、患者にごめんねを言う人が他にいなかったんです。エイブも慌てて付いて行ったから。明日も更新します。