4−1 蠢く人々
第二王子ハロルドは近衛騎士団の副団長であるが、実務は何もやっていない。だから団長の休みの日には休みがある上に、他にも独自の休みがあった。そして、休みの日には貴族街の高級レストランで食事をした。普段から護衛を伴っているが、このレストランの個室で食事をする時だけは室内に一人、入口に一人の二人の護衛だけに守られていた。勿論、馬車置き場に護衛が待機しているのだが。
食後のデザートを食べ終わる頃、レストランの支配人が挨拶にやって来た。
「本日も心を込めてお料理を提供させて頂きましたが、お気に召さない物はありましたでしょうか?」
「ああ、料理はいつも通りに満足した。だが、デザートが食い足りないな」
「それは誠に申し訳ありませんでした。心ばかりのおもてなしをさせて頂きますので、離れにお出でください」
ここで室内に入っていた護衛は壁を向いた。これ以降は何も起きなかったと報告される。見ていないのだから。
そうして支配人と召使がハロルドの前後を歩き、離れの扉の前で二人は引き返す。ハロルドが離れの扉のドアノッカーを叩くと、厚化粧で胸元の開いた服を着た女が顔を出した。
「お客様、よくぞお出でくださいました。お入りください」
「ああ」
ハロルドは慣れた態度で部屋に入り、簡素なテーブルの椅子に座る。女は扉に鍵をかけ、ハロルドの隣の席に座る。テーブルの上の瓶から葡萄酒をグラスに注ぎ、ハロルドと自分の前に並べる。
「この一週間、首を長くしてお待ちしておりましたわ」
「前回の休みは護衛が融通の利かない奴だったからな、済まなかったな」
「ミラはお会いできるだけで嬉しいです。ハロルド様の様な素敵で有能な方と知り合えて本当に幸せです」
「そうか」
「ハロルド様の様な高貴な方を週5日もお仕事に行かせる人達も不敬だと思いますが、ハロルド様にはもっと相応しいお仕事があるのに不当だとも思いますわ」
「そうだな」
「近衛の隊長が辞任したのに、副隊長のハロルド様を隊長にしないのもおかしいと思いますわ」
「私もそう思うが、仕方が無い。まだ実績が足りないのだからな」
「きっと近いうちにハロルド様にふさわしい部下がハロルド様のお力になって、隊長より上の立場になる日が来ると思いますわ」
「そうだな。色々心配してもらって済まない」
「いえ、ミラの様な女は輝かしい未来のある男性に夢を託すしかありませんもの」
「そうか。ありがとう。ところでそろそろ本題に入りたいのだが」
「あら、申し訳ありません、それではこちらにどうぞ」
女がカーテンを開けると、隣の小部屋に毛布だけかかったベッドが置いてあった。
その後、頃合いを見て離れの扉の外に召使がやって来た。息を整えたハロルドが何食わぬ顔で出て来た。
「それではこちらにお出でください」
「ああ」
召使についてハロルドはレストランの建物に戻って行った。
「またのお越しをお待ちしております」
「ああ、また頼む」
支配人の見送りに答えた後、ハロルドは馬車に乗って王城に帰って行った。支配人は離れの女に首尾を確認しに行った。
「お疲れさん。首尾はどうだ?」
「ああ、やる事やって帰ったよ」
「なら良い」
「あんな性欲だけで何の役にも立ちそうにない男、飼ってて役に立つもんかい?ハワード公爵家に見放されるのも当然だと思うし、あんなのの嫁とかどんな女も絶対嫌だと思うよ?」
「公爵家や貴族令嬢から見たらそうだろうがな、駒は色々使い道があるのさ。お前は誘惑だけしてれば良いんだ」
「はいはい」
支配人からすれば、ハロルドがミラに性欲目的以外に興味が無いのは当たり前だった。王子が愛人とは言え只の娼婦を人間として見る筈が無かった。それ目的だけでここに来るんだ。公爵家の婿養子として上位貴族の着飾った令嬢を妻にする筈だった男が、多少見栄えが良いとはいえ安物の服を纏った平民に心を動かされる筈は無い。支配人としてはミラには体と、キーワードを連呼させてそれを耳に馴染む様にする仕事以外の役目をさせる気が無かった。情報収集は支配人自ら行い、娼婦等という信用ならない人間に必用以上の情報を与える気は無かった。
支配人としてはスポンサーに、カモがまだ餌に食いついている事を報告し、継続した資金援助を手に入れるだけだった。見かけ上、このレストランのオーナーは貴族だが、実際にはニューサム商会という輸送代行をしている事により国内大半に影響力のある商会の資金が入っていた。そこからハロルドの篭絡という仕事が入って来たんだ。
ニューサム商会の会長は使用人の恰好をしてユーフォリア商店という穀物卸問屋に入って行った。そこには労働者の恰好をした小太りの男が待っていた。
「お待たせしました。サミュエル会長」
「いや、仕事が進んでいるのなら、多少の待ち時間も楽しいものだ」
「はい。ハロルドはミラの肉体に溺れております。あくまで性欲だけですが」
「それで良い。繋ぎが取れる事が重要だ」
「今後のご指示がありましたらお願いします」
「現状維持だ。愚者共はもう走り始めてしまった。もう元には戻れないさ。だから、いざと言う時に近衛を動かす駒とするまでせいぜい楽しんで貰えば良いんだ」
「分かりました。その日は近いので?」
「愚者の頭目に祭り上げられた偽王が一か月後と決めただろう?長くてそこまでだ」
「分かりました。会長に目をかけて頂いたおかげで今の私があります。今後もお役に立てる様に精進致します」
「ああ、頼むぞ」
何とか間に合いましたが、推敲不足で申し訳ありません。だって、風俗嬢と客の会話ってどんなだよ!状態なのでして。明日はキアラが出てきます。