3−10 王子の訪問
フォーウッド子爵は混乱の貴族議会に出席していたが、ランバート王子が口止めしていたので家では詳細を語らなかった。そうして、貴族議会が紛糾してから二日後にランバート王子がフォーウッド家を訪れた。
「王子様におかれましてはご機嫌麗しく…」
キアラの挨拶にランバートは手を横に振った。
「お前が言うと嫌味に聞こえるぞ。妙な愛想はいらん。隣の家のクソガキに話すつもりで話せ」
「せっかく礼儀作法を習っているから、あんたなら練習台に丁度良いかなと思ったんだよ」
「ああ、それなら挨拶だけはやってくれ。令嬢としてとりあえず見かけだけでも礼儀は覚えた方が良い」
「ちゃんと覚えろって言ってよ。真面目にやってるんだから」
「ああ、ちゃんとやってくれ。期待している」
「期待感ゼロに聞こえるよ」
「気のせいだ」
「それで、今日この家を訪れたのは他でもない、解雇時旅費法案を諮問する筈の貴族議会の臨時招集について、人身売買の疑いのポートランド伯を保釈せよと言い出す連中がいて、諮問提案すら出来なかった」
「ごめん、事実として何があったかをまず説明して。それからあんたの思う事を説明して欲しい」
「すまん。まず、臨時議会の最初に、宰相からの臨時法案諮問提案が行われる筈だったが、参加貴族の約三分の一が騒ぎ出して議長を押し退けた。連中は代わりの議長として王弟ヴィンセント・マールバラ公爵を指名した。そして南部のハットン伯爵が元ポートランド伯の保釈を要求した。これに宰相が国家が人身売買を容認していると国際的に認識されない為には処分が必要と言ったところ、また紛糾したので王弟は一か月後にこの審議の再開を宣言して閉会した」
「それに対してあんたまたは王家の周囲の人はどう思ったのか聞かせて」
「その時は分からなかったんだが、臨時議会の招集を受けて、週末に急速に扇動が行われた。この議会で人身売買に関わった貴族を処分するつもりで参加させるとね。臨時招集で法案に抵抗されない様に招集内容の詳細を明らかにしなかったのを逆手に取られたと思う。王弟ヴィンセントは予てから自分が王位に就けなかった事を不満に思っていたから、利用されたと思われる。だが、彼もそこまで馬鹿じゃない、こんな事をすれば人身売買容認と思われる事くらい分かる筈で、そういう王と思われれば教皇を敵に回す事くらい分かる筈だが…」
「王様と王弟様の間には直接的ないざこざとかは無いの?」
「王位を譲らせようとまで思うトラブルは無い筈だ」
「そういうのは被害者と思ってる側だけ深刻に思ってる事はあるから、そこは注意して欲しいけど、他に指摘する事は、教皇ってのは買収出来るものなのか」
「王位争い程度なら金で味方してくれる事はあるだろうよ。でも博愛精神から許せない事は金では解決出来ないと思うぞ」
大司教は白と黒の混ざりあった人物だったから、教会のトップはあんなものだとしたら、金額に寄るんじゃないかともキアラには感じられた。
「金を持つ者は金で他人を圧倒する為に金を集める。権力を持つ者は権力で他人を圧倒する為により高い権力を持ちたがる。後は暴力か」
「何が暴力だ?」
「暴力で金を奪えるし、暴力で権力も奪えるだろ?だから、暴力組織はどう動くかな、って気になったんだ」
「王城は近衛騎士団が守っている。王都は第一騎士団が守っている。王都外では貴族相手の第二騎士団、外国相手の第三騎士団が守っている。
だが、貴族が連合して攻めて来れば何か起こる可能性はあるな」
「権力と暴力が結びついている訳だ。後、近衛は信用出来るのかい?あんたが王城で襲われた件、隊長が裏切っていたんだろ?」
「その件は調査中だ。近衛騎士団長は名誉職だから、不名誉な事態の責任を取り団長は辞任した。団長は事務職の責任者として書類のチェックくらいしかしていないので、4つの大隊の隊長が実質的な騎士達の隊長だが、当時は貴族の護衛という事で第一騎士団からの応援が加わっていた。だから、近衛も第一騎士団も調査絡みで通常通りに任務が出来ていない」
「うん?近衛は今、総隊長がいないって事?何かあった時に動けるの?」
「だから、各大隊へ宰相から直接指示が行く事になっている」
「副隊長とか、代わりをする人はいないの?」
「副隊長は第二王子ハロルド兄上だ。隊長役は無理だ」
「総隊長が名誉職で、副隊長も名誉職って訳?」
ランバートは頭を抱えた。
「公然と言うなよ。ハロルド兄上はどちらかと言うと文官タイプだ。王弟の役を務められるかの試験として近衛で参謀役をやっている」
「あんたの言い方だともう失格扱いに聞こえるけど?」
「事務処理役の隊長の参謀が、一体何をしていると思うんだ?」
「分かった。あんたの暗殺未遂のお陰で王城と王都の防衛体制が通常通りで無いって事はね」
「他所で言うなよ」
「女同士で王都と王城の防衛体制を論じる機会なんて無いから大丈夫。ところであんたは騎士団じゃなかったっけ?」
「第一騎士団の中隊の参謀役だ。つまり、腕はあまり期待されていないし、いなくても困らない仕事だ」
「名誉職じゃなくって現場で揉まれているなら有望株かもしれないね」
「まだ株で芽も出てないって自覚はある」
「水でもあげようか?」
「自分でやるからいらない」
「纏めると、人身売買問題は決め手がなくて処分が出来ない、だから多分購入客達が無かったことにしたがっていると。一方、王位に未練がある王弟がそっちの旗頭にされている。暴力関係では騎士団が暗殺の捜査で麻痺している。あれ、金はどうなってる?」
「何の金だ?」
「金を持つ者は誰の味方で、今後どう動くかって事」
「そっちはどちらかと言うと宰相と財務大臣の範疇だな」
「聞いておいてよ。今後が読めないから」
「…勝手に動くなよ?」
「私の力は権力や財力や暴力を持つ者達に比べれば小さいんだ。暴れても殺されるだけだと思うよ」
「分かってるなら良い」
こうしてランバート王子は帰って行った。
これで3章を終了する予定です。土日で書くから話が変わるかもしれませんが。明日はお休み、日曜にクリスティン、こちらは月曜に更新となります。




