3−6 大聖堂 (1)
大聖堂を聖女アグネスと共に訪れる日が来た。元々聖女アグネスには大聖堂と第一騎士団が線引きをして護衛が付いていたが、今回は行き先が大聖堂なので修道士の護衛が付いた。フォーウッド家を訪れたアシュリー家の馬車がキアラを乗せて大聖堂に向かう事になった。
馬車に向かったキアラを、アグネスが馬車から降りてきて抱きしめた。
「キアラ!会いたかった!」
いや、二週間くらい間が開いたけど、そこまで熱烈歓迎される程じゃないと思うんだ。この娘、スキンシップがきつい。いや、美少女に懐かれて嬉しくない者はいないけど。
「うん。中々会えなくてごめんね」
「都合がある事は分かっていますから、気にしないで」
下馬した修道士達が跪き頭を下げているのが心苦しい。聖女に下げる頭はあっても、貧農出身者に下げる頭は無いだろうに。申し訳ない。
馬車の中でアグネスは言った。
「大聖堂では大講堂を使って良いそうなんです。救世主像とその背景の太陽神を象った絵画が壮観だから、じっくり鑑賞してからお祈りしましょう」
個人的な祈りを捧げるのに大聖堂って何!?聖女が頼むとそうなるのか?
「大講堂は申し訳ないね…今日は礼拝とかないの?」
「大講堂は貴族達が集まる時以外は使わないから、気にしないで使って欲しいと大司教様が仰っているから、思うがままに祈って良いんです」
大司教に気安く相談出来る聖女様って…そんな人にお友達扱いされて良いのだろうか。その私の表情を見て、アグネスは言った。
「キアラ様。あなたは多くの者の希望となるお方です。大司教や私に気兼ねをする必用はありません」
ああ、この娘にとっては私は御使いなんだよな…上司にとっては蝙蝠の一匹に過ぎないと思うんだが。私が気に食わない態度をとると、蝙蝠に噛みつかせるんだぞ。
「いずれにせよ、大事な人の事を祈るんだから、良い場所を喜んで使わせて貰うよ」
アグネスは口を尖らした。
「まあ、妬けちゃいますわ」
「何言ってるんだよ。イライザもアグネスも、私にとっては最も大事な人達だよ」
アグネスは満面の笑顔になった。後光の差す美少女の満面の笑顔…魅了の力が強すぎる。よろめきそうだ。座ってるから大丈夫だけど。
大聖堂は貴族街や官庁街の東にあった。尖塔の先に神と人の契約のモニュメントが朧げに見える。港湾都市の聖堂のモニュメントを吹き飛ばした事を思い出す。ごめんよ神様。あなたが悪いと思っている訳じゃないんだ。ついでにそれも祈っておこう。
大聖堂前の商店街は南向けに並んでいたが、馬車は大聖堂の西口の豪華な門から入った。石畳の馬車道が大聖堂の西側に続いている。貴族向けの通路という事だろう。大聖堂前で停車した馬車から降車しようとした私の手を、車外から近づいて来た、引き摺りそうな長いローブを着た聖職者が手に取り、降車を手伝ってくれた。思わず降りた後で謝意を告げる。
「ありがとうございます」
「お気になさらずに。御身をエスコートさせて頂き,光栄です」
誰だよ御身って!背中に汗をかきながら下りてくるアグネスを待った。
前に立つ司教らしき男が言った。
「こちらでございます」
前に二人の司教が先立ち、後ろに二人の司教を引き連れて、アグネスと私、その侍女が大聖堂の中を進んで行く。その後ろに修道士が四人付いて来る。何この行列…しかもその通路はずっとカーペットが敷いてある。上位貴族向けの通路じゃないんだろうか。
大聖堂の入口では如何にも高貴そうな金髪と上品な細面の壮年の男性が立っていた。その豪華な飾りの付いたローブ、そして、私にも見える程の聖なる光を纏った姿は、大司教としか思えない。
…のだが。後光に浮かぶ身体の中に黒っぽい靄が見える…え、本当に聖人なの?いつぞやの警備隊長より靄が黒い気がするんだけど…
司教が大司教に告げる。
「お連れしました」
「ありがとう」
そう言って大司教は私達に向かって柔和そうに微笑んだ。
「聖女アグネス様はご存じですが、私がこの大聖堂を率いる大司教のデイビー・クラレンスです。以後お見知りおきをお願いします」
大司教様が誰に何をお願いしているのか…そう戸惑う私を横に、アグネスが大司教に私を紹介した。
「港湾都市からいらっしゃって、今はフォーウッド子爵閣下にお世話になっておられる、キアラ嬢です」
「キアラ・フォーウッドです。よろしくお願い致します」
「キアラ様、主は常にあなたと共にいらっしゃいます。これからも善き行いをお続けください」
「はい。主に恥じない自分でありたいと思っております」
気に入らないと蝙蝠先輩達に噛みつかせるからね。気を抜くと痛い目に遭うんだ。
「ははは、主はお喜びでしょう。それでは、中にお入り下さい」
大講堂の前の壁には巨大なカーテンの様な布が垂れ下がっており、黄色い太陽の下に緑で描かれた大地があり、その間は水色であり、それは空と言う事だろう。その前に両手を広げた救世主像が置いてある。救世主像は別に光ったりしない。だから私はその像には何も思わない。
「それでは、あくまで私的なお祈りの場でございます。それぞれ思いのままにお祈りをなさってください」
言われるまでもなく、私は跪いて顔の前で両手を組んだ。
ちなみにエジプトで奴隷となっていた人々がエジプトから逃げ出す前に、例の「約束の地に住んでいる人々を追い出して住め」と神から聞いた事になっていますが、約束の地に住んだ人々のその後に神の加護は薄かったと考えます。出エジプトが前14世紀くらいと言われていますが、前6世紀にバビロン虜囚が起きています。ここでバビロニア文化に対抗する為に宗教の再定義が行われているので、その後の経典には対抗上の演出・誇張が免れなかったと思われるのです。ただ、バビロニアって言われてもギルガメッシュの伝説くらいしか普通の日本人は知りませんので、何がどうだか私には分かりませんね。ちなみにその後に約束の地はローマに占領され、神の子たる救世主がローマ人に殺されるのです。で、復活して新たな宗教の伝説が出来ます。この段階で旧教の「争え」と言う神から「愛せ」という神になる訳です。この後書きが月曜の後書きに続く…いや、次回の内容がこれに関係しますので。
明日はお休み、日曜はクリスティンがサンドゲート海岸で…本作は次回は月曜更新です。




