3−5 花見に現れたのは
キャベンディッシュ公爵夫妻と分かれたアルフレッド王は、侍従に告げた。
「礼拝堂を使う。開けさせよ」
「はっ。司教を呼びますか?」
「不要だ。ただの祈りだ」
侍従は他の侍従に指示を出し、礼拝堂を開けさせた。
(神よ、神意を私に託していただいた件、心から感謝する。そも、神は人に言葉を伝えたりしない。神が楽園から人を追放したのは、欲望を優先して約束を破ったからだ。人は約束を守らないと不信に思っている神が、どうして人に言葉を伝えるものか。口から入るものが人を汚すのではなく、口から出るものが人を汚すと救世主も述べているが、それはつまり欲が虚言を呼び、人を汚すのだが、神から言葉を与えられ預言者となった者が、その欲を優先して自分の思いを神の言葉と嘘をつかずにいられるものか。古代王朝の神話の数々を見れば良い。王は神の子だとか神の祝福を得たなど自分達に利益のある事ばかり書いてある。そんな王朝も滅びるから、嘘八百だった事が分かる)
(だから、あの娘が神の言葉を聞いた等と言うなら嘘つきとして扱えば良かった。だが、あの娘は神は言葉など述べないと言った。それなのに神の望みが単に断罪でなく、貧者の救済であると、自分の思いとして私に伝えた。いくらでも嘘が盛れる言葉を与えるのでなく、そこに辿り着くように天の配剤があったのだろう。少なくとも権力者が辿り着くべき場所を神に代わって示してくれた、彼女こそ私にとっては御使いだ。その言葉、その思い、神の言葉として必ず対応しよう)
謁見室を出て暫くして、ランバートは涙の残るキアラの顔を自分のハンカチで拭いてあげた。
「済まない、声をかけられずに。父上はお前の言葉で真偽を測ろうとしていたと思ったんだ」
「いいよ。あそこは私が自分でどうするか決めないといけないとは分かっていた筈なのに、迷ってしまった。手に触れてくれてありがとう。仲間がいるみたいに感じたよ。王子を仲間扱いなんて不敬だろうけどね」
「構わない。お前は政治を良くしようと考えてくれている。王家として協力したいと思っているんだ」
「そんな大層なものじゃないんだ。たまたま異能を与えられたから逃れられたけど、私はあそこで奪われ、汚され、軽蔑されながら死ぬ筈だったんだ。誰も助けてくれないなら、自分達で助かる様にしたいと思っただけなんだ」
「だが、それも先王とポートランド伯爵が工場運営を決めた時の密約だったかも知れない」
「言った筈だよ。それは受け皿になっただけに過ぎない。農家が一人前にならない女達を間引く状況が原因だ。それは工業化と商業化が原因なんだろうけど、農業とのバランスをどうするか、そこは政治家に頼むしかないんだ。提案者としては無責任で申し訳ないんだけど」
「うん。俺も何とか力になれる様にする」
「あんた、騎士団とアカデミーの異能担当ぐらいしか責任ないんじゃないのか?
無理すると足を踏み外すよ?」
ランバートはムッとしながら言った。その顔はしかめっ面ではなく、明るかった。
「あまり頭を使ってこなかったのは認めるが、騎士団に慣れる為もあった。色々勉強して少しづつ仕事を増やしてやる」
キアラはフッと笑いながら言った。
「殿下、ご立派です」
「急に敬語使うな!」
二人は微笑み合った。
「でも、これからは敬語を使わせて頂きます」
「良い。人前では礼儀を払って欲しいが、俺もお前に学ぶ事がある。師に偉ぶる気は無い」
「それは騎士団流って事?」
「…騎士団で随分乱暴になった事は認める」
そうして待合室の前でランバートは分かれようとしたが、キアラから一声かけた。
「ところで、異能調査がある予定だったけど、どうするの?」
「父上自ら聞き取ったから、もう緊急性は無いんだが。今日、多くの令嬢とその母親が目撃しているから、調査を急ぐより、暫く外に出ない方が良いな。父上と方針を決めるから、貴族と会うのは控えてくれ」
「聖女アグネスと教会関係の場所にお祈りに行く予定なんだけど、それは許して欲しい」
「分かった。その時は護衛を出すから日時が決まったら連絡してくれ」
「うん。手間をかけさせて済まないね」
「こちらの都合もあるから、気にするな」
「うん。お願いするよ」
待合室に入って、フォーウッド子爵バージルはキアラを抱きしめた。
「良く勉強していると思っていたが、人助けを考えていたんだね。今日もよく頑張ったよ。君は自慢の娘だ」
キアラは物心ついてから父親や祖父、そして母親にも抱きしめられた事は無かった。顔を赤らめながら告げた。
「ありがとうございます。お義父様には迷惑をおかけしない様に努力します」
「良いんだよ。君を娘に迎えた以上、父として君を守るよ」
「ありがとうございます」
代わってアメリア夫人がキアラを抱きしめた。
「全く、あなたは一人で悩むばかりで母である私に打ち明けてくれないで。
これからは色々話してくれないと駄目よ。二人で色々考えましょうね」
キアラの母は柔らかい態度でキアラに接したが、優しい言葉というのは少なかったと記憶している。貧農の家では、半人前である女達に男達は優しく接しないから、代々、優しい言葉を学ばないのかもしれない。そして、聖女アグネスといい、この義母といい、母性豊かな女性というのは何て心が広いのだろう…キアラは一瞬、子供に戻った。
「うっ、ぐっ…」
義母アメリアにしがみついて、キアラは嗚咽を上げ、涙を流す事しか出来なかった。
楽園追放は「知恵の実」を食べて賢くなり、神に近づくのを恐れた神が追放したとなっています。この知恵のおかげでバベルの塔を作ろうとし、やはり神に近づくのを恐れてそこに集った人の言葉を異なる様にして、意思の疎通が出来ない様にしました。つまりここで神は人々を相争う様に呪ったと言えます。そんな神なら、ヘブライ人に約束の地に勝手に住んでいる人々を追い出して住め、と相争う指示をするのも整合が取れます。が、これだと神の子にして神と一体の救世主が言う「あなたの隣人を愛せ」と背反するんです。だから本作では、「欲の為に神との約束を守らなかったから」追放されたという解釈にしています。それじゃあ旧教の経典に書いてある故事はどうなんだ、と言えば、アルフレッド王の言う「古代王朝の嘘八百」、プロパガンダだったと言う扱いです。うん、主語を書いてないから何かの宗教を否定していると特定出来ないから大丈夫。




