3−3 花見のお茶会 (3)
令嬢や母親達は退席した後で、生き残った犯人達の拘束が始まった。
「まず口を開けさせるよ。何か突っ込んで」
キアラは暗殺者の口の隙間から空気を流し込んで、その空気を固定してから伸ばし、口を強制的に開けた状態で固定した。騎士達が布を丸めたものを突っ込んで、それから両手両足を掴ませてからキアラは空気の拘束を解いた。
ランバートは強化魔法を他人にも使って拘束しているのか?と考えた。
「こいつ、大丈夫なのか?」
「拘束してただけだから、毒さえ飲まなければ何も問題ないと思うよ。健康だし」
同様に残り二人の生きている暗殺者を拘束したところで、騎士に囲まれた人物が近寄って来た。その周囲では人々が膝をついて頭を下げていた。
ランバートが周囲に指示を出した。
「騎士達はそのまま拘束を続けよ。他の者は頭を下げよ」
お茶会に偉いさんは来ない筈だったんだけどな、とキアラは思いながら頭を下げた。騎士に囲まれた豪華な服を着た男性は、ランバートに尋ねた。
「状況を報告せよ」
「はっ。警備隊長ジェフリーとその仲間6人にて暗殺が決行されましたが、阻止されました。ジェフリーの他3人が服毒自殺し、3人を拘束しました」
豪華な服の男は、近寄った侍従の耳打ちを聞いた後、口を開いた。
「ご令嬢、よく愚息を助けてくれた。礼を言う」
答えなきゃいけないかな、能力ばれちゃうな、と躊躇ったものの、ランバートの父親なんだから無視する訳にはいかず、キアラは口を開いた。
「勿体ないお言葉です」
「話を聞きたい。ランバート、ご令嬢をエスコートしなさい」
「はい」
ランバートに手を掴まれてキアラは歩調を合わせて進んで行く。
「これ、エスコートのフリをした連行だよね?」
「命を救って貰えて感謝している。悪いようにはしないから安心しろ」
「決めるのは王様だよ。安請け合いしないでよ」
「だから、何とかする」
「ありがとう。当てにしないけど」
「お前の能力は何なんだ?強化魔法じゃなかったのか?」
「…強化はされるんだろうけど、意識してやってる訳じゃない。だいたい、強化だけで10ft以上ある壁を乗り越えられる訳ないよ」
「どういう事だ?」
「私の魔法は風魔法。空気を操作出来るんだ」
「空気を操作して犯人を抑えていたのか?」
「そういう事。空気を固めて奥歯を噛みしめられない様にしたし」
「聖魔法使いじゃなかったのか?」
「聖魔法も大した事は出来ないよ」
何故だろう、こうして手を繋いでいると、まるで友人になった様に素直に話せる。二人は同時に同じ事を思っていた。
そうしてキアラは謁見室に連れていかれた。もちろん、海外の客と会う様な大げさな部屋じゃなく、もっと個人的な謁見用の部屋だ。そこにはアルフレッド王と侍従と護衛、フォーウッド子爵夫妻、そして養子縁組の際に立ち会った、キャベンディッシュ公爵夫妻が座っていた。
侍従がキアラとランバートを案内して、王の前の並んだ席に二人を座らせた。
そうして、王が口を開いた。
「我々としても、其方の能力を公表するつもりはなかったし、その調査は慎重に行うつもりだったが、こうなっては致し方ない。人助けをしてもらったのに申し訳ないが、今日の事件を其方の視点と能力についての説明を交えながら聞かせてくれ」
キアラとしては単に風魔法を使っただけで、聖魔法も使っていない。秘密を守って説明は可能だろうと考えた。蒼ざめていたが。
「ランバート殿下に近づく騎士の足運びで、通常の動きではなく戦闘態勢と判断しました。第一の刺客は風魔法で空気を固めて拘束し、暗殺を阻止しました。続いて警備隊長が殿下の指示に即応しない間に5人の刺客が出てきましたが、足元に空気の固まりを作って転ばせた後に空気を固めて拘束しました。警備隊長が奥歯に仕込んだ毒で自決したのを見て、他の刺客も毒を仕込んでいると考え、3人までは口内の空気を固めて自決を阻止しました。ここまでが私の行った阻止行動です」
横の席で書記官らしき男がさらさらと記録を取っている様だった。その男が書き終わると、王はその書記官を退席させた。つまり、ここからは秘密の聞き取りを行うのだ。
私の体がどんどん冷えて行く。寒さで指先が震え出した。
「其方は港湾都市の繊維工場の高い壁を乗り越えられる様だな。また、聖女アグネス・アシュリーとも親しい。何より何度も他の異能持ちとは隔絶した異能を発揮している。其方が港湾都市の聖堂に現れ聖女を救出した、蝙蝠の翼を持つ女なのか?」
さすが権力者、興味のある事は根拠などなくても根こそぎ聞きだすつもりか。これに答えて全てを晒して良いのか?それはこの王が女達の味方になってくれるのかが分からなければ判断出来ない。それでも、そんな気があろうがなかろうが聞きだすつもりだ。権力者と言うのは誰もが横暴だ。その権力で情報を搾り取り、自分の都合で決断する。真実なんてどうでも良い。権力者にとって都合の良い様に解釈し、公表するんだ。
私や女達にとって、敵の一つである権力の頂点がここにいる。その重圧を受けて私の体はぶるぶる震えた。
ランバートから見て、キアラが蝙蝠女である可能性は高かった。何より女達を助けようとする意思が最も高い娘だ。女達を見捨て続けた権力者との対峙は、怒りか恐怖か、いずれにせよこの震え方では正しい判断が出来なくなっているのが明らかだった。いつかコーデリアが言った「キアラはあなたより大人だ」の意味が分かった。キアラは一人で問題に立ち向かい、判断し、解決しないといけない。協力してくれる者などいないのだ。自分にとっては父が防護壁となり、その壁の中で意見を述べ、行動の責任も父が緩和してくれる。まだ保護者に守られた子供なのだ。その自分から父への信頼をキアラにまで持ってもらいたいとは言えない。父がキアラを守る義務など無いからだ。だが、この国の問題を解決したいなら、王の協力を仰ぐ事は必要だった。とは言え、父はキアラの独自の判断を待っている。ここで自分がキアラに助言は出来ない…
どうしたら良いのか。思い出すのは涙を流すキアラの両手をフォーウッド子爵夫妻がさすってあげた事だ。思わず隣に座るキアラの手に自分の手を重ねた。
ランバートが手を重ねて来た。その瞬間にキアラは反射的に顔を上げた。涙が零れた。判断する材料が無いのに、自分一人で判断しないといけない重圧に体が震えた。でも、ランバートが手を重ねてきたのは、応援の様に感じた。だから、キアラは心を決めた。
相手が隠蔽型の人間なら、その人の言葉を信じる事も、その人に真実を告げる事も出来ないでしょう。だって何を隠しているのか分からないんだから。一方、相手が扇動型の人間なら、その人の言葉を信じる事も、その人に真実を告げる事も出来ないでしょう。その人の言葉は人を騙し、陥れる事に使われる道具なのだから。そういう訳で、私は信頼出来ますよ、と相手に信じさせる事は、時間がかかる事です。
明日も更新します。




