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2−9 聖女訪問

 聖女アグネスは一つには外国からの誘いを避ける為、一つには貴族からの誘いを避ける為、王家の斡旋で伯爵家の養女となっていた。アシュリー伯爵家が受け入れ先になった。正体不明の子爵家の養女が伯爵家の養女になった聖女様に接するにはしっかりした礼儀に基づく行動が必要だ。そういう意味でも正当な理由が無いと断れない面はあった。だからアメリア夫人は『王子に打ち上げる』という話をしてくれた。でも、結局会う事にした。港湾都市の臭いが残る彼女と会いたいという気持ちもあった。私はまだ社交界にデビューしていない子供だが、比較的上等なドレスを着て出かける事になった。


 フォーウッド子爵家とアシュリー伯爵家はそこまで距離はないのだが、貴族だから馬車での移動となった。あかり取りの窓を開けさせて貰って道程を見ていたら、多分裁縫工場から学校までの坂道より短い道程だった。


 アシュリー家に着くと、護衛の従者が手を取って降車を手助けしてくれた。侍女のヘイゼルを伴ってアシュリー家の侍従の案内で応接室に向かうと、部屋の奥の席にアグネスが座っていた。相変わらず後光が差している。


 こちらが入室するとアグネスが立ち上がった。伯爵令嬢を待たせるのも不味いと思い、テーブルを回って窓際を通り彼女に歩み寄ると、彼女も近づいて来た。

そうして彼女は私に抱きついて来た。私達は夜の間は同士だったかも知れないが、ここまで親密な友情を誓った仲では無かった筈だが…


 彼女が私の耳たぶの前の顎の骨の付け根近くに口づけた。だから、女を誘惑してどうするんだよ聖女。誘惑されそうだよもう。等と無駄な事を思っていたら、彼女が小声で呟いた。

「それで、どこまで情報を明らかにしたのですか?私も話を合わせます」

びくっと体が硬直した。つまり親密なフリをして内緒話をしようと言うのだ。狡猾だよこの娘。

「私が何故あなたが分かるのか不思議ですか?」

そりゃそうだよ。フード付きの外套で上半身を隠していたのだから、体つきで一目で判別出来るとは思えない。

「あなたに私が分かる様に、私にもあなたが分かるのです」

何だって~!この娘みたいに光輝いて見えるのか!?そりゃ夜ほど良く分かるよ。しかし美少女が輝くのはらしくて良いが、貧相な女が光るのは身分不相応だ。辛い。


「私には徳の高い方が朧げに光って見えますが、あなた程輝いて見える方はいらっしゃいません。大司教様ですらあなた程には輝きません」

それは不味い、そんな事が知れたら私は大聖堂に消されないか?

「聖女等とは呼ばれても、主は私に何をすべきか教えて下さらない。そんな私に道を示して下さったあなたは、私にとっては御使いなのです」

すいません、只の蝙蝠の中の一匹です。多分上司にとっては。

「徳の高い方、修行を積んだ方には私達の光も見える様です。イライザもそれが見える一人でした。多分修道院長も」

あの修道院長にも見えるとしたら、あんな棘のある言葉を使った意味が分かった。

『何でイライザを助けてくれなかったのか』

そう言いたかったのだ。罪を知り、糾弾の意思のある人間の存在に、ガタガタと体が震えて止まらなくなった。そう、もっとよく考えて行動しなかったから、イライザは殺されたんだ。私の考えなしの行動の所為で。


 そんな震え続ける私を、アグネスが強く抱きしめた。

「後悔なさらないで下さい。イライザはこれで願いが叶ったと言っていたんです。つまり、神の教えに背いたまま生き続けずに済んだと」

何でだよ!私も死にたくないが、あの捕らえられた工場労働者達も死にたくなかった。だからってイライザが犠牲になる必要なんて無かった筈だ。それが私達の上司が示す私の道だと言うのか。いくつもの死体を踏み越えて進む道が…


 あまりの辛さに涙が流れた。工場労働者達を気遣う優しいイライザが死んでもう一人しか私達を気遣う者はいない。そのアグネスを通して上司は言うんだ。欲望と利益と権力を貪る者達に立ち向かい、女達を守れと。どれだけ犠牲が出ても。


ぶるぶる震える私の頬を流れる涙に、アグネスが頬を付けた。

何が言いたいのか分かる。

私の涙は彼女の涙だと。

それでも尚、前に進めと言う。

そう、イライザの言葉をアグネスに伝えさせたのも私達の上司の意思だ。

イライザも私が前に進むのを望んでいると…


「私の二人の聖女に揃って背を押されたら、頑張らないといけないね…」

アグネスが私の頬から顔を離した。

「イライザを聖女と呼んで下さるのですね…彼女も喜びます」

「もちろんだよ。命をかけても私達を守ろうとしたのは、イライザとアグネスと、10年前の修道院長だけなんだから」

アグネスはまた私を抱く腕に力を込めた。

その意味は私には分からなかった。


(あなたも体を張って女達を守っているじゃないですか)


「ありがとう。覚悟が出来た」

「御使い様のお力になれたなら幸いです」

「御使いなんかじゃないんだ。ただの人間なんだ。だから、キアラとだけ呼んで欲しい」

「はい。では私の事もアグネスと呼んで下さい」

そうして二人は笑い合った。同士とは思っていても、表だって友人として話す事は今まで出来なかった。でも今日からは違う。

「彼女の為にお祈りがしたい。どこに行ったら相応しいと思う?」

「大司教様にお話して場所を用意して頂きましょう」

「いや、その、大司教は味方だと思う?」

「あなたの輝きが見える方でしょう。それで主に背けるとは思えません」

…大きい話になってしまうが、出来れば立派な場所で彼女の冥福を祈りたい。

「じゃあ、お願いするよ」

「はい、お任せ下さい」


 その二人の姿を両家の侍女だけが見ていた。二人の少女の聖属性の輝きも二人の交わす思いも、侍女達には見る事も聞こえる事もなかったが、窓から差し込む光が二人を包み、それはまるで絵画の様に見えたと言う。

 文法的には、段落中の文は続けて書くべきなのでしょうが、詩の様に一文ずつ並べたほうが良い気がして、そこだけそうしました。見づらかったらすみません。


 明日はお休みして原稿を書き溜める予定です。日曜にクリスティン、月曜に本作の続きを投稿します。

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