1−2 調査チーム
港湾都市の高級宿の前に馬車が二台止まった。金髪碧眼のいかにも育ちの良さそうな騎士の青年と、それより少し年長の茶髪の女性、騎士というより従士または一般兵らしき黒髪の長身の男性、胸に太陽と大地の契約のマークを付けた、つまり宗教関係者であるらしき中年男性が降り立った。後続の馬車からはもう一人若いが逞しい騎士が降りた後で下働きらしい青年達が荷物を降ろしていた。
茶髪の女性が言った。
「ダリル、宿の受付と話をして、部屋の場所を聞いておいて」
長身の青年が頷いて、宿の入り口に入って行った。女性は今度は金髪の騎士の青年に向かって言った。
「とりあえず代官に到着の連絡をしないとね、手配をしてくれる?坊や」
「さっそく偽装かよ。楽しんでないか?」
「王都では皆が身元を隠す様に諭したでしょ。理解してくれないならこれから一言も喋らせないわよ」
「はいはい。下っ端らしく先触れを書くよ」
「良い子ね」
そうして、代官館に王命により王都から派遣された調査官の到着が伝えられた。下働きの男は一人、宿の裏に消えた。女性はもう一人の騎士に話かけた。
「何か気配はある?ジム」
「何とも言えんな。視線は感じる。こういうのを探らせる為に隠密が付いて来ている。そちらに任せよう」
宗教関係者らしき中年男が口を開いた。
「異能の気配はあるのか?コーデリア」
「人込みの中にはそういう気配はないわ。エイブの方こそ聖魔法の気配は感じない?」
「私は気配を察するのは苦手でね。日々簡単な治療しか出来んよ」
「まあ、何か感じたら教えて頂戴」
港湾都市の新しい代官、スティーブ・シールの前に王都から派遣された調査チームが訪れた。
「聖女殺害未遂事件を繊維工場の女性労働者の観点から調査する、か…」
スティーブも上司であるスペンサー侯爵から聖女殺害未遂事件が人身売買情報の口封じである事を知らされていたが、そちらの調査より国策である繊維工場経営の方を優先する様に言われている。人身売買絡みの調査はしていなかった。
「はい。同じ女性の方が調査に適していると、調査チームの長のご指名を受けました」
名簿ではコーデリア・チェルニーと書かれている女が答えた。だが、調査隊などというのは往々にして裏の調査官が偽名で参加しているものだ。代官はこの連中を一切信用しない事にした。
「調査については繊維工場内に止まると考えて良いのか?」
「女性修道院の聞き取りも行いたいと考えます」
「前もって日程を出してくれ。この領地の宗教関係者を纏める聖堂に連絡せねばならん」
「了解致しました。一先ず工場内部の聞き取りを明日からさせて頂きたいのですが」
「まだまだゴタゴタしているので整理整頓は期待しないでくれ。人の動きがギクシャクしているのも隠すところがあるのでなく、皆、不慣れな為と考えて欲しい」
「理解しております」
一先ず理解して貰えたのは代官にとっては幸いだった。調査チームは魔法関係の専門家だという女と聖魔法使いの男の他に、二人の若い騎士と槍持ちが付いている。つまり、新代官すら信用せず護衛を固めているのだから。
「繊維工場は三工程に別れている。紡績工場、機織り工場、裁縫工場だ。どこから調査を始めるのか?」
「出来ましたら裁縫工場から。比較的に教養のある者が裁縫工場に多いと噂を聞いておりますので」
「農村出身の力仕事しか出来ない様な女には聞く事が無いと言う事か?」
「そうは言いませんが、同じ事を見ても語彙のある者の方が説明が正確だと考えるのです」
毎日多数の人間に聞き取りをすると、終盤はやっつけ仕事になるものだから、最初に実りのある事を言いそうな者から聞こうというのか。それはそれで有用なやり方だろうと代官は思った。
「分かった。その旨、裁縫工場に伝えておこう。朝から聞き取りを始めるのか?」
「朝の9時に工場に入ろうと思います。そこから準備時間を挟んで始めたいと思います」
「分かった。9時過ぎから聞き取りの為に順次労働者を呼び出す様に手配しておく」
「ありがとうございます」
一方、能力を回復したキアラは、自分の能力の状況を確認したかった。夢を見た朝の次の晩、寮母室で燭台につけてもらったロウソクを持ちながら寮の自分の部屋に入ったキアラは、窓を開け飛び降りた。小走りで工場敷地内の林に入り、木のまばらな場所で昨夜に展開した空気の翼を広げてみた。
(問題なく羽ばたける…)
空気の翼は使い慣れた蝙蝠の翼より柔軟性がある。大きくも出来るし小さくも出来る。小さければ飛べないだろうけれど。
(いつも通りに飛び立ってみるか)
大きく右足を蹴って、その勢いの上に翼の羽ばたきで速度を加える。翼に流れる風の速度が前へ、上へ進む力を与える。
(帰って来たんだ、この夜空へ)
冷たい冬の夜風を体を空気の保護膜で覆って防ぐ。これでばたつく服が抵抗となって速度が上がらないという事も無い。かつて黒い翼で飛んだ様に、この風の翼で西へ巡行して行く。もう降り立つつもりの無かった大岩が見える。羽ばたきを抑えて岩の上にゆっくりと近づく。
冷え切った岩肌で体温が下がるをを避ける為に、風魔法で岩の上に空気の膜を作ってその上に降りる。眼下には年末よりも少ない明かりが見える。領主と代官の交代が街を訪れる人間の流れを阻害しているのか、それとも冬のこの季節は海運が減るせいなのだろうか。そこで小さな羽ばたき音がした。二匹の蝙蝠が飛んで来て口を開く。愛想笑いのつもりなのだろうか。そしてわざわざ空気の膜の上に降りる。私のやり方をよくわかっているこの二匹は、きっと以前から私の世話係だったのだろう。翼を畳んで岩の上に立つ二匹の蝙蝠ごと、自分も囲む三角の天幕を空気で作り風を遮断する。
二匹の蝙蝠はじっと私を見つめる。私が動かなければこいつらは私をどこかに連れて行くのだろう。そんな名乗りもしない上司からの任務より、今は気になる事がある。だから身を隠す外套が必要だ。空気の天幕を霧散させ、翼を広げて大岩の下に広がる港湾都市へと飛び立った。
明日はもう一つの連載、第三王子調査隊の更新をします。こちらの更新は木曜になります。