2−6 フォーウッド家
フォーウッド家の馬車は質素なものだった。もちろん貴族用の馬車なのだから最低限の装飾はあるが、華美ではなかった。その代わり、揺れる際に馬車のきしむ音が少なかった。作りが良いのだろう。
フォーウッド子爵が口を開いた。
「フォーウッド家は貴族と言っても大貴族ではないからあまり贅沢はさせられないが、貴族子女として恥ずかしくない教育はする予定だ。出来る範囲で真面目に教育に取り組んで欲しい」
「ありがとうございます。工場に入る際の契約に従い、3カ月教育を受けただけなので初歩的な事から始めないといけないのですが、また教育を受けられるのは有難いです。是非お願いします」
そのやりとりが夫人は気に入らなかったらしく、口を挟んだ。
「いきなり教育の話なんて、そういう事は段々進めれば良いでしょう?一先ずなるべく一緒にお茶を飲みながら、色々なお話をしましょう?まず家に慣れる事から始めないとね」
「ありがとうございます。田舎者なので作法が分かりません。すこしずつ教えて頂ければと思います」
「なるべく音を立てない様にすれば、後はお茶の味と会話を楽しめば良いのよ。外の人とのお茶会の作法については、ゆっくり身に付けてもらえば良いからね」
「はい」
私自身はまだ応対が固いと自覚しているが、夫人は穏やかに微笑んで受け入れてくれている。これも何とかしないといけないのだろうが、貴族の礼儀としてどこまで距離を縮めれば良いのかは教えて貰わないと分からない。
フォーウッド家のタウンハウスは、貴族街の大きな建物が減った先にあった。つまり、下位貴族では上位貴族のタウンハウス寄りにあるという事だろう。
異能者を受け入れる貴族はどの様な基準で選んでいるのか分からない。夫人は温厚な人に見えるが。
馬車から降りると、扉の前で両側に5人ずつ、合計10人が出迎え、一斉に頭を下げた。非常にやりにくい。高齢の男性が子爵に話しかける。
「お食事は如何致しますか?」
子爵は私に向かって確認した。
「昼食は遅めにしようか?まだ落ち着かないだろう?」
お気遣いは嬉しいが、そもそも最下層の労働者は昼が無いのが普通だ。
「その、恥ずかしい話なのですが、労働者は昼は無いか、あっても軽いものです。また、朝食も今日は多かったので、お昼は例えば野菜だけで良いという感じです。遠慮をしている訳ではありません」
子爵には良く分かる話だった様だが、夫人には理解出来ない話だったらしい。
「本当に良いの?遠慮は必要ないのよ?」
「ええ。ご心配をおかけして申し訳ありません。貧農では昼食が無く、工場労働者もビスケット程度の昼だったんです」
子爵がキアラの話を受けた。
「アメリアはこう見えてお嬢様育ちなので、悪く思わんでくれ。ただ、昼にアメリアが一人で昼食だと寂しがるから、付き合ってあげて欲しいんだ」
「あなた、この齢の女にお嬢様なんて、また恥ずかしい言い方を…」
「ははは、愛妻は何時まで経ってもご令嬢に見えるんだよ」
…貴族の夫婦というのはこういうものなのだろうか。祖父、父に何一つ言い返す事の無かった母を思いだす。
「そういう事だから、少し経ったら昼食に呼ぶから、つきあってくれ。スープと野菜を少しにしておくから」
「はい。お願いします」
一度部屋に連れて行かれる。中年の侍従が先導し、若い侍女が私の後ろを歩く。
「こちらのお部屋をお使いください。ご要望についてはこのヘイゼルがお付きの侍女になりますので、何なりとお申し付けください」
「ヘイゼル・フェインと申します。よろしくお願いします」
貴族子女となるとメイドどころか侍女にも同等扱いが出来ないと聞いた事がある。仕方なく頭だけ下げる。
侍従が下がった後に、ヘイゼルが話しかけてくる。
「お召し物は如何いたしましょうか。昼食の席には今のお召し物はいささか勿体ないと思われます」
そりゃそうだ。お城で頂いた服を汚したら大問題だろう。
「ごめんなさい、養女になったばかりで礼儀その他が全く分からないの。話し方一つもね。だから服はアドバイスに従います。その他、話し方がおかしければ言って欲しいの」
「礼儀作法については先生が付く予定ですので、それまでは問題視しないと伺っております。ですので、特に私には配慮は不要で、思い通りのお話をしていただければ幸いです。それでは、お召し物は選ばせて頂きます」
そうして濃い色のドレスを選んでくれた。シミとなる事が無いように。ありがたい。
昼食の席では食事の話になった。
「何か食べられないものはある?しばらくそういう物は具材から除くから言って頂戴」
「東部の方の産物なら食べられると思います。でもその他の地域の物は食べてみないと分かりません」
「後、南の方だと魚介を食べるけれど、王都ではあまり入手出来ないの。そういう物が欲しければ、領地に行った時に用意しておくわ」
「たまに工場のスープに魚介が入っていたと思いますが、本格的な料理は食べていないので、そういう機会があれば是非お願いします」
ここで子爵が割り込んだ。
「肉類は暫くよく煮込んだ料理の方が良いかな?」
「そうですね。ただ、礼儀作法が分からないので、出来れば身に付くまでは簡単な料理が良いのではないでしょうか」
「作法は暫く気にしないで良いのよ」
「はい。でも、目に余る点は早めにご指摘をお願いします」
「ううん、大丈夫よ。あなたの所作は充分丁寧だから、正式な訪問などでなければ大丈夫よ」
「そうですか、良かったです」
「今日の午後はどうする?お話をしたいとは思うんだけど、慣れない家だから一先ず休憩をした方が良いかしら?」
「すいません、少し休ませて頂けるとありがたいです。お城のベッドが柔らかすぎて、熟睡出来なかったのです」
「あら、それではメイドをやって布を少し敷きましょう」
「お願いします」
キアラが席を外した後、夫妻は心配そうな顔をした。
「まだまだ固い様ね。どうしたら解れてくれるかしら…」
「貴族家での振舞いが分からない不安はあるだろう。早めに礼儀作法を教えてあげて、自信を持って席に付ける様にしてあげよう」
「嫁に出した娘達があの頃なんて我儘放題だったからね。もっとリラックスして欲しいんだけど」
「まあ、娘達程だと他所を訪問する時に心配だったからそこまで奔放なのもどうかと思うがね。見るからに賢い娘だから、せめて肩の力は抜ける様にしてあげたいものだな」
どこで3章にするか決めてなかった…
明日も更新します。