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2−5 養子縁組

 朝は目が覚めている時にノックがあった。

「どうぞ」

と答えると昨日とは違う侍女がやって来た。朝食はこれまた主菜があった。今日はお腹が重くて動けないかもしれない…食事後には間もなく入浴となる、と言われて言外にトイレ休憩を告げられた。まあ養父母になる人達に少しでも見栄えを良くして会わせてやろうという心遣いだ。有難く体を洗われる。


 そうして薄い色のドレスを着せられる。多分貴族としては質素なのだろうが、何せ中身が貧相この上ない。このくらいでないとバランスが取れない。多分、これでもバランスは取れていないだろうが。せめて養父母と会う時は締まった顔をしよう。


入浴後にコーデリアがやって来た。

「あら、見違えたじゃない」

「ありがとう」

察するに養父母と会う前にご機嫌を取って、気持ちよく養子縁組されてくれ、という事だろう。また、つまり港湾都市の平民用古着は王都の人間からすれば垢ぬけない服なんだろう…生家ではもっと酷い服を着ていたし、工場労働者の服装だっておしゃれとは言い難い。


 最底辺を生きて来た事を痛感させられるし、そんな最底辺をこの女性も意識せずに見下げているのではないか。服が代わっただけで『見違える』である。工場労働者の人権をこの女性ですら認めているのか分からない。

「あなた、または子爵夫妻に異議が無ければ、このまま養家で数日過ごしてもらうわ。落ち着いた後で能力について話を聞き、育成計画を立てるから、しばらくはゆっくりしていて」

…港湾都市では工場労働者あがりの街娼達の炊き出しには好意的だったこの女性も、王都に来ればもう優先順位はずっと下なのか。当事者と、現場から離れた都市住人とでは興味の対象が違い過ぎる。遠くの町での他人の命なんて自分の給料に比べればどうでもいい事なのは仕方がないのかもしれないが。私もこの王都の暮らしで忘れて行くのか…そんな筈は無いだろう。我らの上司は蝙蝠使いが荒い奴だ。また私に体を張った仕事を要求してくるだろう…今はそんな上司の方が好ましい。


「そろそろ、移動をお願いします」

侍従が入って来て告げた。今日の侍女、コーデリアそして私を引き連れた侍従は豪華な応接室に入った。正面のテーブルにランバート王子と老夫婦、その隣のテーブルにも老年に入ろうかという夫婦が座っていた。コーデリアと侍女、侍従は壁際に控えると、ランバートは告げた。

「進行役は私、第三王子ランバートが勤め、キャベンディッシュ公爵夫妻が立会人を務める。キアラ、そちらに座るのがフォーウッド子爵夫妻だ。その隣に座れ」

フォーウッド子爵夫妻は穏やかに微笑んでいるが、体内には緊張があった。騎士達の動きの前に見える様な、隠れた力を少し感じる。この年齢の貴族夫妻に迷惑をかけてしまい申し訳がない。せめて従順に振舞おう。


テーブルの前で頭を下げる。

「キアラと申します。よろしくお願いします」

夫妻は立ち上がり、男性の方が口を開いた。

「私がバージル、フォーウッド家の当主だ。こちらが妻のアメリア、君が家に来てくれるなら、妻が君の話を聞く事になるだろう」

「よろしくね」

実母より年上に見える。


 迷惑をかけたくないのだが、ここで実家を捨てて良いのか、急に不安になった。そして思い出す。祖父は私と話す事は無かった。どうせ家から出すのだから交流をする必要を認めなかったのだろう。母は私が出発する前の日の晩に麻布で作ったフィンガーレスの手袋をくれた。冬の夜に眠る時に使う様にと言われた。そして出発の朝は見送りには出てこなかった。父は私を商人に引き渡すと、振り向きもせずに家に帰って行った…思い返せば、健康で過ごせとか、終わったら帰ってこいなどの言葉は無かった。つまり、あの日に私は家から捨てられたんだ。


 もう港湾都市で餓死する未来しか無かったから、そんな事は思い出す事も無かった。しかし、ここに来てまた私には選択肢が無い事が分かった。もう甘える相手はいない。私の責任で養父母に迷惑をかけない様に生きていくしか無かった。目頭が熱くなり、嗚咽が出そうになった。それを必死に歯を食いしばって食い止める。


 当面の死の恐怖から逃げ出せば、今度は逃げ帰る場所も無い事に気づく。何てこの世は私達、貧乏な家に生まれた女に厳しく出来ているのだろう…顔をくしゃくしゃにしても、涙を止める事は出来なかった。工場あがりの女達を助けたいと思った。でも私も何も出来ない、行く場所すら選べない無力な人間だった。体を震わせながら立ち尽くし、涙を流す私の左手にフォーウッド子爵が手を重ね、子爵夫人が私の右手に手を重ねた。

「ごめんなさい。嫌な訳じゃないんです」

夫妻はただ手をさすってくれた。


 その後に落ち着いた私を座らせて、フォーウッド子爵は養子縁組の書類にサインしてくれた。この夫妻は少なくとも私を人として認めてくれる様だ。せめて迷惑をかけない様に、多分進められると思われる躾け、教育は真面目にやろうと思った。


 そんなキアラとフォーウッド子爵夫妻が部屋を退出した後、機嫌が悪そうなランバートにコーデリアが声をかけた。

「何かご不満そうですが、私で良ければお話を伺いますが?」

ランバートは少し戸惑った後、本音らしき事を告げた。

「普段は態度が悪い癖に、何かあるとピーピー泣きやがる。子供かよ」

コーデリアは半目になって告げた。

「坊やには分からない事があるのよ。彼女は今のあなたよりずっと大人よ。少なくとも今日、彼女は自分が大人にならないといけない事を悟ったのだから」

ランバートはコーデリアを睨んだが、コーデリアは涼しい顔で退出して行った。

(コーデリアには分かって、俺には分からない、それは俺が子供だからって言うのか!?)

家を出て、大人にならざるを得ない事を経験したコーデリアと、未だ親の庇護の下にあるランバートでは、今日のキアラを見て思う事が違うのだ。

 明日はお休みします。日曜にはクリスティンの更新、こちらは月曜に更新します。

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― 新着の感想 ―
心情描写もすごいですね。 戦わざるをえないキアラもですが、コーデリアという配置も素晴らしい。
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