2−2 王領
騎士団の馬車が良い馬車なのか、道路の整備が進んでいるのか、道程は比較的快適だった。港湾都市に来る時の荷馬車はそれこそ荷馬車で、床にしゃがんでずっと過ごしたから疲れ果てたものだった。朝一で港湾都市を出た馬車は、標準速度で進んだために予定通り王領への中間地で一泊する事になった。騎士団の建物で高級士官用の部屋に、キアラとコーデリアが一緒に眠る事になった。
「あなたを警戒している訳じゃなくて、乱入者が居た場合に備えて同室になっていると考えて」
キアラはこくんと頷いた。
「明日の夜には王領に着くから、一泊して長距離馬車に乗り換えて王都へ出発する予定よ。私達の優先任務は異能者の王都への移送だから、不測のトラブルを避ける為に、途中の宿泊地での外出は出来ないと考えて」
そもそもこのチーム自体が暗殺の危険があるんだから、土地勘の無い町でうろうろするのは危険だろう。巻き込まれるのも嫌なのでただただ頷く。
「王都ではあなたは保護され、異能関係の調査と、分かる範囲での育成が行われる予定よ。また、港湾都市の裏側の情報については分かる範囲で調査を受けるから、言いたい事は考えておいて」
そう、王都へ異能者として移動させられるのは良い。そういう者として保護または拘束されるのも、それで食べていけるなら歓迎すべきだ。それより、私の持つ情報で港湾都市の女性労働者の待遇を改善してもらえる様にする、それが私にとっての優先事項だ。ただ『酷い目に遭っているので改善して欲しい』では、はいそうですかと聞き流されて終わりだ。道義的責任に目を瞑っても、実利があるならそれが優先される。それが現実世界だ。私だとて、宗教家のお説教に現実味など持たなかった。ただ、私達の現状を改善する為の根拠として、宗教的道徳を持ち出しているだけだ。
皆、実利を優先して生きている。かつて貴族達はひたすら広い土地を求めた。そこからの収穫が唯一の利益だからだ。今、貴族や商人はひたすらお金を求める。お金で全て買う事が出来るからだ。農家が窮乏しているのは、作物に一番の価値が無くなり、お金で買い叩かれる様になったからだ。南の国から輸入される様な希少な品は高価に取り扱われ、作物やら繊維製品の様な希少でないものは廉価に扱われる。希少性には地域性も係わる。雑貨屋の主人が言ったように、工業品は、それが多くある都市部では希少性が低いので安価で、地方では希少性が高くなり高価になる。それで工業品に対して作物の価値が低くなる。一方で多くの市民が食事を求める都市では食物の価値は高い。その辺りを利用すれば農家の窮乏は緩和される筈なんだが。そうすれば女を都市に送り込む必要もなくなり、供給を絶たれた工場・マフィアは女の浪費を控える事になるだろう。
二日目の旅程も問題無かった。日中堂々とこのチームを襲う事は憚れるらしい。そういえば港湾都市でも夜しか襲撃を行わなかった。ただし、マフィアがその気なら人の目の無い田舎道なら襲撃は可能な筈だが。まあ、マフィアなら縄張りから遠く離れる事を嫌うだろう。
そうなると襲撃の黒幕は人身売買に係わり、港湾都市の裏への影響力が強い者なのだろうか。いずれにせよ王領は多分安全だろう。王家はこの調査チームの上司なのだから。王領の騎士団駐屯地に着くと、槍使いの黒髪の男、ダリルが私に付き、メイドらしき女と共に私を部屋に案内した。コーデリアと他の調査チームの人間は騎士団への報告があるのだろう。
王領の騎士団司令官のコリン・ボーレットが調査チームに対して口を開いた。
「第一報は王都へ早馬を走らせております。調査の進展はいかがでしたか?」
若い騎士、バートが口を開いた。
「報告通り、女性労働者の中に異能者を見つけた。本人は体を鍛えた事は無いと言っているが、王家の隠密から逃れて見せ、手練れの殺し屋を倒す強化魔法の使い手と思われる。一先ずこの女の保護・移送を優先する」
コーデリアが補足した。
「当人は港湾都市の裏事情にも通じており、蝙蝠女の可能性も高いと思われます。女性労働者達の救済に強い意欲を持っており、それも蝙蝠女の告発内容と一致します。まず王都の環境に慣れさせてから、徐々に聞き取りを行う方が良いと思われます」
バートは眉間に皺を寄せた。
「あまり時間をかける余裕は無いと思うが」
コーデリアはしれっと言った。
「彼女がまだ心を開いておりません。我々が彼女の敵でないという心情になるには時間がかかると思います」
あんたが酷い事をするからよ、と言外に告げた。
バートは青筋を立てたが、話題を変えた。
「我々は二度襲撃を受けたが、港湾警察の監視によれば、新代官は動いていない。まだ元ポートランド伯爵あるいは人身売買組織の人間が港湾都市に出入りしているか確認出来るか?」
「王都から手配されて来た潜入調査チームから実のある情報はありません。マフィアに対する潜入が出来ておりませんので。結束が強い様です」
「結束が強いという事は、現在のマフィアの実入りが良いという事だろうな」
「実入りが良ければ、逃げ出す者が少なく、新入りが必要なくなりますからね」
「街娼の上前をはねているのだから、支出が少なければ経済的な問題はないだろうな」
「賭場はいくつかありますが、彼らの組織のものですから、大っぴらに遊ぶ事も出来ないでしょうね。マフィアの規律は厳しいですからね」
「このまま調査は継続してくれ。個人的な暗殺にせよ、人身売買組織の隠蔽工作にせよ、裏の動きを放置出来ない」
「分かりました。調査を続けさせます」
何百人の餓死者は国の脅威になりませんが、突出した異能は国の脅威になる可能性があるため、権力者側の興味はこうなります、と書きたかったのですが。明日も更新します。




