1−11 炊き出し
騎士の男は続けた。
「問題はどこにそれを頼むかだが…」
キアラとしては頼むところは一つだと思っていた。
「都市住民は全員、工場あがりの女達を蔑んでいるから全部横領されると思うよ。だから頼めるのは女子修道院しか無いと思う」
女性が口を開いた。
「それは修道院なら普通はやってくれるけど、ここの修道院はどうなの?聖堂と同類と聞いているけど」
「修道院長なら人選をしてくれると思う。口は悪いけど修道院の女達を守って来た筈だから、きっと力になってくれると思う」
「…代官に一声かけた方が良いだろう。奴も代わったばかりだから何も知らんだろうが、話を聞かせた以上、妨害はしないだろう。お前は今日はコーデリアと服を買いに行き、その後は宿から出るな。炊き出しはこちらでする」
「分かったけど、炊き出しは明日にでもして欲しい。私も手伝うから」
「我々は異能者の保護に来た。それに協力するなら希望に沿う様にするが、自身を危険に晒す愚に気付かぬ馬鹿なら」
そこで女性が言葉を遮った。
「バート、大切な事だから、手伝いたいの。人の気持ちをちょっとは理解しなさい」
騎士の男は顔をはっきりと歪めたが、自制心が働いたらしい。
「分かった。明日準備が出来るなら手伝っても良い。だが、明後日の朝には出発する」
「準備が出来なかったら仕方がないから従うよ」
女性がキアラの肩に手を置いた。彼女は女性労働者達を見殺しにする事には内心反対だったのだろう。
港湾都市の宿場街に着いた馬車は、騎士二人を降ろしてそのまま商店街に向かった。とりあえず古着屋で服と外套がキアラに買い与えられた。キアラが寄った事がある安物の店ではなく、普通の市民向けのまだ綺麗な古着を扱う店だった。
「雑貨屋に寄りたいんだけど」
「何か買いたいの?」
「何も持ってないけど、少ししか使っていないロウソクを売っておきたい」
何かの時に換金する為に持っていたが、これから馬車の旅で荷物は少ない方が良い。売っておこうと思ったんだ。古物商で十本ずつ出して、百本ある事を示すが…
「銅貨1枚だね」
流石にコーデリアが声を上げた。
「売るのは止めましょう。私が銅貨5枚で買うから」
「おいおい、商売の邪魔をするなよ」
キアラとしては今更この街の人間の工場労働者に対する冷たさに絶望などしなかったが。
「村に売りに来る商人は、5本で銅貨1枚で売っていたんだよ…」
これには古物商も声を上げた。
「このあたりじゃあ二十本で銅貨1枚、あ…」
コーデリアも溜息を吐いた。
「行きましょう」
(なるほど、都市住民の全てがこんな感じなのか)
実態を知ったコーデリアは肩を落とすキアラの肩に手を置いた。
夕方に戻って来た騎士の一人、ジミーは代官と修道院とは話がついたと報告してきた。
「修道院長は修道女四人を朝一番に派遣してくれると言った。代官には毎週、炊き出し用の麦を用意してくれる様に依頼した。明日の炊き出しは廃屋の中のマシな竈で麦粥を作る予定だ」
「ありがとうございます」
話が早くて良かった、とキアラも喜んだ。
翌日の朝、廃屋に済む女達に一声かけて、屋外にある崩れかけた竈を金属の台を乗せて金属鍋を置ける様にし、麦粥を作った。火力が逃げるが、地面に浅い穴を掘った上に木を渡して鍋を釣りさげて更に二つ鍋を用意した。木の器を用意して、それを今後廃屋に置かせてもらう様、住みついた女達に許可をもらった。そもそも廃屋は所有者無きものだった。
キアラは使用済みの器を洗う仕事をやろうとしたが、修道女に止められた。
「それはやりますから、粥を渡す仕事をお願いします」
仕事は修道女に依頼したものを手伝っているだけだから、キアラは修道女に従った。
「はい、熱いので気を付けてください。少なくてすみません」
「温かいものを貰えるだけでありがたいよ」
二十人ほどの女達が集まって来た。既に十人以上が亡くなっているんだろう。
涙を零しながら器を渡すキアラに女達は温かい言葉をくれた。
「あんたが泣く事は無いよ。何とか生き延びるから、安心してくれ」
「はい…」
女達の体調は触診するまでも無かった。全員の内臓が弱り切っていたし、あかぎれもしもやけも持っていた。感染症持ちもいた。キアラは器を渡す時に少しでも治る様に、ささやかな聖魔法をかけ続けた。これだけ近づけば、接触しなくても効果はある筈だ。それはコーデリアの目に留まった。
(この娘、これだけの人数に魔法をかけてる?)
普通の聖魔法師なら一日五人が良いところで、聖女でも十人位が限度と言われている。コーデリアの魔法感受性では細かい効果までは分からなかったが、これが聖魔法だとすると、キアラは聖女を超える奇跡の存在だった。修道女達もキアラの事を優しい眼差しで見ていた。
マフィアが来ない様に調査チームの騎士と槍使いは近くで護衛をしてくれた。泣きながら器を渡すキアラに若い騎士、バートはいらついていたが、何やらこの場に廃屋やら街娼やら、餓死などというすさんだ空気が流れていない事を感じていた。
片付けを終えて辞去しようとする修道女達にキアラは深く頭を下げて謝意を告げた。
「本当にありがとうございました。今後はお手伝い出来ずに申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
修道女達も丁寧に返事をしてくれた。
「私達に大事な仕事を任せて頂き、本当にありがとうございます。道は違えど、主はあなたの事も私達の事も見守っていてくださいます。これからも思いのままにお進みください」
修道女達は四人共、キアラを軽く抱きしめてくれた。
(イライザともこんな風に触れ合えたら良かったのに…)
彼女も夜の間は丁寧に話してくれた。同じ道を歩けたら、年上の友人として進むべき道を示してくれただろうに。
修道女達は、キアラに温かい情を与えてくれたが、悲しい事を思い出させてもくれた。
ちょっと説明不足ですかね。町の人々は宗教的理由、淫売は罪、という関連で、体を売る商売を蔑んでいます。それは教会経由(この場合は港湾都市の聖堂)のさりげない宣伝・扇動の結果。修道女は信心から、あるいは世間に居場所が無くなって修道院に入った人達です。思いやりの心、或いは経験上身につまされるから街娼達を助ける事に協力的、という面もあります。
明日も更新します。明日から2章にする予定です。




