「心の闇」2
声がした。ダンジョンに入る前後に聞いた機械っぽいやつのでもない。第一の関門で嫌という程聞かされた、僕を馬鹿にした奴らの耳障りな声でもない。
「ねえ。おかしいと思うよね?」
これは―――“僕”自身の声だ。
「考えてみたらおかしいでしょ。どうして僕が死ななくちゃいけないのか。ねえ、僕って死ぬ必要ある?どうして僕だけがこんな目に遭わなきゃいけないんだ?割を食うにしても度が過ぎてるでしょ、どう考えてもさぁ。ふざけんじゃねーぞ」
さっきから僕の声で、ものすごく不満を垂れている。いや、これは不満というよりは………怒りだ。そして、憎しみの感情が込められてもいる。
「いつもいつも周りから馬鹿にされ、罵られ、虐げられる。特に探索者やってる時なんかは、同業者とギルドの人間にいびられる毎日だ。僕は奴らに何かしたか?何か悪いことしたか?嫌がらせや傷つけるようなことをしたか?何もしてなかっただろ!
それなのにあいつらはいつもいつも、何も悪くない僕を傷つけてくるんだ。僕が探索者として無能で弱いって理由だけで…!」
その通りだ……。奴らは弱い僕に手を差し伸べることも、温かく見守ることすらもしない。むしろその逆、心無い残酷な言葉をぶつけてきて、暴力まで振るいすらする。
みんな探索者の実力も才能も無い弱い僕が気にくわないらしい。だから僕をこの業界から排除しようとして、暴言と暴力をぶつけてくるのだろう。僕の心と身体がどれだけ傷つこうとお構いなしに。道楽で甚振ってくる奴らまでいる。
「普段の生活でも同じような扱いを受けているじゃないか。学校ではクラスメイトに虐められ、道行く一般人からも最低級だの底辺弱者だの、馬鹿の一つ覚えみたいに言われまくる。どいつもこいつも、僕をサンドバッグのように言葉で刺してくるんだ。世間は完全に、僕には何を言っても良いんだって風潮をつくりあげている…!僕だって酷いこと言われたりされたりしたら傷つく、普通の人間だってのに!
それを、あいつらは…っっ」
声を出すごとにもう一人の僕(?)の気持ちが、感情の高ぶりが強くなってる気がする
「そうだ……。どうせ死ぬならさぁ、一人で惨めにひっそり死ぬよりは、今まで俺を馬鹿にしてきた奴らの誰か一人くらい、一矢報いるだけでいいからさぁ。復讐してから死んだ方が良くないか?」
声を発している「僕」が、僕にそんな提案の言葉を投げかけてきた。
「たとえ敵わなくても、最期くらい存分にやり返してみたらどうだ?今まで受けてきた苦痛を目いっぱい返してやるんだ。そして奴らに思い知らせてやるんだ、僕が今までどれだけ酷い仕打ちを受けてきたか。俺が今までどんな思いをして傷つき、生きてきたか。一人でも多く、伝えてやるんだ…!」
やられたら、やり返す………相応に、あるいは倍以上にして。
「だけど、それじゃあまだ温い、不完全燃焼だ。
やられたらやり返す…!相応にとか倍とかの次元じゃない、潰すまでだ!」
僕の思ってることが、もう一人の僕にも伝わってるのか?
「どうせ死ぬなら最期は自分を虐げた者たちへの復讐を……って示唆したけどさ。《《僕》》はどうなんだ?そんなので本当に満足出来るの?」
………………。
さっきから気になってるんだけど。
君はいったい、何なんだ?
「僕は君だよ。霧雨咲哉だ。それ以外の何でもないよ」
“僕”って……。いや、もしかして、君が、『己の心の闇』か…?
「そう言えるね。“僕”は僕の中にある心の闇ってやつさ。だから“僕”が今まで言ったことも、君の本音の一つなんだよ」
あれが全部、僕の本音……僕の正直な気持ちだったのか。
じゃあ………僕がたった今抱いたこの気持ち、想いも―――
「そうだよ。それも僕がはじめから抱いていたものさ。僕自身がそれに気づいた時点で、答えはもう決まったも同然だ。
もう一度聞くよ、僕はそれで満足出来るの?」
………………。
満足なんて、出来るわけないじゃないか。
「うん」
“僕”も僕自身の一部なら、“僕”がこれまで言ったことも僕自身の本当の気持ちなんだ。そうだ、“僕”の言う通りだ。やられたのなら、潰れるまでやり返すべきだ…!
「まだだ!もっと聞かせてくれ!僕自身の言葉で…!」
感情のまま力を振るいたい。今まで理不尽を浴びせられまくった分、今度はこちらが一方的に蹂躙する側になりたい。人の努力を否定して馬鹿にしている奴らを死ぬほど後悔させて、己が犯した過ちを分からせてから、殺したい!
「はははははは…!そうこなくちゃ!安心していいよ、僕ならそれが可能だ。ここに来た時点で、もう約束されたようなものだから。
だから後は、その手をこっちに伸ばすだけで良い。
さあ―――――」
僕は、導かれるように手を伸ばした。これが誰かの声だったら、まだ躊躇ってたかもしれない。僕自身の声だから、迷うことなく差し出せるんだ―――!
「やったよ。これで僕は今日から―――――」
僕の中に、何か真っ黒いものが入り込んできた。孤独、怒り、嫉妬、恨みつらみ、卑屈……ありとあらゆる負の感情が混ざり込んだ黒が、瞬く間に僕の中を侵食していった。
だけど不思議と、不快感も恐怖も無かった。温かくて心地よい暗闇が、僕を包み込んで………同化して―――――
そして――――――――――
――――――――――――――――
第一の関門は、挑戦者自身の心の闇となる部分と向き合うことを強いられる。
これのクリア条件は、己の心の闇を克服すること。己の弱さを象徴する闇と向き合い、受け入れたうえで、克服することが、この関門の意義となっている。
受け入れた闇に屈し飲み込まれた者は、次の関門へ進むことが許されない。それどころか自我は完全に失い、闇と同化して消えて無くなってしまう。
この挑戦者は己の心の闇に完全に呑まれてしまった。もう帰ってくることはない。自我を失い、闇と一体化してこの空間を永久に漂うこととなる。
その、はず―――――――
おかしい。
これは、どういうことだ――――――!?
「お―――ぉおおおおお……ッ」
いったい、何が起きている――!?
「おおおおおおおおおおお!!」
今まで闇に呑まれた者は皆消えたというのに、こんなことは初めてだ―――!
「おオオオォオおオーーーーーっっ!!!」
霧雨咲哉―――きさまはいったい、なにもn――――――
「おオオオオオァああああああーーーーー!!!」
――身体がバチバチと鳴ってる気がする。スパーク現象ってやつ?とにかくバチバチに鳴って、弾けてるみたいだ。
「アァ………最高に良い気分だっ」
久々に自分が発した声を聞いた。さっきから力が溢れ続けて、気分も良い。
「はぁああああ………。あれ、そういえば……何か新しいスキルを手にしたんだった」
僕は意識を集中させて、自身のスキル一覧を確認する。
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固有スキル『卑屈症候群』
――以前の自分の劣悪で孤独で理不尽な人生を思い起こして、劣等感・嫉妬・憎悪といった負の感情を呼び起こし爆発させることで、パワーアップする。
卑屈になる程、劣等感を抱く程、他を妬む程強くなり、冷酷さや残虐さも増す。
負の感情をそのまま己の力に変換し、戦闘能力を爆増。
「何だ、この固有スキル……《《卑屈症候群》》…!?負の感情をそのまま己の力に変換?卑屈になり劣等感と嫉妬を抱く程強くなる、だって…!?しかも冷酷さと残虐さもより増すって………。
な、なんてブラックな固有スキルなんだ」
スキルは二種類存在する。一つは「汎用魔術」。身体能力の向上、怪我の治療、鑑定など、大半のスキルが当てはまる。魔術も汎用魔術に分類され、素質さえあれば修練で会得、戦闘経験でさらに強くすることができる。
そしてもう一つが「固有スキル」。個人によってそれぞれ異なるものとして発現される、言わばオンリーワンのスキル。生まれながらに得ている先天性と、今の僕みたいに生後から発現する後天性とがある。
まさか、汎用スキルを差し置いて、固有スキルが先に発現するとはね。上位ランカーの探索者は皆、固有スキルを有していて、それが無いと上位ランカーになるのは無理と言われるくらい、固有スキルには強力な力が秘められている。
「何だか分からないけど、凄い固有スキルだってのは分かる、かも。負の感情ってのはつまり……怒り、悲しみ、憎しみ、妬みとかだよな。それらを浮かべるだけで、僕は強くなれるのか……?」




