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53「お引越し」3


 「霧雨先輩はこうも言ってました――自分の受けた痛みや苦しみに対する報復をどこまでやるかは、他人が定義する権利も忖度する権利も、批難する権利も無い……と。

 先輩が放ったあの言葉に返す言葉なんて、私には何一つありません。建前だったとはいえ、私は先輩に酷いことを言ってしまった加害者側の人間でしたから……。

 そんな私が先輩に対しやり過ぎだ何だと言う資格なんて―――」


 気が付けばテーブルに水滴がいくつか落ちていた。それが自分の涙の滴であることを、頬に伝った涙で気付いた。


 「それを言ったら、わたくしも、同罪ですわ……。あの男から何か悪いこと言われたりされたわけではなかったのに、出会って早々に散々酷いことを言ってしまいました。そのせいで、とんでもないことに………っ」


 私にハンカチを差し出しながら後悔の言葉を述べる小恋乃さんの目には、同様の涙が滲んでいた。


 「辰男さんを死なせてしまった………。わたくしは彼が霧雨咲哉に対し暴言を吐いているのを止めるべきでしたのに、むしろ彼に同調してしまいましたの…!人の悪口を言うなど恥ずべき行為を、わたくしはどうして……っ」


 両手で顔を覆って、小さく嗚咽を漏らす小恋乃さんの背中を、私は優しくさすってあげた。




 お互い落ち着いたところで、私たちは改めて今後のことについて話し合った。小恋乃さんは霧雨先輩を殺人犯として被害届を出すことを告げた。


 「大事な仲間を一人殺したのは紛れもない事実。詩葉さんが駆けつけてくれたことで未遂にはなったものの、他の仲間たちも殺されていたかもしれないと考えると、さすがに野放しにはしていけない存在としか思えないわ。実際、私たちが離脱した後あの男は詩葉さんのライブ配信を使って、さらに多くの人たちを虐殺していたわけでしたし。

 詩葉さんには、申し訳ないですけど、わたくしはあの男が犯した罪が裁かれることを望みますわ」

 「小恋乃さん、私に気遣いは無用です。仮に小恋乃さんが許したとしても、公安は既に先輩を連続大量殺人犯として捕縛もしくはその場での抹殺をするべく動いているとのことですから。

 もう、私ではどうにもならないところまで来てしまっているので………」


 そう言って私は悲しげに笑った。

 本当に、私は何をやっているのだろう。アイドル配信活動を始めたのは、霧雨先輩の悪評を消す為だったのに。私がそれを増長させてしまっていたのだから、本末転倒もいいところだ。


 いったい何の為に、あんなことをやっていたのだろう。馬鹿みたい………。


 「詩葉さん、お聞きしたいことがあるのですけれど、いいかしら?」

 「え……はい、どうぞ」

 「あなた、配信活動を続けるつもりはまだありまして?」

 「え………」

 「何となくですけれど、さっきからアイドル配信者を続ける意味なんてもう無いとか、そんなことを考えてるようでしたので。違いまして?」

 「それは………はい。ちょうどそういうことを考えてました。凄いですね小恋乃さん。私の考えを当てるなんて」 

 「ふふっ、わたくしはあなたのことは大抵分かってるつもりですので。この場で今何を考えてるのか当てることも、何ら難しくありませんわ」


 そう言って小恋乃さんはいつもの調子で高笑いしてみせた。私だけでなく自分自身をも元気づけ鼓舞させる為の、空元気なのかもしれない。それでも今の私には、それが凄く救いになっていた。


 「で、どうなんですの?」

 「そうですね………正直このまま配信者は引退しても良いかなって、考えちゃってます」

 「そうですの。でしたら私に一つ提案がありますわ。今日はそのことを話す為でもありましたので」

 「提案、とは?」

 「詩葉さん、今後は私と………私たち“ミヤマキ”と一緒に探索者活動をやりませんか?」

 

 小恋乃さんの思いもよらない提案に私は目を見開いた。


 「本音を言うと、前からあなたと探索者活動をやりたいと考えておりましたの。アイドル配信が嫌ならもうやらなくて良い。その代わりに今後はあなたもミヤマキの一員となって共に探索活動をしていただければと考えてますの。

 返事は今すぐじゃなくて結構ですわ、今後の大事な将来の為、十分に考える時間は必要ですもの」

 「………分かりました。しばらく考えさせていただきます。こんな私を誘っていただき、ありがとうございます」


 とりあえず今はそう答えておくことにした。


 その後、小恋乃さんのおごりでコーヒーやこの店イチオシのデザートをごちそうしてもらった。彼女がおすすめするだけあって、とても美味しかった。

 昨日は何を食べても味が感じられず、喉も通らなかったけど、今日はどれも美味しく感じられた。






 アメリカ合衆国 テキサス州



 コンコンとノックの音から数秒後、ミニスカートスーツの女性が豪華ホテルのスイートルームのドアを丁寧に開けて、入室する。


 「ミスター長下部、お呼びでしょうか?」

 

 彼女の視線の先には、ベッドの隣に設えてある大きなソファに沈むようにもたれているバスローブ着の金髪の巨漢がいた。


 「なあ、レイハ。一つ聞きたいことがあるんだが」

 「なんでしょう」

 「殺人を犯した探索者を俺が殺したら、どうなる?それも、日本で」

 「それは……本気でしょうか」


 女性の問いに、金髪の巨漢は顔だけを振り返って、獰猛に笑った。彼女は首筋から汗が垂れるのを感じた。


 「………。ミスター長下部、あなたにはまだ、日本―アメリカ間での探索者犯罪の引き渡し条約が締結されていません」

 「………………」

 「あなたの国籍はアメリカでありますので、日本で殺人等の犯罪行為を行った場合、この国で裁かれることとなります。

 そしてミスター長下部程の地位と実力を持つお方であれば、政府との交渉次第では減刑の検討は大いにあり得るかと」

 「そうか。それは良かったぜ…!」


 グシャ!ルームサービスの果物パイナップルが、男の片手で潰された。


 「俺の弟が殺された。殺ったのは同じ探索者ギルド支部に所属してやがった探索者のガキらしいじゃねーか…っ」

 「ミスター長下部、その探索者に復讐をなさるおつもりですか?」

 「いーや?別にそいつのこと憎いとか思っちゃいねぇよ。むしろ、興味があんのさ。そいつは事件を起こすまでは、日本国ランキングですら圏外のカスだったんだろ?

 弟―――左仁さじんの奴がいくら俺の出涸らしとは言え、そんな底辺弱者に不覚をとるたァ思わねーな」


 一体どんな罠・搦め手を使って弟を殺したのか、金髪の巨漢―――長下部右月(うづき)は南関東支部の探索者ギルドを壊滅させた探索者…霧雨咲哉に対しひどく興味を示していた。


 「レイハ。俺ァ日本へ行くことにするぜ。今後のスケジュールはどうなってる?」

 「は、はい。ただいま確認してまいりますので、少々お待ちを―――!」


 そう言ってレイハと呼ばれた右月の秘書探索者は慌ててタブレットを取り出してスクロールし始めた。



 (………左仁のやつ、やっぱり死にやがったか。しかも随分とつまらねぇ死に方をしたじゃねーか。やっぱりお前は俺がいないとダメな野郎だったな。

 まあいい。とりあえずお前の葬式くらいには出られるよう、うちのギルドに

ごねといてやるよ)


 握り潰したパイナップルの果汁が入ったグラスを一気にあおる。


 (俺が日本に行くまで、日本の公安連中にぶち殺されてねぇことを願うぜ。

 なァ、霧雨咲哉―――――)

 


 探索者ランキングアメリカ3位、世界ランク20位である「超人」探索者、長下部右月が来日するのは、この日から約半月後のこととなる―――






 事件発覚から二日後。道永ら公安の凶悪犯罪取り締まり並び捕縛班は、とある住宅街を訪ねたのだが、彼らはその場所を唖然と見つめていた。


 「……馬鹿な!?いったい、どういうスキルを使ったら、こんな事が可能となるんだ……!?」


 道永たちが見たものは、一箇所だけぽっかりと不自然に空いた大穴だった。

 ここには霧雨咲哉の家が建っていると調べがついている。だが実際は彼の家屋などどこにも見当たらず、丸ごと消失してしまっている。

 

 道永らは公安にこう報告するしかなかった。取り締まり対象(ターゲット)の捕捉に失敗した、と―――


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