「自殺」
「え―――っ!?」
突然のことに硬直していると、牧瀬さんはそのまま躊躇なく魔術を放ってきた。僕を狙った攻撃かと思いきや、杖から放たれた赤い火は僕の横を通過していった。
すると後ろから「グギャアア」と汚い悲鳴が上がった。振り返ると子どもと同じ背丈で全身が緑色の魔物――ゴブリンが、火だるまとなって藻掻き苦しんでいた。やがてゴブリンは黒焦げになり、沈黙した。
「………!!」
さっきの魔術は僕じゃなくて、後ろにいた魔物を狙ったものだったのか……。
「ほら。こんなすぐ後ろまで近づかれてたのに、ちっとも気が付かれてませんでしたよね?良かったですね、ここに私がいて。じゃなきゃ霧雨先輩、あなた死んでたかもしれませんよ?」
何もかも彼女の指摘通りで、何も言い返せない。それにしても凄い威力だったな…。牧瀬さんの探索者としての職業は「魔術師」。魔術杖を媒体に様々な魔術を放つことが出来る。魔術の威力は術者の魔力量に比例し、彼女の魔力量はかなり多いと聞く。
「別に助ける義理なんて無かったんですけどね。目の前で死なれたらさすがに寝覚めが悪くなると思ったので、今回は助けてあげましたけど」
「………」
「あの、私の話聞いてます?こんな目に遭ってもまだ辞めないのでしたら、私が引導をわたしますけど」
そう言って魔術杖の先端を僕の首に突き付け、火を灯らせる。殺す気は無さそうだけど、ある程度の怪我は負わせる気だ…っ
「何度も何度も…!同業者の惨めな姿や醜態を晒してるところを見せられてる私の身にもなって下さいよね。本当にイライラするし、迷惑です」
「…………」
確かに僕は弱くて情けない探索者だ。いや、探索者を名乗るのもおこがましいのかもしれない。
だからといって、どうしてここまで非難されないといけないのだろうか。僕は彼女に悪いことは何一つしていないのに。
そう思っても言葉に出すことは出来ず、僕は俯いて沈黙するしかなかった。牧瀬さんはため息をついて、火を消して杖も引っこめた。
「次また同じような事があっても、もう助けませんからね。下らない意地を通して惨めに死ぬより、身の丈にあった職業に就いて生きていく方がよっぽど安全で有意義な人生を送れますよ?」
「…………………」
「はぁ……。それでは失礼します。次からはもう二度と、あなたが魔物がいるエリアをうろついてるのを目撃しないことを祈ります」
そう言って牧瀬さんは僕のもとから去っていった。言いたいこと好き放題にぶつけて、満足したようだった。そんな彼女に、僕は悪感情を抱いた。
「………こっちの事情を何も知らない、温室育ちのアイドルが……っ」
ギリリと歯を軋ませる。僕がどういう事情でこんなことをやってるのかも知らないで心無い言葉を吐く彼女も、結局は長下部、浦辺、間野木と一緒じゃないか。あの女までそうやって僕を罵るのかよ、腹が立つ…!
そして、そんな彼女に何も言い返せなかった自分にも腹が立つ。
牧瀬のせいで今日はやる気が削がれた。採取だけやって、今日はもう帰ろう……。
父さん、母さん。これが、僕が生きている「今」です―――――
「霧雨。悪いが今週いっぱいでお前にはここを辞めてもらうことになった」
「え?は……!?なん、どうしてですか!?」
「いやー、上の会社がな?ここのところ不景気だから何とかってことで、人件費削減する方針を進めることが決定してだな。それでうちの支店も従業員を減らしてほしいってお達しがきたわけなのよ。
そういうわけだから、悪いけど今回は霧雨に辞めてもらうことになったから。マジですまん!」
「そんな……急にそんな、言われても……っ」
「ああいや………。この話先月から決まってて、今日まで忘れてたんだわ。ほんっっと申し訳ない!退職金には色つけとくから!分かってくれ頼む!」
唐突に、二年近く勤めていたバイトの解雇を宣告された。同僚からは「運が無かったな」と他人事かつ見下すように声をかけられた。後になって休憩室を通り過ぎようとした時、店長が僕が聞いてることに気付かないまま、「いやー、前から気にくわなかったんだよねーあいつ。やっと辞めさせることが出来て良かったわー、ははは」って誰かと話してた。
精一杯生きている「今」の世界は、僕に全然優しくしてくれません。周りに僕の味方になってくれる人は、全然いません―――
週が明けると僕は高校生じゃなくなった。アルバイトも辞めさせられた。残った職は探索者だけ。その探索者業も、全く上手くいかない。
探索者活動における基礎能力値が低く、戦闘の才能も無い。お金があまりないからちゃんとした装備も買えない。悪循環の一途を辿っている。
周りから最低級の底辺探索者のレッテルを貼られ、常日頃馬鹿にされる。一般人からも心無い罵声を、ネットでは罵倒コメントを浴びせられる。
そんな日々がずっと続いた。僕は目先の生活費を稼ぐのに精一杯になった。未来を見るとか夢を考えるとか、そんな余裕はもう無くなった。頑張ってもその度に打ちのめされる、その繰り返し。
僕の気力は日に日に削がれていった。
心は日に日に濁り、沈んでいった。
自分の無力さを延々と思い知らされる毎日。
そして僕は今さらながら、ようやく、悟ったんだ。
人生とっくに詰んでるんだって。
その日の夜。僕は一人、探索エリアの暗い森の中に来ていた。しかも何の装備もせず、シャツ一枚と短パン姿で。
何の為に?そんなの決まっている。
自殺をするんだ。ここで。誰にも知られることなく、一人でひっそりと。
気持ちも心もとっくに折れてしまってる。僕の目には、闇で真っ暗な現実しか映らなくなった。
世の中の誰も、僕を必要としていない。両親がいなくなってからはどいつもこいつも辛辣で汚い言葉しか投げかけてこなくなった。
この世界にはもう、僕の味方になってくれる人なんて一人もいない。仲間もいない。僕の周りには敵しかいないのだ。
何一つ自分に優しくないこんな世界でこれ以上生きて、何になる?何をやっても無能なままの自分。そんな自分を世の中誰も必要としていない。興味も持ってくれない。
だから、今日でこの呪われた人生を終わらせる為に、ここで命を絶つことにした。死んだら、大好きだった父と母に会えるだろうか。会えたらいいなぁ……。
遺書は書いてない。学校での虐めとか長下部のパワハラとか浦辺の不当な報酬とかバイトの不当な解雇とか。遺書でそれら全部告発したところで、あいつらはどうせ知らぬ存ぜぬを通すだろうし。やるだけ無駄なら書く必要も無い。どうせ死ぬんだし。
どうやって死のうかと考えていると、丁度いい長さの蔓とそれを引っかけられる太い枝が生えた木と丁度いい踏み台になりそうな切り株があったので、首を吊って死ぬことにした。
「父さん、母さん。ごめんなさい……。精一杯生きてほしいって言われたのに。約束破ることになりました。もしあの世で会えたなら、また三人で楽しく暮らしましょう」
枝に蔓を括りつけて、できた輪っかを自分の首にくぐらせる。脳裏にまず両親の在りし日の顔が浮かんだ。それから僕を虐げ罵倒したクラスメイトと探索者の嫌な顔も浮かんでしまう。
そして最後の活動で僕を口汚く罵った牧瀬詩葉も浮かび―――
「はっ、最後くらい幸せな思い出に浸らせろよな……。脳みそまで無能なのかよ―――」
切り株から足を外した途端、蔓が僕の首を強く締め付けた。




