30「長下部を分からせる(復讐)」
決闘。探索者同士で揉め事が発生し、双方とも武力を以ての解決を図ろうとした場合、第三者の立ち合いのもと合法的に行われる私闘のことを指す。探索者の業界用語としてそう知られている。
「いつもなら人の目がつかない探索エリアでお前を即甚振ってたが、ギルド内だとさすがになぁ?
だが“決闘”なら合法でお前を存分に甚振ってやれるってもんよ」
この前の森林でも見せた陰湿で粘ついた笑みで、長下部は勝手に「決闘」の話を進めていく。その途中奴がパーティの女たちに目配せをすると、彼女たちは館の扉の前に陣取った。僕をここから逃がさないつもりだろう。そんなことしなくても、逃げたりしないのに。
むしろ、こっちが逃がさないつもりだってのに。
「おい、誰か俺と霧雨の決闘の立会人になってくれねーか?」
「そういうことなら、俺がなってやってもいいぜ?ただし、後で飲み代おごれよな」
立会人役はさっき館に入ってすぐに絡んできた、酒気を少し帯びてるオッサン探索者が名乗り出た。
「つうわけだ。あれだけクソ生意気な口を叩いたんだ、逃げたりしねぇよな?つっても、逃がすつもりはねーけどな。そうだろ、みんな」
長下部が館内を見回しながら問いかけると、パーティの女たちも他の探索者たちもニヤニヤと笑って頷いた。全員、僕が長下部に叩き潰されるところを見たいらしい。
「逃げるわけねぇだろ?こっちこそ、合法でテメェを心行くまでぐちゃぐちゃにしてやれるんだと思って、さっきからうずうずしてんだからよォ。
とっとと、決闘の場に案内しろや…!」
「……っ、お前…いつからそんな減らず口が叩けるようになったんだ?まあいい、話は決まったことだし、早速やるぞ。場所はここの地下訓練施設にある、闘技場だ。
この俺に生意気な口を叩いたことの落とし前は、そこでつけさせてやるぞ……」
そう言って長下部はパーティメンバーを連れて、先に地下へ降りて行った。
(スノウ、超能力はもう使ってるのか?)
(はい。あの金髪眼鏡たちが入ってきてから、館内は封鎖し、電子機器も使えなくしております)
(そうか。あのよ、今だけスマホだけは使えるようにしてくれ。使えなくさせるタイミングは後で俺が合図出すから、その時で)
スノウの超能力で僕と彼女にだけ聞こえる念話の中でそう命じると、スノウは僕を見てこくりと頷いた。
「ひっひっ、霧雨よぉ、お前ついに焼きが回ったみてぇだな?うちのギルドのエースと言っても過言じゃねぇ長下部に喧嘩を売るたぁ、頭おかしくなったとしかおもえねぇよ。まあもしものことがあったら、骨くらいは拾ってやるよ……ひっひっ」
立会人の嫌味への報復は後で存分に……ってことでスルーして、僕もスノウと一緒に地下へ降りた。
エレベーターで地下まで移動し、降りた先には様々な武器や機器がそろった訓練ジムがある。僕も昔はここでよく体を鍛えていた。全然強くなれなかったけど。
そんな苦い思い出が詰まったジムを素通りして、奥にあるテニスコート二つ分程の広さのリングに辿り着く。土の地面に金網で覆われた壁。ここが決闘場だ。
「勝敗なんて分かりきった決闘だが、一応は探索者業界暗黙のルールに従って、名乗っておこうか。
長下部左仁、国内ランキング150位の探索者だ」
「僕は霧雨咲哉」
「ランキングは?」
長下部が悪意含んだ笑みを浮かべながら問いかける。
「国内でも圏外…てことになってる」
「はっ、圏外てことは、四桁位ってことだよな」
長下部が鼻で笑いながら何か言ってやがる。
「そういう探索者がこの業界で何て呼ばれてるか知ってるか?“雑草”だよ!ま、お前の場合、それよりも劣る砂利って呼ぶ方がしっくりくるかもな!?」
長下部の罵倒にリングの外から笑いがどっと漏れる。そんな中でスノウだけはスンと無表情で佇んでいた。
「……ところで、さっきからずっと気になってんだが、あの獣人はお前のツレか?」
「それがどうした?」
「くくっ、獣人なんて昔アフリカで兄さんの探索見学した時に見かけて以来だぜ。しかも、かなりの上玉じゃねぇか…!」
長下部はスノウに下卑た視線を向け、彼女に話しかける。
「おいそこの獣人!こんな将来性皆無の底辺弱者よりも、俺のとこに来いよ!今すぐ俺につくことに頷けば、今後いい思いさせることを約束するぜ?」
長下部の呼びかけに、スノウは無表情のまま、奴に一瞥もくれることなく佇んでいた。完全にアウトオブ眼中である。彼女にガン無視された長下部は苛立ちを露わに歯を軋らせる。
「この……っ、獣人風情が、俺を完全に無視しやがって……!
決めたぞ、この決闘が終わったら、お前の目の前であの獣人を凌辱してやる…っ」
リングの外に聞こえない声で、長下部はそう言った。ただ、桁外れの聴覚を持つスノウには丸聞こえなんだよな。その証拠に彼女の顔がわずかだが不快に歪んでる。
「今日でお前は探索者生命や女……色々失うことになるぜ?」
「それはどうだろうな?僕にはテメェの体がバラバラになってるビジョンしか思い浮かばねェよ」
「下らない妄想を吐きやがって…!おい、そろそろ開始の合図をしろ!」
長下部の指図を受けて、立会人のオッサン探索者がひっひっと笑いながら、場内の審判席に座る。外からは奴のパーティメンバーが長下部を煽り、他の探索者たちも同調して囃し立てる。
「長下部ぇ、遠慮は要らねえ、存分にやっちまえ!殺しちまっても構わねぇ、俺が上手いこと処理してやる!
霧雨ぇ、てめぇは絶対にただで帰さねえ、地獄を味わわせてやる…!」
いつの間にか意識を取り戻した浦辺も一緒になって、耳障りな野次を飛ばしていた。
「ひっひっ……えーではでは、これより探索者同士での“決闘”を行うにあたって――」
立会人が浦辺に渡された「決闘」の決まり事が記された用紙を読み上げる中、僕は長下部に対する怒りと復讐心と殺意を沸々と煮えたぎらせる。いや、長下部だけじゃない、浦辺や、ここにいる探索者全員に対してもな!
スノウを除く全員が、僕のこと虫けらか何かとしか思ってない。無実で無害だった僕が苦しんで、僕を馬鹿にし傷つけたこいつらが幸せになって良いはずがない。ここにいる探索者全員、どん底に突き落とさねェとな…!
そういうわけだから、まずは今の僕の恐ろしさを未だに理解していない、この身の程知らず野郎の鼻をへし折って、バキバキに捻り潰してやる!!
「――以上。では、決闘、開始ー」
立会人の合図の直後、長下部は腰の鞘から長剣を抜いて構える。
「探索活動を終えてそのままここに来たから、剣の刃は落としてない状態だ。だから、当たっちまったら手や足が簡単に飛んじまうかもなぁ」
「当たれば、の話だろ?」
「フン、馬鹿が……。そうだ、最初の攻撃はお前に譲ってやるよ。どこからでも遠慮なくかかってこいよ!」
剣を肩に乗せて、長下部は余裕を見せて挑発する。
「あ、そ?じゃあ、遠慮なく―――」
煽られるがまま、僕は真正面から突っ込んでいった。長下部もパーティメンバーも噴き出してやがる。
あーあ、馬鹿が。今の俺を相手にそんな余裕を見せるとか。テメェの危機察知能力、虫以下だな!
とはいえ、十数年のダンジョン籠りを経て手にした僕のこの力、国内上位ランカーのこいつにも通じるのか、どうか―――――
「え―――?ごがぶふっ!?」
僕に一瞬で間合いを詰められた長下部が間抜け面で間抜けな声を漏らした頃には、僕の硬く握り締めた拳が奴の顔面に突き刺さり、奴を宙高くぶっ飛ばしていた。
べしゃっと土の地面に落下した長下部は、全身をピクピク痙攣させたまま、起き上がれずにいた。奴のパーティメンバー、浦辺、立会人など、ほぼ全員が唖然としていた。
「何だ、国内150位もこの程度かよ」
完全に杞憂だった。これなら苦戦することなく、思う存分こいつをぐちゃぐちゃに甚振ることが出来るぜ……!




