28「浦辺に復讐する」
翌日。僕は一人で、僕が所属している探索者ギルド、その北関東支部の館に向かっていた。
探索者ギルドを訪ねる目的なんて決まってる――探索者として仕事をする為だ。
一昨日は幻のダンジョンから生還してからそのまま探索して過ごしていたから、今日ようやく久々のギルドへの訪問になる。こっちでの時間だと一週間ちょっとぶりになるんだっけ。体感では十数年ぶりになるが。
「館の外観は相変わらずか。まあ現実の時間は一週間ちょっとしか経ってないから当然か」
ミィとスノウは家にお留守番にさせている。まあ有事の際はスキルでポンと呼び出すから、べつに同行させても良かったんだが。
ただいまの時間は、朝の10時。以前の僕ならこの前大虐殺をしたあの高校で授業を受けている頃。兼業してる奴らも本業で忙しくしている。探索者専業はとっくに探索エリアにいるか、ギルドで仕事を探すか話をしているだろう。
つまり、今のこの時間、それなりに人がいるってわけだ。
「果たして今の僕に仕事を振ってくれるのだろうか。それとも………」
理想としては、今まで通り換金・薬品になる素材の納品や魔物の狩猟のお仕事の依頼をもらって、しっかし活動して、依頼された通りのものを納品して、お金をもらう。
そんなごく普通の探索者活動を、今日からまたやりたいわけなんだが。
「どうせ、無理なんだろうな。僕が今生きている世界の奴らはどいつもこいつも、俺に優しくしてくれないから。また、邪魔されるんだろうな」
引き出してしまった負の感情をどうにか奥へ引っ込めたところで、館の扉を開いて、中に入った。あちこちで談笑していた探索者たちが一斉に扉の方に視線にやり、僕だと分かった途端驚き、にやにや笑いだした。
「おい見ろよ、霧雨のやつが来やがったぜ!」
「うお、マジじゃねーか!1・2週間ぶりになるな」
「俺を含むここのみんなは、とうとうどこかのエリアで野垂れ死んだとって思ってたけど」
「あんだよ、フツーに生きてんじゃねーかよ」
「つうかあいつ、もう探索者辞めたんじゃなかったか?」
「これから辞めるんじゃね?所長か受付の人に手続きしによ」
大半が僕が探索者をもう辞めた・探索エリアのどこかで死んだと思っていたようだ。連絡も無しに長い間顔を見せてなけりゃ、そう勘繰られるのも仕方ないな
「よお霧雨ぇ、今まで何してたんだよ?ギルドにも来てなかったてことは、探索者の仕事もしてなかったんだよな」
「ん……まあ。ちょっと色々大変な目に遭っててね。ここに来る暇も無いくらい大変で忙しかったから」
「大変、ねえ?あれか?就職活動とかバイトをいくつも掛け持ちしてたとかか?探索者を辞める決心つけて、そうやって一般人としての真っ当な道に進むことにしたってわけだ!」
絡んできた先輩探索者は勝手に色々解釈してくる。こいつとお喋りしに来たんじゃない。さっさと今受けれるお仕事を探そう
「探索者は辞めない。それより、浦辺所長は今いる?」
「ああ?所長ならさっきここで誰かとやり取りした後、部屋に引っ込んでったぜ。つうか霧雨、先輩の俺に向かってなんだその口の利き方は――」
まだ絡もうとしてくる先輩を無視して歩を進め、受付カウンターに着くとテーブルに両手をバンと乗せた。
「仕事をくれ!採集、狩猟、ダンジョンの攻略、何だっていい!ただし、以前の僕が受けてたような、クソショボいのは無しで」
まくし立てるように仕事の紹介を頼んだ。受付の女性は困惑を露わに何かを取り出して、僕とそれを交互に見ている。周りからも探索者たちの訝しげな視線が背中にちくちく刺さってる。
「あの、霧雨…咲哉さんですよね。その……国内ランキング圏外で、Eランクのどの探索エリアも未だ攻略出来ていない……ぷすっ、ああ失礼……」
「そうだつってんだろ。それで、僕に紹介出来る仕事は?今までのようなカスいのは無しでよろしく」
「いや、ですから。霧雨さんの名簿、こちらではもう取り扱われておりません。なので、ここで仕事の紹介をするのは無理です」
蔑んだ視線で受付の女はそんなことを言ってきた。
「はあ?何それ………」
「ちょっと見ねぇ間に、えらく態度がデカくしてんじゃねぇか。なあ霧雨」
問いただそうとしたところに、上の階段からおっさんの声が。ここ探索者ギルド北関東支部の所長、浦辺洋平が、葉巻を吸いながら受付テーブル…僕の前に現れた。
「話が全然見えてこないんだけど」
「おい…久々に顔を見せた分際で、俺に挨拶の一つも無しか?お?」
「挨拶?すればいいのか。それじゃあ――こんにちはー、お久しぶりでーす。
じゃあ、とっとと事情を説明しやがれ」
浦辺のこめかみがぴくぴく引きつく。隣の受付の女も探索者たちも戸惑った反応を浮かべている。
「後でもっぺん分からせてやる必要があるみてぇだな……覚悟しとけよ?
それで、さっきの言葉の通りだ。てめぇに紹介する仕事はもうねぇぞ。それどころか、てめぇはもう除籍処分しておいた。こっちで既に登録抹消をしておいた。わかるか?てめぇはもううちのギルドの探索者じゃねぇんだよ」
粘ついた笑みを浮かべながら浦辺は嘲笑うように話し続ける。
「しょせん、てめぇみてーな万年最低級のカス、世の中の底辺弱者なんかにゃ務まる職業じゃなねーのさ、探索者てのは。てめぇに探索者なんざ、無理だったのさ!なぜならてめぇには才能も力もムシケラレベルだから!」
そんな侮辱の言葉とともに煙を吐きつけると、浦辺は僕に吸い殻をとばしながら嗤いやがった。周りもつられてドッと笑いを漏らした。
「ちげぇねぇ!」
「何年経ってもEランクの探索エリアコンプ出来てないの、霧雨くれぇだろ!」
「つうかとっくに認めろよって話だよな。自分に探索者は不適合だってことを」
周りの野次に浦辺も隣にいる受付の女も嘲笑を浮かべている。
「さて、と。オイ霧雨、そろそろ俺に詫び入れろや。さっきの態度とあの挨拶は何だ?年長者でこのギルドで一番偉いこの俺に随分な口利きやがって…!
土下座して誠心誠意謝れば、てめぇの除籍は取り消してやって良いぜ?ただし今後は一生このギルドでの雑用係になってもらうがな!休みなし、給料も他の職員と同じになると思うな?
オラどうした?とっとと俺に詫びを入れやが………」
「お前が僕に詫び入れろや。いつまでも近くでヤニ臭い息をとばしてくんじゃねえよ。ゴミクズ」
僕がそう言った瞬間、浦辺の顔が硬直した。それまで笑って見物していた探索者たちも静まり返った。
「………空耳でも聞こえたか?今何つったよ?もっぺん言ってみろ」
「こんな至近距離からでも聞き取れてねーのか?老いるの早過ぎだろ。
お前が俺に、土下座して、さっき僕を馬鹿にしたことを謝れってんだ。今度はちゃんと聞きとれたかよ、クソハゲデブ」
今度はざわめきが上がった。皆僕の口の利き方に戸惑ってるようだ。
「………オーケイ。今度はよく聞こえたし、よーく分かった……。
この俺の折檻がよほど欲しいってなーーーっ」
テーブルを拳でガンとぶっ叩いた浦辺の顔は、憤怒に染まっていた。
「今までの折檻じゃあ、世の中の厳しさが教え足りなかったらしいなぁ!ええ、霧雨ぁあああああ!!」
腰に差していた鞭を取り出し、振り上げてはは僕の顔面目掛けて思いきり振り下ろ―――
ドガァア…ッ 「!?」
――すよりも早く、僕は浦辺の薄い髪を掴んで、顔面をテーブルに激突させた。力加減ミスって、テーブルをバキっと壊してしまった。
「「「「「な……!?」」」」」
受付の女と探索者たちは僕が浦辺を力でねじ伏せたことにひどく驚き、唖然としていた。




