「牧瀬詩葉の本音」
実は私は霧雨咲哉さんのこと素敵な人だと思っている。人として。異性としてはそ、その……ほんの少しは思ってなくはない…かな。
私が霧雨先輩と初めて会ったのは、2年前、中学生だった私が探索者になりたての頃。右も左もまだ分からない初心者だった私を、霧雨先輩は親切にしてくれた。
初めての探索活動を前に、私は一人で行くのが怖くて、彼に同行をお願いした。すると彼は快く引き受けてくれて、一緒に探索してくれた。とても親切な方だと思った。あの日、Eランクの魔物を二人で協力して倒したことは、今でも鮮明に憶えている。
それ以降も初心者の探索エリアで顔を合わせては、初心者で気を付けなきゃいけないことを教えてもらったり、何てことない話をしたりもした。
霧雨先輩はいつも自分に出来ることを一生懸命に取り組んでいる人だった。そんな先輩の姿を、私はカッコいいと思った。それこそ、アイドルに憧れたり応援したりするファンみたいに。
その気持ちは日に日に強くなっていき、霧雨先輩のひたむきさに惹かれるようになった。
いつしか霧雨先輩は私にとって尊敬出来る優しくて素敵な男の人として映るようになった。
それからは私も霧雨先輩を見習って、自分に出来ることをひたむきにこなし続けた。探索者の鍛錬施設にこもり、過酷な鍛錬に打ち込んだ時期もあった。その間先輩も夢や目標に向かってひたむきに頑張ってるんだって想っては(実際施設で彼が懸命に鍛錬している姿は何度か見た)、それを心の支えにして苦難を乗り越えてきた。
霧雨先輩のひたむきさと諦めない姿が、私に勇気を与えてくれた。前向きにさせてくれた。
高校2年生になった今、私が国内上位ランカーの探索者になれたのは、霧雨先輩のお陰でもあると言っても過言ではない。もちろん私自身の気が遠くなるくらいの努力の成果でもあるけど!
私でここまで上りつめることが出来たんだ。先輩もきっと、凄い実を結んでるんだろうな……そう思っていたのは、私がランキング100位内に上がるまでの間だった。
私の成長とは裏腹に、霧雨先輩はいつまで経っても初心者クラスのままだった。周りは先輩には探索者の才能が無いと常日頃から言い続けていた。
それでも先輩は探索者を諦めなかった。初めて会った時と変わらず、自分に出来ることをひたむきにやり続けていた。そんな先輩の諦めない姿勢を私は「やっぱりカッコいい」って思ったし、報われてほしいと隠れて応援していた。
だけど、先輩のひたむきな努力と諦めない姿勢に対する周りの反応は冷たく、蔑んだものばかりだった。
そしていつしか、霧雨先輩はギルドのみんなから酷い扱いを受けるようになっていた。所長も探索者たちもみんな先輩を馬鹿にして、時には暴力まで振るう探索者もいた。
最低級だの底辺だの弱者だのと、霧雨先輩にかける言葉はそんな侮辱と否定するものばかり。
それでも先輩は、周りから何を言われようと、探索者活動を辞めることはしなかった。
私は霧雨先輩がみんなに悪く言われるところは見ていられなかった。でも、先輩には探索者の才能が無いということには、悔しいけど私も認める他なかった。私より前から探索者をやっていて、何年経っても初心者クラスというのが、それを裏付けている。
でも、探索者としての実力が低いからって、人格を否定して尊厳を傷つけて良い理由にはならないはず。私は先輩が理不尽に罵倒されるのが許せなかった。
そう思って、ギルドのみんなに霧雨先輩のこと悪く言ったり酷いことするのは止めて下さい!って何度も物申したのだが、彼らは笑って流すだけで、ちっとも解決しなかった。
だから、国内上位ランカーに成り上がった私が次に始めたのが、動画配信だった。主に探索活動の様子を届ける、数少ない配信探索者に私はなった。目的は私の配信がきっかけで、霧雨先輩に対するみんなの見方を変えるためだ。
才能が無くて(無いと決めつけるのは罪悪感あるけど……)周りに罵倒されても、ひたむきに活動している先輩を見てもらえば……………
そう思っていたが、私の希望通りには全然なってくれなかった。
:万年最低級ww
:最底辺探索者くんじゃんwまだ探索者業やってんだ?ww
:その年でまだEランクの魔物すら満足に倒せないとかw
:いい加減探索者辞めて、普通に就職しろよな 見苦しいわいい加減
:詩葉さんやさしー!あんな弱者を庇うなんて
:ちっ、気に入らないなアイツ
:今度見かけたらタイマンふっかけてやろうかな。俺でも勝てそうw
いつもの配信では私を応援してくれる温かい支持者さんたちも、霧雨先輩が映った途端、嘲笑と侮蔑と罵倒コメントを書き込んできた。どうやら他の配信探索者さんが先輩のこと酷い見せ物扱いして、酷い言葉をかけたうえ視聴者さんたちを煽ったのが原因のようだ。
今や先輩は同業者だけでなく、世間一般の人たちからも馬鹿にされる人になってしまっていた。
配信中、私は霧雨先輩に酷いこと言わないでと言ったのだが、焼け石に水だった。むしろ、攻撃的なコメントが増えるなど悪化させてしまった。先輩を救いたくて始めた動画配信は、結局実を結ばずに終わりつつあった……。
魔物との戦い、時には同業者の虐めでボロボロの酷い姿でギルドに帰ってくる霧雨先輩を何度も見るうちに、私は怖い妄想をするようになった。
この先もずっと探索者を続けてたら、いつか命を落としてしまうのではないか、と。
実際この前だって、背後の魔物からの襲撃で、死ぬかもしれなかった。あの時私がいなかったら……そう考えるとゾッとした。
私は浅はかだった。考えが足りてなかった。
本当に霧雨先輩のことを想ってるなら―――彼に探索者を諦めさせるべきだったのだ。
だから私も先輩に探索者を諦めてもらうよう、彼に辛辣な言葉をかけることにした。
「――あなたには探索者としての才能があまりにも無い。いい加減現実を受け入れて、探索者の道を諦めた方が、残りの人生まだ有意義なものに出来ると私は思いますけどね」
「――あなたみたいなどうにもならない弱者にうろつかれると、私たちが所属する探索者ギルドのレベルの底が知られてしまうかもしれないので」
「――Eランクモンスターの群れにボコボコにされて、泣きべそをかきながら逃げる様は、情けなかったです。年上の探索者があんな醜態を晒してるのは、正直見るに堪えません」
「――同業者の方々に虐められるのは、あなたにも原因があるんじゃないでしょうか。分不相応で身の丈に合わないことをいつまでもやっていられると、それを見苦しいと思う者も必ず出てきます」
あの時の配信中、霧雨先輩が探索者を諦めてくれるよう、心を鬼にして、辛辣な言葉を投げかけた。今になってあれは失敗だった。そのせいで、悪意ある切り抜き動画が上がってしまったから。
今度、切り抜きチャンネルの方に、あの動画消してもらえるようメッセージ送ろう。
「詩葉さん!お待たせしましたー!」
思い出に浸ってるうちに、今日の探索メンバーが揃った。気持ちを切り替えて、今日の探索頑張ろう。




