Abyss and Paradise 【地獄と天国】
注意:ネタバレを含みます。
ソーサリーエレメント1、2のスピンオフです。
先にソーサリーエレメント本編をお読みください。
よろしくお願いいたします。
魔法、それは、大きく炎、水、風、土、光、闇に分類される。
この世界では、魔素と魔力によって魔法が発動されると信じられている。
だが実際は、少々話が違っているのだが···
この世界では、魔法を発動させるためには、主に3種類の方法がある。
詠唱、魔道具、そして魔法陣。
魔法陣は、主に高度な魔法や大規模魔法に用いられることが多いため一般的には 馴染みが薄い。
しかし、噂では【魔法陣使い】と呼ばれる謎の存在がいるらしい。
詳しいことは分かっていないが、身体の一部に直接魔法陣を刻み込んで魔法を発動させることができるらしい。
果たしてそんなことが可能なのだろうか?
「さて、もうそろそろ魔力でも補充しておきますか」
フードを目深に被った男がブツブツ言いながら忙しそうにしている。
リナは、魔法学院高等部の図書館で本を読み漁っていた。
噂で【魔法陣使い】の話を聞いてしまった彼女は、調べずにはいられなかったのだ。
だが、どれだけ本を探してもその存在が本当かどうかすら分からなかった。
そこへ何処からともなく一枚の紙切れがヒラリと舞い落ちてきた。
「何かしら?」
そこには、簡単な地図とこう書かれていた。
【MACOK】
「まこく?•••マコック?」
リナは、地図の行く先に心当たりがあったため、早速向かうことにした。
「ここって、今は使われていない校舎の地下室だよね」
独り言をいいながら、階段を降りていった。
周りはとても薄暗く、寒気がする。
奥の部屋には、大きな机がありその上には一冊の本が置かれていた。
その本は、薄い人間の皮のような色をした表紙で、触り心地もとても気持ちの悪いものだった。
真ん中には、大きな悪魔の目玉のような装飾が成されていた。
その目玉が、ギョロリと見つめてきた。
「うわ、気持ち悪い。でも、中身が気になる•••」
リナは、また独り言をいいながら、恐る恐るページをめくってみた。
それは、【魔法陣使い】に関する内容のようだった。
それによると、【魔法陣使い】とは、ある特定の条件を満たした者しかなれず、かなり希少な存在であるらしい。
【魔法陣使い】というのは、対象となる者の身体に魔法陣を刻み込むことのできる存在であり、魔法陣を刻み込まれた者のことを【魔刻印者】と呼ぶらしい。
「ああ、それでマコック?」
つい声に出してしまった。
本の内容は、残酷なものでとても一般に公開できるようなものではなかった。
「なにこれ、本当なのかしら?」
「とりあえず、一度寮に持って帰って詳しく読んでみよ」
そういって本を持って部屋を出ようとすると、
「おっと、それは困りますね」
と言って、ローブのフードで深く顔を隠した男が、ドアの前に突然現れた。
「きゃあ!」
「なによ!あんた!」
リナは、驚いて本を後ろ手に隠した。
「その本の持ち主ですよ」
「これは、私が見つけたのよ、誰にも渡す気はないわ」
「ふー、困りましたね」
男は、彼女の瞳をじっと見つめると、リナの身体はふっと軽くなった。
男の瞳の中には、赤く魔法陣が輝いていた。
ニヤリとすると、
「やめて、本は返すから」
リナは、本を差し出して懇願したが、
男は、リナの手を強く引き寄せると耳元で囁いた。
「あなたには、実験に付き合って頂きます」
リナは、ゾッとして心臓が止まりそうになり、
胸を押さえながら息も絶え絶えになっていた。
男は、手荒に彼女の手を引っ張りあげて手術台の上にくくりつけた。
「実験材料には、申し分ありません」
また、耳元でそう囁くと、彼女の手の甲に何かを押し付けた。
「やめて、何でもするから助けて!」
「もう、遅いですよ」
耳につきそうなくらい近くで囁くと手の甲に押し付けたものが光だした。
「ギャー!ワアー」
リナは、叫び続けたが誰にも届かなかった。
「さあ、これでいかがかな?」
リナは、苦痛のあまり気絶してしまった。
「ああ、これでおしまいですか•••残念•••」
彼女の手の甲からは、深紅の血が滴り落ちていた。
それを見て男はまたニヤリと笑った。
男が、自分の右手の甲を彼女の魔法陣に近付けると真っ赤な光が飛び散り、みるみるうちにリナの身体から魔力が吸いとられて行く、すると彼女の身体は生気が抜けたように動かなくなった。
「ううん、あなたの魔力美味しくいただきました」
と言って、リナの身体を手術台から床へ突き落とした。
僕は、レオン。
こちらの世界では、今年で12歳になるみたいだ。
もとの世界では、ろくでもない人生だった。
早くに両親を亡くした僕は、親戚のうちをたらい回しにされたあげくに施設に送られた。
結局、犯罪に走って少年院行きという、よくある最低な人生だった。
「おい、早く逃げろ!」
「待ってくれ!」
「お前たちは、足手まといだから、ここへおいていく!」
主犯格の男は、ナイフを振り回した。
「そんな•••」
強盗に誘われた僕たちは、襲った宝石店に取り残されてしまった。
「動くな!」
警察官が、拳銃で威嚇してくる。
僕たちは、手を上げて震えていた。
「おい、逃げるな!」
急にもうひとりの仲間が走り出した。
「え?」
僕は、動揺したがつい一緒に走り出していた。
「パン、パン、パン」
乾いた音が三発響き渡った。
「ああ、これで楽になれる•••」
と思った瞬間。
「レオン、誕生日おめでとう!」
「え?」
僕は、撃たれて死んだんじゃ?
どうも、違う世界に来たようだった。
「レオン、12歳ね」
こちらの世界のお母さんのようだ。
元の記憶も残っているので不思議な感覚だった。
「あ、ありがとう」
「どうした?レオン」
お父さんが優しく声をかけてくれた。
「いや、どうもしないよ」
「明日から、中等部だね」
どうも、こちらの世界では、魔法が使えるらしい。明日から、魔法学院中等部へ入学するらしいのだ。
「ハーベルくんと同じクラスになれるといいね」
「うん」
幼なじみのハーベルとは、すごく仲が良くてよく一緒に遊びに行っていた。
「レオンもう、3年生だね」
「早いもんだね」
「今日は何して遊ぶ?」
「ねえ、合い言葉は、覚えてるか?」
「もちろん!」
「せーの、アスラ!」
アスラって阿修羅のことかな?
「そうだな、近くのダンジョンへ行ってみようぜ!」
「ダメダメ、ダンジョンへは勝手に行くなって、アリーナ先生にも言われているだろ。」
「先生の言うことなんて気にしてるのか?」
「いや···そういうわけじゃないけど···」
「じゃあ行こうぜ」
「しょうがないなあ」
そんなたわいもない話をしていると、
「オイ!そこで何している!」
「ヤベ、衛兵だ!」
「誰かいるのか?返事をしろ!」
「さっさと行くぜ!」
「ハーベル、待ってよ」
急いでダンジョンの入り口までやって来た。ダンジョンといっても町の外れにある洞窟で大した魔物もいないはずだった。
ダンジョンの奥へ行くと、なにやら灯りが見えて、声が聞こえてきた。
「なんだろう?詠唱?」
影から覗いてみると大きな魔法陣が書かれていて、十数人の大人が何かの儀式を行っているようだった。
「ねえ、もう帰ろうよ!」
「もう少し···」
「僕イヤだよ、先に帰るからね!」
「だから、もう少し待ってよ」
「うっ···」
急に目前が真っ暗になった。
気が付くと魔法陣の部屋の角に縛られて二人とも座らされていた。
儀式を見るのに夢中で後ろから殴られるまで気付かなかった。
儀式はそのまま続けられていて、大人たちは詠唱を続けていた。
僕は、気を失っていたらしい。
ハーベルによると、
周りが急に暗くなったかと思うと、目に見えるほどの濃い魔素が立ち込めて、薄暗くなった魔法陣の中央辺りから鬼のような角を持った魔物がせりあがって来たそうだ。
「悪魔召喚?」
「これはマズイ!」
「レオン、起きろ!」
「うっ···朝か?」
「寝ぼけてる場合じゃないぞ」
「早く逃げないと殺される!」
目の前では召喚された悪魔が信者たちを殺しまくっている。
「ネザーヴォイド•エクストラクション!」
身の毛もよだつ低い声で、悪魔が唱えた。
周りから上半身だけの漆黒の恐ろしい顔の女たちが、
何体も現れ信者たちの魂を片っ端から喰らっていった。
ハーベルは、魔法で縄を焼ききると僕の身体を引き上げた。
「こっちだ!」
「あいつらが襲われている隙に」
僕たちは、命からがら逃げ帰ってきた。
僕は気が動転して、途中どうやって帰ったか全く覚えていなかった。
だが、不思議と町では騒ぎにもなっていなかった。
「レオン、大丈夫か?」
「ああ、なんだったんだろうな」
「おい、左手が血だらけだぞ」
「ああ、本当だ。気がつかなかった」
よく見ると僕の左手には、知らないうちに深紅の魔法陣が刻み込まれていた。
「すごく痛いよ」
僕が痛そうに手を押さえると、
「ああ、待ってろ今治してやるから」
ハーベルは、そういって治癒の魔法を唱えた。
「ルミナス•メンディング!」
傷は、みるみる回復してくが、なぜか魔法陣だけは消えることはなかった。
「ごめん、レオン、傷が残っちまったな」
「いや、ありがとう。このくらいしょうがないよ」
僕は、この出来事がショックでしばらく家にこもりっぱなしになってしまっていた。
ハーベルは、毎日、家に通って励ましてくれたのに、次に会えたのは1ヶ月も後のことだった。
「レオン、悪かったな」
「いや、ハーベルのせいじゃないよ」
左手の魔法陣を触りながら言った。
「いや、俺が忠告も聴かずに、無理矢理ダンジョンへ連れていったから···」
「怖い思いもしたけど、もう落ち着いたから心配しないで」
そう言って、また左手の傷に触れた。
「でも··」
ハーベルは、とても心配そうにしていたが、僕の関心はもうそこにはなかった。
僕の、左手には魔法陣のようなものが刻まれている。
これが何を意味しているかは、このときはまだ知るよしもなかった。
ハーベルが、図書館で次の授業の予習をしていると、何処からともなく紙切れがヒラリと舞い落ちてきた。
「うん?、何だ?」
紙切れには、簡単な地図と【MACOK】という言葉が書かれていた。
「なんだこれ?イタズラか•••」
ハーベルは、無視してゴミ箱へ捨ててしまった。
「ハーベル、次の授業行きましょうよ!」
「おお、アンナ、待って」
ハーベルは、急いで準備をして走っていってしまった。
「マコック?」
僕は左手の魔法陣を振れながら、ゴミ箱から紙切れを拾い上げるとじっくりと眺めていた。
僕は、少し考えると地図にある場所へ行ってみることにした。
地図には、高等部の旧校舎にある地下室への行き方が書かれていた。
「【MACOK】って何だろう?」
周りは、薄暗く肌寒い、
「おやおや、あなたには用はないのですがねえ•••やれやれですよ•••」
地下室の入り口には、ローブのフードで顔を隠した男が立っていた。
「あなた誰ですか?」
「レオン君、あなたにはもう興味はないのですよ。使い物になりませんからね」
「どういうこと?」
「あなたの左手のことですよ」
「あなたの仕業ですか?何なのか教えてください!」
「あなたは、【MACOK】になれたのです。それだけでもありがたいと思いなさい」
「【MACOK】って何なんですか!」
「あなたに説明しても理解できないでしょうね」
「ハーベルなら、理解できるの?」
「そうですね、ハーベルさんなら十分に理解できるでしょう」
「そんな!」
「馬鹿にしているわけではありませんよ。事実を言ったまでです」
「いいから教えてください!」
「分かりました。こちらに左手を差し出しなさい」
僕は、なぜか素直に左手を差し出してしまっていた。
男が、自分の右手を僕の左手の上にかざすと、左手の魔法陣が深紅に光だした。
「ウワーーー、何したの?」
そいつの手を引き剥がそうとしながら、大きな声で叫びだした。
「思った通り、たいした魔力もスキルも持っていないですね•••くだらない!」
レオンは、苦しそうに左手を押さえながらぐったりして倒れ込んだ。
「チッ、余分な手間をかけさせる!」
そういって、レオンの身体を思いっきり蹴飛ばした。
レオンの身体は、血まみれの床に棒っ切れのように転がると、死んだ魚のような眼をして首があらぬ方向を向いた。
「ウワーーー、何だったんだ!」
「ああ、気がついたか?」
そこは、薄暗い狭い部屋で嫌な匂いがしていた。
「ここは?」
「僕たちも、よく分からないんだ」
その子の左手にも、同じ深紅の魔法陣が刻まれていた。
そこには、五人ほどの生徒たちが捕らえられていた。
「さあ、次はあなたの番です」
フードの男が、ひとりの手を強くひっぱった。
「痛い!」
「うるさいですね、すぐに楽にしてあげますから」
その子は、二度と戻って来ることはなかった。
「一体なにしているんだろ?」
「僕たち、殺されるんだよ」
「そんな!」
みんなは、下を向いて元気がない。
僕は、左手の魔法陣に触れると少し落ち着く、
「ハーベル、心配してるかな•••」
その頃教室では、
「おい、聞いたか?今朝、校舎の裏で男子生徒の遺体が見つかったらしい」
「嘘でしょ、怖い!」
そんな噂をしている生徒が至るところで見かけられた。
ハーベルは、今朝いつものようにレオンを家に呼びに行ったが、レオンの両親も様子がおかしかったので、急いで学院へ走ってきた。
「ねえ、ハーベル」
「ああ、アンナ。どうなってるんだ?この騒ぎは?」
「どうも、校舎の裏で見つかったのがレオンらしいのよ」
「そんなわけないだろ!昨日まで一緒に遊んでいたのに」
「はい! 皆さん席に着いてください」
担任のアリーナ先生が急いだ様子で大声を出していた。
「今日は、急遽休校となりました。皆さん気をつけて下校して下さい。先生は、急ぎの用事があるのでもう行かないといけません」
そういって、急いで走っていってしまった。
「ええ、なんだ?」
「やった、休校だぜ!」
「まあ、帰りましょう」
反応は、人それぞれだったが、ハーベルは、納得がいかなかった。
「アンナ、俺用事ができたから先に帰るね」
「ハーベル、待って!」
ハーベルは、アンナを押しきって走り出していた。
校舎の裏では、魔法警察が来ていて、すでに関係者以外は入ることができないようになっていた。
「レオン、嘘だろ•••」
ハーベルは、レオンの無事を祈るように呟いた。
ハーベルは、周りの大人に聞き込んだり、魔法警察に忍び込もうとも考えたが、15歳では限界がある。
乏しい情報の中でも一番気になったのが、死体のそばに紙切れらしきものが落ちていて、聞き慣れない言葉が書かれていたことだった。
「【MA•••】何とか?」
「なんか、どこかで見たような•••」
その時はまだ分からなかった。
次の日も、学院の休校は続いていた。
ハーベルは、アンナの家で相談に乗ってもらっていた。
「アンナ、どう思う?」
「私たちじゃどうしようもないよ。そのうち、真実が分かるまで待ちましょ?」
「レオンが、心配じゃないのか?」
「そんなこと言ったって•••」
ハーベルは、そんな悶々とした日々を送っていたときに、ふと図書館で見た紙切れのことを思い出した。
「確か、あの紙切れには地図と【MA•••】って言葉がかいてあったような•••」
「まこく?だか何だか?」
「確か、地図には、高等部の校舎が描いてあったな」
ハーベルは、騒がしい中等部校舎を抜けて、高等部の校舎へ向かった。
「ここじゃないな!」
「旧校舎だ!」
旧校舎の方へ歩いていると、
「君、ここは高等部だよ。君には、まだ早いんじゃないかな?」
大人の声が聞こえた。
そこには、白いローブを着けた。30代くらいの男性が立っていた。
「あ、ごめんなさい、ちょっと探し物をしていまして•••すいません•••」
「探し物ですか、ちなみにそれは何でしょうか?」
「あ、いや、たいしたものじゃないので•••失礼します」
そういって走り出そうとすると、
「待ちなさい、捕って食おうってわけじゃないんだから、そんなに急がなくても」
と言った瞬間、彼の眼が赤く光り、ハーベルの身体が宙に浮いた。
「まあ、話を聞きなさい!」
「はい、ごめんなさい」
「いい子ですね」
頭を撫でながらそういうと、ハーベルを近くの椅子の上にゆっくりと下ろした。
ハーベルは、転生者のこと以外で今までの経緯を話し始めた。
「なるほど、君は、その紙切れがレオン君の事件に何らかの関係があるのではないかと思って、この高等部へ来たということですね?」
「はい、ごめんなさい」
「謝ることはありません」
「それで、その紙切れには地図以外にヒントか何か書かれたりしていなかったのですか?」
「はい•••」
「そうですか•••」
その男は、少し考え込むと、
「私が、一緒に探してあげましょう」
「いや、大丈夫です。これ以上御迷惑おかけできません」
「いや、私も気になって来ました。ぜひ手伝わせて下さい」
これは、断りきれそうにないと思った瞬間、
「教授、探しましたよ。どこ行ってたんですか?」
小走りで若い女性が、男のもとに近付いてきた。彼の助手らしい。
「おっと」
「おっと、じゃありません。さあ、いきますよ」
と言って、男の手を無理やり引いて連れていこうとした。
「ハーベルさん、ごめんよ。今日はこのくらいにしておくよ。またね」
そういうと、女性に急かされて行ってしまった。
「助かった。あいつ俺の名前を呼んでなかったか?名乗った覚えはないのに•••」
ハーベルは、不思議に思ったが、今日はこの辺で帰ることにした。
次回 【Circle Wizard and Crest Bearer 】