第2話 姿変らず転生
ひらりひらりと桜の花びらが落ちる通学路。
目の前には学生服に身を包んだ男女が楽しそうに緩い坂道を上っている。
頂点には木々に囲まれた名桜高校が鎮座しており、その校門付近には学年二位の美少女白奈がスマホを凝視しながら、立っていた。
「て、て、転生してる!?」
おっといけない。つい声に出してしまった。周囲の生徒に怪しまれないように、俺は軽く御辞儀をすると、もう一度彼女が本物か確認する。
派手ではないが整った容姿をしている。髪も目立たない黒色。いわゆる地味だけど可愛いタイプ。
間違いなく汐見白奈だった。しかもその本人と目が合い、微笑まれたのだ。
鉱山で光る七色の原石を発見した気分になった俺は、どんな面をしているのだろうか。
また咄嗟に自身の姿を確認したが、今度は遮るような大きな胸は無かった。
少しがっかりしつつも、怪しまれないように挨拶をする。
「おはよう」
「加瀬おはよう~」
「か、加瀬!?」
俺は急いでスマホを取り出し、真っ暗な画面に映し出される自分の顔を見た。
間違いなく平凡な容姿の俺――加瀬湊である。
しかし、異なる点があり、若干リア充キャラっぽい雰囲気がある。
なんでだろう、髪型が異なるせいだろうか。ウェーブがかった髪をしているようだ。
「え……どしたの急に?」
怪訝そうに眉をひそめた白奈は、何かを閃いたかのようにパッと表情を明るくした。
「あ、球技大会で緊張してるんでしょ~」
「あ、ああ、そうだよ」
俺は適当に話を合わせることにした。その間、胸元のポケットに入っていた生徒手帳を確認する。
どうやらいるはずもない《《31番目の生徒》》として、白奈と同じ1-2組に配属されているようだ。
「だよね~緊張する! でも、クラスのみんなであんなに練習したんだからさ、きっと1位になれるよね。あ~楽しみ! って、泣くほど!?」
「ああ、すまない。まつ毛が目に入って」
「加瀬まつ毛意外と長いもんね! 私より長いんじゃないかな?」
白奈は自身の手でまつ毛の長さ測ると、俺の顔を凝視した。
「白奈の方が長いよ。クルンと曲がった優しげなまつ毛」
「本当に! 嬉しいなぁ」
にへらと口元を歪めた白奈は、矢継ぎ早に話す。
「毎日自分磨きしてきてよかったよ! じゃあ、行こう!?」
「教室に?」
「昨日、2組の桜会メンバーで朝練しようって言ってたじゃん」
「ああそうだった。負けたら、明日の昼食奢りをかけているもんな。負けられない」
俺はアドリブでそう答えると、満足そうに白奈は頷いた。
ちなみに、桜会メンバーは、アオハルチームのことだ。
原作だと2組には白奈、美海という女の子がいて、二人で朝練を行う予定のはずだ。
精一杯努力をして球技大会に臨むが、黒葉の個人技が炸裂して結果は2組の敗北。
それがアオハル最初のモノローグとなっている。
その日から数日が経過して、電車内で白奈はイツキと出会い、あの悲しい現実に向けて歯車は動き出す。
「あ、あれ、美海は?」
「体育館にいるよ」
という事で、どうやら俺はアオハルメンバーと仲がいいらしい。
体育館には、青い体育着に着替えた美海がバスケットボールを叩いていた。
小さな体が兎のように跳躍し、ネットにボールを入れる。
「遅い!」
「ごめんごめん」
白奈はチェック柄のスカートに手をかけたので、俺は目を逸らした。
「そういうのは、別なところでやってくれ」
「大丈夫、下に履いているから」
「あぁ、そか」
既に着替えを終えた白奈は、バスケットボールを美海から受け取るとそのままネットまでドリブルをする。
タンタンタンとリズムよくボールを弾ませ、最後は蝶のように舞っていた。
「ナイスシュート! さすが白奈」
「中学のとき、ちょっとやってたからね~」
再びボールを拾い上げてネットにシュートを決める。それを何度かしたところで、こちらを見た。
「加瀬~、何ぼーっとこっち見てるの?」
「美海と私がペアで、男子の加瀬は一人でいいでしょ?」
「え、ああまぁ」
正直に言うと運動は、別に壊滅的な程苦手なわけでもないけれど、得意じゃない。
しかしだからと言って、一応男なわけで断る気にもなれなかった。
リュックに入っていた上のジャージだけを俺は着ると、ボールを受け取った。
普段あまり触らない感触が手に伝わるが、思いのほかうまくドリブルできた。
左右にバランスよく小刻みに動き、最後は3ポイントシュートを決める。
あれ? 俺ってこんなに運動神経良かったっけ?
「加瀬うまい! バスケやってたっけ?」
「……え。いや、FPSならやってたけど」
「ボールを当てるFPSなんてあるの!?」
思いのほか真面目な回答をしてきたので、俺は首を横に振る。
「そんなゲームあったら、とっくの昔に運動大好き白奈に勧めているよ」
「発売したら教えて!」
白奈はボールを弾ませながら、ゆっくりとこちらに向かってくる。
「加瀬、勝負!」
舞うようにドリブルをする白奈を妨害する俺。何度やっても結果は同じで、男子と女子の力量差を再確認した瞬間だった。
これじゃ白奈があまりにも可哀想だ。俺は手を抜くことにした。
同じ速度で走り、ブロックの動作を遅くする。
すると、スルスルと白奈は俺をかわすことがでた。
「やったー! どう? 上達してる?」
「俺が言うのもなんだけど、すごくうまいよ」
「へへへ。なんか褒められるとむず痒い」
「あの~美海もいるんですけど……」
美海はむくれ顔で、俺たち二人を見ていた。
苦笑いする俺とは違い、白奈は軽く謝ると、ボールを美海に投げた。
「ごめん美海!」
「全く白奈は集中するといつもこうなんだから」
設定では、白奈と美海は、幼い頃からの幼馴染だ。
さらっと愚痴を吐く距離感が妙に心地よかった。
それに、白奈は小さい頃から努力家だという新たな側面を知れて、なんだか感動する。
「加瀬があまりにも上手くてびっくり。悔しいけど男女の差を感じちゃうよ」
「まぁ美海も加瀬がこんなにうまいとは思わなかったけど……」
「なんか微妙に失礼なこと言っている気が」
俺は美海からボールを奪うと、挑発するように、ボールを地面に叩きつけた。
すると二人は左右からじりじりと近づいてくる。
「二人で挟めば行けるよ」
「そっちは任せた! しろ」
「うん! あ、手加減はなしだよ」
真剣な面持ちで白奈はそう言った。
もちろん、俺も2対で手加減するほど、運動神経は良くない。
俺は二人の間を強引に高速ですり抜けることにした。バスケ部のように優雅に美しくドリブルする余裕なんてない。
中央突破。
体育館独特の匂いと二人の柔軟剤の匂いが鼻を刺激する。
それを何度か繰り返したところで、全身汗まみれな俺と、何故かあまり汗をかいてない白奈は床に倒れ込んだ。
美海は体育館の端で涼しそうな表情をしながら、スマホを弄っている。
そう、白奈のハイペースな運動についていけなかったので、途中で離脱したのだ。
「本当に守備練習ばかりでいいの?」
「2組と1組の戦力は拮抗している。最後の鍵は、黒葉の個人技なんだ」
俺がそう言うと、白奈は目を丸くして嬉しそうに微笑んだ。
「まさか分析までしてくれてたとは! ありがとう加瀬」
ま、眩しい。俺はただのチーターであって、分析などしていない。
だからそんなに嬉しそうに微笑まないでくれ!
俺は黒葉の癖を大まかに再現していた。
男子である俺のドリブルを防げるほどに上達したのだから、きっと黒葉のそれも防げるだろう。
「加瀬も飲む?」
物思いにふけっていた俺の目の前には、いつの間にか半分まで減った青色ラベルのスポーツドリンクを持った白奈がいた。
「ええ! いいのか?」
「間接キスだ~!」
「美海うるさい! ……だってここまで付き合ってくれたのに飲み物もないなんて、ね。それに加瀬はメンバーだし、私は気にしてないし!」
し、白奈と間接キス……
ペットボトルの口には、水滴がいくつか付着している。
こ、これは……スポーツドリンクなのか、それとも白奈の……
いいや、好意でくれたのに、俺はなんて最低な奴なんだ。
数字を数えながら、空のように透き通るそれを恐る恐る口に含んだ。