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第1話 負けヒロインは悲劇

俺は青春ラブコメラノベが大好きだ。

新刊が出た暁には、必ず本屋に行って紙の書籍を購入する。

打ち切りにならないように2冊を購入することもある。


そんなラブコメオタクの俺が一番大好きなのは、「アオハル~陽キャグループの一員を痴漢から救ったらモテ始めた件~」だ。


主人公笹山イツキは、冴えない男子高校生だったが、学校一の美少女高校生沢乙黒葉(さわおとくろは)を痴漢から救ったことで、陽キャ道を走り出す。


影が薄い生徒会副会長神谷沢ハルがリーダー格の、少し風変りだけど陽キャ寄りのグループがある。

黒葉もそこに所属していて、イツキもそこに溶け込んでいくのだ。


端的に言うと、誰もが夢見る理想の青春生活ってやつだ。


しかも最近のラブコメでは見られないような、超常現象がこの物語では起こる。


オススメは、事故で両足が動かなくなった女の子が両足を、野球大会で動かせるようになる奇跡的なシーンだ。


やっぱりラブコメは、主人公とヒロインとのイチャイチャだけではなく周囲を巻き込んだ物語が最終的に良い。


にやけ面をしながら、俺はSNSに意見を書き込むみ、思考の箸休めにコーラを一気飲みすると、窓から差し込む陽光を見ながら、ふと負けヒロインのことを考えたくなった。


主人公笹山イツキは、複数いるヒロインの中から一人を選ぶ。


ラブコメの宿命だ。


恋戦に負けたヒロインは、その後どのような人生を歩むのだろう。


容姿端麗なので他の誰かを好きになるのだろうか。それとも能力がある場合が多いので、バリバリのキャリアウーマンになるのだろうか。


気になった俺はコーラの缶をデスクの端に雑に置くと、キーボードを高速で叩く。


『負けヒロイン その後』


『検索結果 数千件』


疑問を解決するようなサイトは、存在しなかった。


それもそっか。


人生と同じ様に、物語には必ず終わりがある。

ハッピーエンドで締めくくられた後の話なんて蛇足もいいところだ。

たった今負けヒロインのその後が気になった俺のように、その後を気にするようなコアなユーザーは少ないという事だ。


なんとなく、適当に検索3番目に表示されているサイトをクリックすことにした。


「『負けヒロインを救う方法お教えします』……ばっかじゃないか。今時そんな分かりやすい情報商材は流行らないよ。それに、現実で負けヒロインは救えないじゃん」


真っ黒で塗りつぶされたサイトの中央に書いてあるそれを、気になったのでクリックしてみる。


しかし、タブに表示されたアイコンがクルクルと回転するが、一向に動く気配はない。


暇になった俺はスマホをポケットから取り出し、アオハルフォルダから万年二位の幼馴染系負けヒロイン汐見白奈しおみしろなの画像を見ることにした。


運動会で50Mを走る白奈、図書館で勉強をしている白奈、ショッピングモールで流行の服を購入している白奈、野球大会で2ベースヒットを打つ白奈。


どの画像を見ても、その努力してる光景は美しかった。


主人公イツキたちと、下校帰りにアイスを買っているシーンや、お弁当を食べているシーンを見ると涙が溢れそうだ。


白奈はとても努力家だ。高校デビューの時から、卒業の最後の瞬間まで理想の自分を演じるためにずっと努力をしてきた。


しかし、その努力は虚しく、イツキは学年一の美少女沢乙黒葉を選択する。


黒葉は天賦の才の塊みたいな人間で、完璧超人。

学校一の容姿、成績学年一位、運動学年一位。何をしても努力なしで成し遂げる超人。

もちろん、性格もとてつもなく良い。


だから、ラブコメ漫画の最後を読むと、複雑な心境になる。

基本的に、悪人はいない。


嘆息が出る。

もやっとした心境は、それでも白奈が幸せになってほしいと語っている。

くそっ。俺というやつは、なんて俗人的な発想をしているんだ。


白奈が最推しだった。

それにエンディングでは、黒葉は《《友達として》》イツキと付き合うことになっている。

まだ大好きになっていないってことだよな……


俺は袖でちょろりと溢れた涙を拭うと同時に、白奈のその後を妄想することにした。


正史での白奈は、その後どうなっているのだろう。

もし。もし、万年二位の負けヒロインを、イツキが選択していたらどうなるのだろう。

グループのみんな仲良くやっているのだろうか。


歴史にIFはないというが、作品愛で満ち溢れた心は、妄想を止めることはなかった。


理想を求め、暫く行ったり来たりの思考を繰り返していると、ついに糖分が不足したのか、純白の閃光が見えた。


言葉が、途切れ、思考が鈍く、なり、俺は、ついに考える、ことすら、できなくなった。




大勢の男女の嬉しそうな声と、陽光で温まった春の風。


意識が朦朧とする中、どこか懐かしい感覚が押し寄せてくる。


「……ここは教室!? でも俺の学校のと違う」


整備された黒板は、確実に通っている高校の物ではなかった。

自室にいたはずだよな!?


若年性のボケが始まったのかと不安になった俺は、霞む目で窓に近づく。

校門付近、大勢の生徒が卒業証書を手に持っている。

写真撮影している生徒、仲良く話している生徒、後輩から何か貰っている生徒。


視線を上に向けると、透き通るような青い海と平凡な市街、それと神社が一望できた。


周囲を海で囲まれたこの島の市街地は、真新しい現代建造物で彩られ、緑と素晴らしい調和をしている。


現実離れした理想的な情景は、様々なアオハルの記憶を呼び戻した。


間違いない。今は、物語最後の瞬間だ。


イツキが黒葉と《《付き合った直後のエピローグ》》。

櫻舞う卒業式にて、メンバーは校門前で記念撮影をして物語は終わる。


校門付近を見ると、イツキや白奈などのメンバーがいる。

どうやら記念撮影は既に終わったらしく、スマホを見ながら写真写りでも気にしているのだろうか駄弁っている。


しかし、沢乙黒葉だけがそこにいなかった。どこに行ったのだろうか。後輩と別れの挨拶でもしているのだろうか。


そんなことを考えていると、アオハルメンバーはいつの間にか離散していて、白奈だけが昇降口へ向かっていく。


気になった俺は、後をつけることにした。

後ろめたい気持ちはあるが、なぜこのタイミングで白奈が校舎に入り、そして3-1の教室に向かったのか気になって仕方が無い。


俺は扉の横にある壁に張り付き、横目で内部を見ると、白奈は今はもう自席でない椅子に座り、すすり泣いていた。


悔しそうに握りこぶしを作り、有名な向日葵畑を眺めている。


ラブコメ漫画の切り取られた範囲外では、負けヒロインの現実は残酷だった。

推しのヒロインのこんな状況なんて、見ていられない。


しかし、こっそりと姿を現してもなにもできない。

今の俺は赤の他人で白奈を混乱させることになるし、第一コミュニケーションの才能がないからだ。


もし、もしリーダーのように根っからの優れた個性や外見を持って居たら、チャンスはあったかもしれない。


悔しさがこみ上げる。

異世界転生のようなステータス画面が見えたのなら、個性や外見が優れていたのなら良かったのだが。


「……誰!?」


愚鈍だ。俺は物音を立てていたらしい。

瞬間冷却材のような冷や汗が全身を駆け巡る。

諦めが早い俺は、素直に謝ることにした。


「隠れるつもりはなかったんだー(ごめん、覗く気はなかった)」


あれ? この声は、黒葉!?

俺は咄嗟に俺がどんな姿をしているのか確認しようとしたが、大きな膨らみが視界を遮った。


こ、これは……大きい。

じゃなくて……なんで俺が黒葉に!?


俺の意思と無関係に黒葉は、ゆっくりと教室に入り、白奈の隣のイスに座った。


「くろか。びっくりしたよ」


窓の方を見た白奈は、目元の涙を袖で拭いていた。

白奈……

体のせいで、それが俺の気持ちなのか、黒葉の気持ちなのか分からないが、胸がきゅーっとなった。


「しろ、泣かないで……」

「泣いてなんかないよ!」

「すすり声が聞こえる……私、実はまだあまり好きじゃないんだ。だから断ろうと思ってる」


瞬間、目を赤くした白奈は振り返り、首を大きく横に振った。


「それじゃぁ、なおさら私が惨めだよ!!」


再び鋭い痛みが胸に刺さる。


「それに嘘をついているのがバレバレ。好きなんでしょ? だからそんなこと言わないで。私なら全然大丈夫だから。ほら、見てこれ」


白奈は、人差し指をこちらに向けた。


「まつ毛。まつ毛が目に入っていただけ」


バレバレの嘘だ。ストーリーでも白奈は、良くバレバレの優しい嘘をつくことがある。それを分かっているのか、黒葉は優しく微笑んだ。

そして何故か立ち上がり、窓辺に向かった。


窓の外には、黒葉父が神主の神社がある。


「まつ毛、ね……」

「そうそう。信じてないでしょ」

「大抵白奈は、困っている時に、強引な言い訳を展開するからね」

「ば、バレてましたか。でも、結局恋愛も弱肉強食。私の努力が足りなかっただけだから。告白をする勇気などなかった。積極的に話しかける勇気はなかった。全て自分のせい。だから、気にしないで」

「……白奈はやっぱり頑張り屋だね。でも、まだ気になっている段階だと私が言ったら……? 白奈はどうするの?」

「そしたら、曖昧な気持ちで付き合った黒葉の家に行って、お泊りパーティーしながらお説教をする。それでも、二人には幸せになってほしいな。だって、気になっている段階から進まない、なんてありえないから」


ああ……白奈……なんて優しい子なんだ。

ストーリーでも、白奈は黒葉のことを信じているし、黒葉が主人公に相応しい人だと考えている。


信頼を裏切るわけにはいかない黒葉は、否定もできなくなるだろう。



予想通り頷くと、言葉を遮るように、風が舞い込んだ。

カーテンがひらひらと揺れ動く。


パタパタと静かに乱舞する間、黒葉はただ微笑んでいるだけだった。


負けヒロイン。なんて数奇な運命なんだ。

俺は、白奈のその後を調べたことを後悔してきた。


白奈が今どんな表情をしているのか分からないけど、きっと悲しげな表情を浮かべているのだろう。


今すぐに、優しい声をかけてあげたい。

負けヒロインの運命を、今この瞬間に変えられるのは俺だけなのだ。


しかし、黒葉は床の木目に沿うように歩き、白奈の元に向かう。


「一度決めたら揺るがないことは、分かっている。だから、そうするね」

「うん、私なら大丈夫だから」

「白奈は一番の親友だよ。大好き」

「私もだよ」


二人は抱擁を交わした。白奈のぬくもりが伝わり、黒葉の瞳から涙が零れ落ちる。

そして俺の心からも大粒の涙が滝のように流れた。


「……いつもの喫茶店に行こう。きっとみんな待ちくたびれてる!」

「そうだね。行こう」


白奈は、微笑んでいた。

歪んだ口元から隠しきれていない悲しみが漏れ出ている。


それを見て、再び俺の胸は痛んだ。いや、黒葉の胸が痛んだ。

この物語には、悪人はいない。

白奈と黒葉は、お互いに遠慮をしている。

ただ、恋心の大きさだけが異なる。

白奈は主人公のことが大好きで、黒葉は《《まだ友達として》》主人公このことが好きなのだ。

だから、俺は推しの白奈の瞳から涙が零れることが苦痛だった。


負けヒロインの運命は、決まっている。その終着点がどんな地点であるとしても、通過点で涙を流して悲しむのだ。


これ以上、俺は白奈の悲しむ表情を見たくはなかった。

これが夢であったとしても、怪しいサイトを開いた後悔に苛まれつつ、しかし『負けヒロインを救う方法お教えします』というタイトルに縋りたくなった。


「でもちょっと家に寄ってくから、くろは先に行ってて!」

「……うん。わかったよ」


黒葉がそう言った瞬間、俺の意識が幽体離脱をはじめた。


ゆっくりと天井に近づいていく。黒葉は、木目に沿って廊下に出る。

白奈はひとり、教室で遠くを見つめていた。


「もし、もし私に勇気があれば、未来は違ったのかな」


か細い声が脳内に反響する。俺は白奈と主人公の未来の可能性を想像してしまう。

ストーリーでは決してあり得ない、あたたかな将来を考える度に、自然と涙が出てくる。


俺は、推しに幸せになってほしい。そんな表情をしないでくれ。

そう願いながら、幕は閉じた。


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