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VAMQUISH  作者: 曼陀羅悪鬼丸
1/2

プロローグ Blackwood Fight Club

 吸血鬼ものです。

 前々から考えていた設定を色々こねくり回して書いてみました。

 読んでいただければ活力になります。わたしの。


 とある廃工場にて。真夜中にも関わらず、そこは喧騒に包まれていた。

 稼働していない工場からは機材などが撤去され、がらんどうの空間ができあがり、人だかりもできている。いくつかのテーブルが置かれ、酒場のようなカウンター席も設置されている。カウンターの後ろには大量の酒が並べられた酒棚がある。まるで酒場のような場ができているが、その中央には通常の酒場とは異なる物が設置されていた。

 明かりに照らされた板で囲まれただけの簡易的なリング。その周囲にはよれたシャツや継ぎはぎのドレスを身に着けた者たちが安酒の注がれたグラス片手に集まり、喚き散らし盛り上がっている。

 囲まれたリングの中心には二人の男がいる。互いに上半身を晒し、拳を構えている。

 一人は中年の男。薄い髪に無精髭、がたいは良いが中年太りしている。近くの港で働いている腕っぷし自慢である。

 もう一人は黒髪の青年。端正な顔立ちをしているが目つきが悪く、細身であるが引き締まった肉体をしている。

 中年男が大振りに殴りかかる。青年はそれを後ろに避ける。再びの大振りにさらに避ける。その攻防が繰り返される。リングを囲む観戦者たちはグラスから酒をこぼしながら、二人をがなり立てる。

 「やれ」「殴れ」「逃げるな」「外すな」――酒と唾を飛ばしながら、手には勝敗の賭けを示す紙切れ。二人の殴り合いによる賭け――懸賞拳闘試合が行われている。時間帯は真夜中、場所は人の寄り付かない廃工場。違法な賭けをするには最適な場所であった。ここに集まったのは物乞いや娼婦、貧しい暮らしをする金を欲する者、日々の過酷な労働から鬱憤を晴らそうとする者といった労働者階級(ワーキングクラス)の人間。そして、そんな人々を高みの見物に来た下層中流階級(ロウワーミドルクラス)の人間であった。故に、今この場では貴賤で言うところの賤にあたる娯楽空間であると言えたが、そんなことは当事者たちにとっては知ったことではなかった。


 中年男も日々の激務から鬱憤を晴らそうとしていた。

 安い賃金に高圧的な金持ち。酒に逃げれば、女房に逃げられた。そうした鬱憤を今この場では、理不尽な八つ当たりを思う存分相手にぶつけられる。

 ある日は同じ港で働いている男だった。特に親しいわけではなかったから、躊躇なく殴り倒した。

 ある日は下層中流階級の若い男であった。その身分ゆえの身なりの良さが鼻持ちならなかったため、その鼻を折ってやった。

 ある日、またある日と拳を振るい、金を稼いでは酒場や娼館で使っていった。

 そしてこの日も、目の前にいる男を殴り倒そうと思っていた。特に面識があるわけではないが、気に入らなかった。

 第一印象からして気に入らなかった。その豊かな黒髪も、端正な顔立ちも。この青年は自分にはないものを持っている。そのことに劣等感の如き、僻みから闘争心を奮い立たせていた。その顔を醜く歪ませてやる、と身勝手な怒りを拳に乗せる。


 しかし青年からすればそのような怒りは知ったことではない。その拳を後ろに、また身体を反らし動かずに避ける。

 そのことに中年男は苛立ち、大振りな攻撃はさらに雑な動きとなり、疲れから動きが鈍くなっていく。対して青年は動きに無駄なく、余裕が見て取れる。

 だが先に体勢を崩したのは青年。周囲の観客がリング内にこぼした酒、それに足を滑らせ背後に倒れるように体勢を崩し、青年に隙が生じる。

 中年男はその好機を逃さなかった。

 青年の顔へ目掛けて、拳を握りしめ、放つ。

 すでに疲弊していた自分が今放てる最高のキレをもって。

 これまでの試合で一番のキレを持つ拳を、放つ。


 そして止められた。


 顔面へと放たれた大振りな右拳。

 青年は今まで避けた拳が執拗に自分の顔を狙っていたことを理解していた。それこそ試合開始と同時に「死ね」と叫びながら殴りかかるほどに、最初からである。

 だからこそ、体勢を崩した瞬間、左手で顔面を守った。そして迫る拳を掴み、受け止めた。

 すぐさま掴んだ拳を捻るように引き、自身の上半身を起こすように体勢を整え、踏み込み、頭突きで相手の顎を打つ。


「ぐぺ」


 と中年男が呻く。舌を噛んだか、口の内側が切れたか、口から血を流し退こうとする。しかし、青年に拳を掴まれたまま。

 青年は掴んだ拳をさらに引き寄せ、今度は顔面中央、鼻へと右肘を叩きこむ。中年男は白目をむきかけるが、喉に右背刀打ちを喰らい、息を詰まらせる。

 続いて左足で中年男の右足を踏みつけ、縫い付けるように捕らえる。左手を引き寄せ離す。

 中年男は鼻、喉の連撃に呼吸を詰まらせ怯む。距離を取ろうにも足を押さえられている。

 動けぬ男の顎へと右裏拳、左フックを打ち抜く。そして右拳で殴り上げる。

 顎への三連撃、それがとどめとなり中年男は意識を失い、顔面から前方へと倒れ伏す。


 中年男から青年は離れ、観客が静まり返る。中年男が起き上がる様子はない。そこで試合終了を知らせる鐘が鳴らされた。

 試合は青年の勝利で終わった。そして観客たちは湧きあがる。ある者は歓喜、ある者は怒り、廃工場内はさらに喧騒に包まれた。


 青年は手で汗を拭い、リングの外へと出る。観客たちをかき分け、カウンター席へと向かう。

 カウンター席には二人。一人は客に酒を出す給仕であり、もう一人は席に座り酒を飲んでいる。用があるのは酒を飲んでいる男、この試合の賭けの胴元である。


「おーう、アルヴィン・フラン。いい試合だったぜ」


 口先だけの称賛を送る胴元。青年、アルヴィンは給仕に預けていたシャツとベストを受け取り身に着ける。


「おい、金は?」

「ん? あぁ、ほらよ」


 アルヴィンの用はファイトマネーの受け取り。

 催促するアルヴィンに胴元はジャケットの内側から袋を投げ渡す。

 チャリチャリ、と効果の擦れる音。そして受け取った重みが中身が入っていることを示している。しかし、アルヴィンは中身をカウンターに広げ確認した。

 中身は10シリング60ペンス。農耕労働者の週賃金に至るかどうかという金額。そして前回の半額ほどであった。


「おい、これだけか?」


 アルヴィンはそれに対し不満を見せる。


「んだよ、文句あんのか?」

「安すぎる。前回は20シリングだったろうが」

「こっちも経営が苦しいんだよ」

「ふざけんな。周りから金巻きあげてるだけだろうが」

「文句なら主催者のブラックウッドさんにでも言うか? 出禁、で済めばいいかもしれねぇけど」

「……チッ」


 アルヴィンは金を袋に戻し、ポケットにねじ込んだ。カウンターから離れ、工場の出口へと向かう。


「何だ? もう帰んのか? まだ試合はあるぜ。賭けねぇの?」

「うるせぇ。帰る」

「おーう、また参加しろよー」


 アルヴィンは出口を通り、廃工場の喧騒から離れていく。

 胴元はアルヴィンが出ていったのを確認し、カウンターから離れ工場の二階へと向かう。二階の工場責任者用の一室の前に立ち、ノックをする。

 「入れ」という声に従い、入室をした。


「失礼します、ブラックウッドさん」


 部屋には机に書類を並べ椅子に腰かける男が一人。やや後退した髪をオールバックに撫でつけ、仕立ての良い衣服に身を包み、上等な革靴を履いている。身なりから胴元や試合の参加者、観客とは身分の違うものであることが見てとれた。

 この男がこの廃工場で違法拳闘試合を執り行っているブラックウッドであった。ブラックウッドは葉巻を吸いながら胴元へと目を向ける。


「で、何か用か」

「へい。最近試合を偏らせた奴に対処したので報告を」

「ふむ。ではあとはそいつを下水道かテムズ川にでも沈めておけ」

「わかりやした」

「で、誰を使って対処した?」

「アルヴィン・フランというガキです」

「……あぁ、二年前からたまに出ている奴か」

「えぇ、そいつです。ただあの野郎、金に文句言ってましたね」

「では、そいつにもそろそろ消えてもらうか」


 廃工場の一室での会話。それは夜の喧騒の中にかき消されていった。




―――



 工業都市ロンディニウム。連合五王国の東部、ドゥイライン領に属する都市であり、昼には工業と商業で賑わいを見せ、夜には廃工場での違法試合や娼館に酒場と住民が多く起こる退廃的な盛り上がりも見せていた。

 そんな都市の、路地裏。

 死体が転がっていた。身なりからして浮浪者。衰弱や自死ではなく、大量に血を流した他殺の死体であった。

 その出血は、首筋から。噛み跡らしき傷から血が流れ、上着の襟元を染め上げ吸い切らなかった血が、路上へと溜まりを作っている。その死体を路地裏のドブネズミが這い上がり、臭いを嗅いでいた。

 そのネズミを拾い上げる者が一人。死体を見下ろすように佇んでいた。

 黒いコートに身を包み、美しく艶やかなブロンドの髪を伸ばしている。そして影になって表情は隠れているが黄金職の瞳が輝いている。

 その人物は拾い上げたネズミに噛みつき、血を吸いあげた。そのままネズミの死体を捨て、その場を立ち去る。


 様々な人間の集まるこの都市に、人知れず、人ならざるものが現れていた。




 




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