夜摩天動乱──◆プロローグ◆
夜空には、重苦しく雲が垂れこめていた。
時折、雲の切れ目から蒼い閃光が垣間見られ、雷鳴が低く、遠く、轟く。
地上では、不気味なまでに静かに、大自在天の兵が行軍していた。めざすは断崖にそびえる冥王宮。難攻不落とさえいわれたヤマ王の居城である。
「いよいよ、最期のときがきたようだ……」
ヤマ王は低く言った。もはや、彼の傍にひかえているのは五人の夜摩天女のみ──。
天女たちを護り、彼のために戦う兵はただひとりとして生き残ってはいないのだ。
天女らは何も言わずにヤマ王を見上げた。
やがて、石造りの回廊を歩み寄ってくる足音が聞こえてきた。燈火が、どこからか吹き込んでくる風にあおられてぼうぼうと音をたてる。ヤマ王も天女たちも微動だにしなかった。
「……ヤマ王」
広間の入口に立ち、大自在天が重々しく口を切った。
ゆっくりとヤマ王は立ち上がる。
「なにゆえだ?」
王は問うた。
「大自在天よ、なにゆえに私を滅ぼすのだ?」
「……六欲天の均衡が崩れたからだ。これは、ヤマ王よ、夜摩天があまりにも重く位置を占めすぎているからなのだ。いまや六欲天は夜摩天の方向に傾きつつある」
「私の存在が、夜摩天を重くしているというのか。私が存在しなくなれば、均衡が戻ると?」
「然り」
ヤマ王は玉座からおりた。
一歩一歩、踏みしめるようにして大自在天の方へと歩を運ぶ。バラバラと大自在天の兵が広間に踏み込み、半円状に並んだ。
大自在天の目の前でヤマ王は立ち止まった。まだ幼さの残る青ざめた顔に、妙に大人びた表情を浮かべて真っ向から討伐者を見上げる。
「大自在天、私の首をとれ。ただし、天女たちには手を触れるな」
彼は腕組みをしてヤマ王の言葉を聞いていた。
「あれらは、私がいくさに巻き込んでしまっただけの者たちだ。それもぬしが仕掛けてきたいくさであった」
「……言いたいことはそれだけか、ヤマ王?」
大自在天は冷ややかに笑うと、いきなり太刀を抜いてヤマ王の首を刎ねた。
あっ、と声をあげ、天女が総立ちになる。
「ヤマ、王……」
涙すらこぼさず、その首を拾い上げた女に覚えず大自在天は目を奪われた。それがこのたびのいくさの原因とされていようなどと知りもせずに。
だが、次の瞬間には天女たちにも雨のように槍がふるまわれ、刺し貫かれて息絶えた。
彼は物言いたげに下知を待たなかった兵どもを見た。が、実際に大自在天が為したのは、無言のままそれらを斬り伏せてしまったことぐらいである。
「あっけないものだな……」
ひとりごちると、大自在天は広間に背を向け、歩み去った。
『夜摩天動乱──◆プロローグ◆』
WWWA『REVOLUTION』Vol.4にて
『夜摩天動乱 プロローグ・改』として発表したものを加筆修正しています。