七話 魔王の城1
召使い達がすべての料理を運び終え、食堂を出て行った。
広間よりも一回りは狭い部屋ではあるが、立派だった。飾られている装飾品は、髑髏や悪魔の姿をモチーフにしたもので、少々おどろおどろしい物ではあったが、城の主の性格からか怖さはない。
ただ召使い達がいなくなった途端、静寂が室内を包み込む。
「……」
「……」
大きなテーブルに並ぶ料理の向こう側に、アグノスがいる。
何故、自分はここに座っているのだろう。
何度目だろう。燃えるような真紅の瞳を見据えるのは。その度に惹き込まれてしまう。
彼を倒しに来たはずだ。
彼を倒して、ギタの町に平穏を取り戻して、そして何不自由なく暮らす予定だった。
しかし、目の前にいる魔王は――
「もう! あんた、いつまでアグノスを見詰めてんのよ⁉」
思考はまたもリリィの棘のある言葉に遮られる。
「はっ⁉ 見詰めてなんかッ……」
「ねぇ、アグノスも! はやくお料理を食べましょ!」
「ちょっと! あなた、人の話聞きなさいよ!」
「なんであんたに指図されなきゃなんないのよ⁉」
「てか、なんであなたがここにいるのよ⁉」
「それはこっちの台詞! アグノスに負けたんだから、とっとと帰りなさないよ!」
「負けたわけじゃないわよ!」
「ちょっ……マリア、リリィ、止め……」
「アグノスは、この女の味方なの⁉ あなたを殺しに来たのよ⁉」
「リリィ、止めんか!」
「だって……」
ソフォスの厳しくもどこか穏やかな注意に、リリィは唇を尖らせながらも、「はぁい」と肩を竦めた。
「アグノス様が甘やかし過ぎるから」
「えっ⁉ 俺⁉」
注意の矛先がまさか自分に向くとは思っていなかったアグノスが、しょんぼりとした顔をマリアに向ける。
(いや……あたしにそんな顔されても……)
恐らく、この二人は普段からソフォスに叱られているのだろう。
しかし、妙な顔触れだった。
魔王にその側近、そして人間の少女。
「いえ、あたしの方こそ言い過ぎました。ただ、説明はしてくださいません? このおん……少女は、一体どうしてここにいるんです?」
「ここに住んでるからに決まってんでしょ」
「リリィ、少しだけ静かにしててくれないか?」
アグノスも話が進まないと思ったのか、苦笑しながらもリリィを嗜めた。これには、さすがに少女は哀しそうな表情で小さく頷く。
「リリィは、生贄としてこの城に来たんだ」
「え?」
マリアは、アグノスに注意されて不貞腐れてしまっているリリィを見た。
少女は、明らかにアグノスに心許している。恐らく好意まで抱いている。彼を男性として愛しているのだろうともマリアは思った。
「毎年、この城に来る女性は、ここにしばらくいるんだよ」
「しばらく?」
アグノスが頷き、ソフォスがそれを引き継ぐ。
「ここに来た娘達は、皆殆どが孤児でしてな。ギタに戻すわけにもいかず、かと言って、我々魔族と過ごさせるわけにもいかないもので、ここに好き好んでやってくる稀有な人間に任せているのですよ」
「そ、それって……」
マリアが厳しい顔をすれば、ソフォスは穏やかに笑った。
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