四十二話 作戦?
時は二日前に遡る。
クレメントからミロード行きを打診された時、アグノスは正直乗り気ではなかった。
やっとマリアと城に帰ることができる。
それだけはない。
今度こそ、彼女に一生傍にいてくれと告げるつもりだったのだ。
(魔王の妻に、なんて……マリアは嫌かな……)
血色の戻った肌は、それでも白く透き通り、傭兵という過酷な旅をしているなんて思えない。
剣を握り続けているにも関わらず、細く綺麗な指先は、何かを考えるように唇に触れていた。
(あぁあ。クレメントが邪魔しなきゃ、あそこに触れてたのは俺の唇だったのになぁ)
整った顔立ちをだらしなくしているアグノスに、マリアが気付く。
「アグノス、ちゃんと考えてる?」
兄に似た青の瞳が、アグノスを睨んだ。
「え? 何を?」
「ダメだこりゃ」
アグノスの気の抜けた答えに、クレメントは小さく息を吐いた。
マリアも溜息を吐きながら、金糸の髪を掻き上げた。
「もう、アグノス次第よ。あたしは、あなたが行くなら、付いて行くわ」
「いいのか?」
アグノスよりも先に、クレメントが嬉々とした声を出した。
「ええ。あなたには借りがあるしね。それはちゃんと返さなきゃ」
「信義に厚いお姫……あ、いや、傭兵さんで助かっ……」
「なら、俺、行かない」
「はい?」
マリアとクレメントは、唇を尖らせるアグノスにぽかんと口を開ける。
「おまえ、何拗ねてんだ?」
「拗ねてねぇ」
「じゃあ、何? あなたが行かないならあたしも行かないけど、理由は聞かせてほしいわ」
マリアのその言葉に、クレメントは「えっ?」と珍しく焦ったような声を出す。
(俺、行くってまだ一言も言ってねぇし。それに……)
まるで、小さな子どもを見るような目をする二人に、アグノスはますます機嫌を損ねた。
「……だって、やだもん」
「もんって……子どもじゃないんだから」
「子どもでもいいよ! 借りとかで、マリアと一緒にいるのはやなんだよ!」
一瞬の間。
が、それはマリアの吐いた息で破られた。
(そ、そんな大きな溜息吐かなくても……)
「あたしは、アグノスと一緒にいたいの」
「……へ?」
「あなたがミロードに行かないなら、あたしも行かない」
それにクレメントが再び慌てる。
「ちょっと、さっきは借りを返すって」
「返し方はいろいろあるじゃない? そちらに出向かなくても、魔王のお城にご招待して差し上げれば? 彼女、ちょっと変わってるみたいだし」
「あっ、いや……確かに、フランシス様が魔王の城に行ってみたいとか喚いたことがあったけど……」
「あったんかい!」
アグノスとマリアが同時に言えば、クレメントは「でもっ」と慌てた。
クレメントのそんな姿を見たことがなかったアグノスは、彼に悪いと思いつつ、笑ってしまった。
「アグノス……! 前も言ったけど、一緒に外の世界見てみたくないか? フランシス様のこともあるけど、俺は……」
「マリアに体を休めてもらう方が先だ」
アグノスは、マリアの右腕を見た。
先ほどの剣捌きは見事だったが、完全に傷が癒えているわけではない。もちろん、体力も相当落ちているだろう。
それは、城にいた時のマリアの内に秘めた力を見てきたアグノスだから分かることだった。
「マリアの体力が回復したら、一緒に挨拶に行ってもいいよ」
「挨拶って……知人でも何でもないのよ?」
そう言いながらも、マリアは照れ臭そうに微笑んでいた。
「まあ、一緒に旅をしてみると、相手がもっとよく分かるわ」
これは、試されている。
最初にクレメントから世界を見てみないかと誘われた時よりも、心が動く。
愛するひとを今度こそ守り抜く。
そして。
「マリアに、俺とずっと一緒にいたいって思わせてみせるよ」
「その前に、城で嫌になるかも」
「そっ、そんなことないもん!」
「いや、だから、もんって……」
今度は、クレメントが盛大に溜息を吐いた。
「おまえら……やっぱ俺のこと、忘れてんだろ?」
「え?」
気付いたら互いの距離を詰めていたアグノスとマリアは、眉間に皺を寄せるクレメントに、苦笑いを返したのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
よかったらブックマークや評価、いいねをしていただけると励みになります(*^-^*)
よろしくお願いします!




