四十一話 始まりを掴む朝
朝の暖かな陽射しが、開け離れた木窓から綺麗にされた部屋の中に差し込む。
いつの間にか、ここが自分の場所だと思えるほど、居心地良くなっている部屋。
マリアは、家具を一通り撫でた後、木窓に手を添え、森を眺めた。
なぜかとても懐かしく思う。
と、部屋の外から、明らかにイライラしているといった足音が聞こえてくる。それも、懐かしいと思った。
「マリア! いつまで寝てん……の、って……起きてんじゃない」
勢い良く入ってきたリリィが、窓辺に立っているマリアを見て、拍子抜けする。
「朝食出来てる」
「うん」
窓の外を見て動こうとしないマリアに、リリィは呆れたような顔をした。
「なぁに? また出ていきたいとか言うんじゃないでしょうね? もう連れ戻してなんて言わないんだから!」
「リリィが言ってくれたのね」
「へっ……⁉ あっ、いや! その……」
「ありがと」
マリアが振り返れば、リリィは顔を真っ赤にして口をパクパクしていた。
それが可笑しくて、マリアは笑う。
「もっ、もう! はやく来なさいよね!」
リリィが部屋から出て行けば、また静かな自室が戻ってくる。
少しだけ、寂しく思った。
マリアは一息吐き、部屋から出た。
食堂に行けば、アグノスをはじめ、皆が席に着いていた。
あの時と違うのは、アリスィアと、クレメントがいることだろうか。
「おはよ、マリア」
夜に活動するだろう魔王なのに、朝から満面の笑みのアグノスに、マリアも微笑み返した。
「お待たせ」
「ほんとよ! 起きてんならさっさと来なさいよね」
ぶぅぶぅと文句を言いながらも、手際良くマリアの前に朝食を並べるリリィ。
「ごめん。ちょっと考え事してて」
「出て行くこと考えてたんなら、承知しないから」
最後のスープを置き終える時、リリィはそう言ってマリアを睨んだ。
リリィの言葉に、アグノスが慌てふためく。さっきまでの満面の笑みはどこへやら。
「えっ⁉ マリアっ……でっ、出て行くって⁉ 昨日帰ってきたばっかだろ⁉ 何か不満でもある⁉ あの部屋が嫌なのか? もっと広いとこにする⁉」
「いっ、いや、そんなことないわ。あの部屋は気に入っているし、出て行くとも言ってないでしょ? ちょっとリリィ、変なこと言わないで」
マリアが困ったようにリリィを見れば、フイッとそっぽを向かれ、そのまま彼女は自分の席に着いた。
「本当に? 出て行かない?」
「勝手には行かないわよ」
アグノスの表情は、今にも主人に捨てられそうな大型犬だ。
前まではなんて顔をしているのだろうと呆れていたが、今はそれが少し可愛く思う。
「アグノスが城にいる間、あたしもここにいるわ」
「え?」
マリアがそう言えば、アグノスはきょとんとした。
(この男……もしかして、この前話したこと忘れてる?)
今度こそ、マリアは呆れた。
そこで、クレメントが口を開く。
「皆様、美しく強い傭兵マリア嬢と、方向音痴で末っ子気質の魔王様の活躍により、巨悪の根源であるメルクーリがギタの町からいなくなり、『魔の契約』は断ち切られました」
「おまえ……俺のことは褒めてないだろ」
ぎろりと睨むアグノスに、クレメントは口の端をクイッと上げるだけに留めた。
まるで演説者のように周りを見たクレメントは、それを口にする。
「この嬉しい報せが私の依頼主の耳に入りまして、ぜひお二人に会いたいと」
「領主か?」
アリスィアが眉を潜める。
(やっぱり、彼は気付いていたのね)
クレメントも、アリスィアの反応に苦笑した。
「お二人をミロードにお連れしたい。もちろん、私が道案内を致します」
慇懃に礼をするクレメントに、アグノスは「あぁ」と声を上げた。
「そういえば、そんなこと言ってたな。あれ、マジだったんだ」
「あんたね……」
マリアが、呆れて口を挟もうとした時だった。
大きな溜息が聞こえる。
「何勝手に話を進めてんだ?」
アリスィアだった。
「アグノスはこの城の、いや、ヴァロータ山脈の主だ。ギタだって、こいつに借りがあれば、今後良い取引だって持ってきてくれるだろう。それなのに、主不在など許されない」
「そこは、お兄様であるあなたが取り仕切ってくだされば……」
「断る。アグノスの方が向いているからこそ、俺は弟に……」
「兄貴、頼むよ」
「は?」
アグノスが、大きな体をギュッと小さくしながら言った。低く威厳のある声のはずなのに、兄に頼む時のそれは、小さな子どものよう。
「俺さ、今回のことで気付いたんだ。自分が如何に狭い世界で生きてきたか。マリアみたいに、いろんな町を旅して、もっといろんなことを知りたい」
「アグノス……」
アリスィアの青い瞳が動揺していた。
「なぁ? いいだろ? 兄貴」
「ッ……」
弟の上目遣いに、アリスィアは頭を抱えた。
(いいわよ、アグノス。その調子!)
マリアと、恐らくクレメントも、内心でアグノスに声援を送っていた。
一方、兄におねだりモードのアグノスは――
ここに戻ってくるまでの山中でのことを思い出していた。
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