三十七話 懐かしい想い
懐かしく、温かい匂いがする。
マ……
懐かしく、優しい声に呼ばれている。
マリア……
低くて包み込むようなその声が懐かしくて、ずっと。
(懐かしい……? そんなことを思える場所も人も、あたしには……)
マリアはゆっくりと目を開けた。
「マリア……!」
真紅の潤んだ瞳に囚われて、思わず頬が緩んだ。
「……なんて顔してんのよ?」
「えっ⁉ さっき顔は拭いたんだけど……」
マリアの苦笑が呆れだと勘違いしたのか、アグノスは慌てて顔を背け、自身の頬を手の甲で拭った。
(まるでおっきい猫みたい)
必死なアグノスに、マリアはゆっくりと手を伸ばす。
「アグノス」
マリアの呼び声に、今度はさっと顔を向ける彼。
その瞳はやはり真っ赤に染まり、優しく温かさがありながらも、あの時の苛烈さを残す。
(猫じゃなくて巨大な犬かな……いや、魔王様ね)
握られた手をマリアは握り返しながら思う。
「ずっと傍にいてくれた?」
「ああ、もちろん」
以前目を開けた時、傍にいたのは彼の兄だった。
青い瞳は弟と似てはいたが、奥に潜む感情は全く違っていた。
マリアを拒む、悲しみと恐れ。
でも、やっと今それが払拭された。
「もう……どこにも行かない?」
マリアが言えば、アグノスは驚いたような表情をしたが、ふっと微笑んだ。
「ったく。先にどっか行ったのはマリアだろ?」
「そうだった」
自分勝手な言動に、マリアは自身を嗤うしかなかった。
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