四話 魔の契約
この世界は、数多の種族が存在していることで成り立っていた。
神、精霊、竜、幻獣、人間、動物――そして、最も戦闘を好み、他種族から奪うことを厭わないとされる魔物。
恐れられ、忌み嫌われる存在。
そんな彼らを統べる王の一人が、ギタの町の山頂に城を構えているという。
「あなた、さっきここは五十年前にできた町って言ってたわよね? そんな千年も前から魔王が棲んでるってとこに、なんで町なんか作ったのよ?」
当然の疑問だ。誰もそんな恐ろしい存在がいる場所に、わざわざ移り住むとは思えない。
それなのに、この町は五十年前にできた。そして、今なお人々は住み続け、栄えつつあるようだった。
メルクーリの表情の陰が深くなる。
「私の祖父……ディミトリオスが、魔王とある契約を交わしたからですよ」
「え?」
不穏な空気が、二人を包む。
「契約? それは、まさか魔の……?」
メルクーリが、マリアを見据えたままゆっくりと頷く。
「祖父の名誉のために伝えておきますが、彼は決して悪い人間ではありませんでした」
「それしか方法がなかった、と?」
「ええ」
ハッキリと返すメルクーリに、マリアは険しい顔で首を横に振る。
「だとしても、とても愚かな行為よ。その契約で例え一時の平穏が訪れたとしても、薄い氷の上に城を構えたようなものだわ」
「……返す言葉もありません」
後悔の念は、孫の彼に受け継がれてしまったのだろう。
俯き、漆黒の髪の陰に隠れてしまった彼の表情まではマリアに見えなかったが、口調から滲み出ている感情は、とても暗かった。
「祖父は、元々は下級貴族の出で、この辺りを任されたのも偶然ではありましたが、鉱脈があることは知っていました。ある時、調査団と山に入り、そして……」
「魔王と出会ってしまった」
「はい。恐れた祖父は、自身の安全と当時人々が集まり始めたこの町の将来をその魔王に託してしまったのです」
そこで、メルクーリはハーブティで唇と喉を湿らせた。
「それから今日まで、年に一度、若い女性一人生贄にして、この町の平穏は保たれています」
告げられた町の真実に、マリアは深い息を吐いた。
長い呼吸のように感じられた。
「……その『魔の契約』を、あたしに断ち切ってほしい、と?」
「勝手なお願いだということは重々承知です」
マリアの重い沈黙さえも受け止めるほど、メルクーリの依頼は潔いものだった。
「ですが、これ以上、誰一人、我が町から犠牲を出したくない。契約をしてしまったのは私の祖父で、その一族である私が責任を負わなければならないことも理解しています」
メルクーリは「ですが」と言葉を僅かに強くした。
「私は何度か町の利益を半分お渡しし、魔王を神として崇める祭りを開催すると、人命を犠牲にしないための交渉をしてきました。ここが魔族崇拝の町というレッテルが貼られたとしても……でも、駄目でした。魔王アグノスは、若い女性の命を欲したのです」
悔しさなのか、哀しさなのか。メルクーリは、唇を噛み締めた。
マリアは、平等かつ公平な立場でいるように努めた。
「ここに人間が住み続け、平穏な生活を続けたいと願う限り、生贄は必要になる。それは、この町が選んだことでは?」
「ご尤もです! 理解しています! しかし、もう……もう見ていられないのです! 大切な娘が、魔王に指名された家族を……!」
黒い長髪を振り乱して発せられた現町長の言葉は、本心なのだろう。
マリアは、しばらくメルクーリの震える肩を見詰めていた。
それから、青い瞳を閉じた。
「分かったわ」
巻き込まれることは慣れている。
「引き受ける」
マリアが目を開ければ、メルクーリが勢い良く顔を上げた。
「あぁ……ありがとうございます!」
涙を浮かべた黒い目と合った。
ヴァレットがすかさずハンカチをメルクーリに渡す。メルクーリはそれを「ありがとう」と受け取り、表情を引き締めた。
「魔王アグノスは、魔王の中でもかなり上位と聞きました。火を扱うことが多いとも」
「それなら心配ご無用」
マリアは席を立つ。
依頼を受けたなら、準備をしなければ。
「あっ、成功報酬で構わないわ。ただし、高いわよ?」
「ええ、あなたが一生困らない報酬をお支払い致します」
マリアは、微笑む。
目の前で経営者の顔をした男に――
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